二節 ビアンコ派とレイブン派

 シルフィットどおりからどんどんひとがいなくなっていく。

「ピオがこちらにあしています」

はやくこっちへ!」

 ピオはクレメンスのを。ディーノお兄様にいさまはわたしの手をしっかりとって、グラティ喫茶館きっさかんへ、走らずけれども早歩はやあるきでかう。

「ディーノお兄様、おともだちとおものちゅうでは?」

友人ゆうじんたちはいえかえるために、駐箱場ちゅうばこじょうってしまったよ。

 ピオ。ここなら、い?」

「はい。少女しょうじょ趣味しゅみまるしの喫茶館はいかがでしょう?」

「フレスカも侍女メイドきみも来なさい」

 有無うむわさずに、お兄様はいそぎ足に。



 カランコロン。

 年季ねんきの入ったドアベルがひびく。

 グラティ喫茶館ないには、わたしたちのようにいきらせてけこんだ先客せんきゃくたちがハンカチであせをぬぐっている。家族かぞくれはいない。なにかからおくれた学生がくせいだらけのようだ。

「四人、ボックスせきたのむ」

「お席にかぎりがございます。小窓こまどのボックス席となりますが、よろしいでしょうか?」

「ちなみに、カウンターは?」

まん席でございます。目隠めかくしはされておりますので、心配しんぱいはございません」

「ただいまよりやく一時間、館内を館主かんしゅ貸切かしきりとさせていただきます。途中とちゅう退館たいかんはご了承りょうしょうくださいませ!」

 ピオと給仕係きゅうじがかりがやりりをしているなか突然とつぜん館主がそうさけんだ。


「二階席となります。こちらの階段かいだんまいります」

 キシキシッ。ギシギシッ。

 女子じょし三人と男子だんし二人が一段、一段、螺旋らせん階段をみしめる足おとざりう。

 木製もくせい階段を再現さいげんした疑似ぎじ木材もくざい

 シルフィット通りにめんした分厚ぶあつい小窓のボックス席。安全あんぜんのため、侍従チェンバレンピオと侍女メイドクレメンスは窓がわの席で対面たいめんしてすわる。その両者りょうしゃよこにそれぞれの主人しゅじんこしかける。

「螺旋階段は、アデル社製しゃせい工業こうぎょうよう砂糖さとう原料げんりょうの疑似木材でございます。調湿ちょうしつせいすぐれております。

 お化粧けしょうしつはあちらにございます。

 メニューがまりましたら、お手元てもとりんらしておちください」

 異様いよう雰囲気ふんいきが館内にもひろがっているのに、給仕係はとてもいた口調くちょうで呼び鈴の場所ばしょおしえて、一階へりてってしまった。

「お嬢様、何になさいますか?」

 クレメンスは給仕係からけ取ったメニューひょう早速さっそくわたしにも見やすいようにならべてくれる。

「一時間ったら、長居ながいせずにかえるべきなのだとしたら」

「もう、ひるちかい。軽食けいしょくでもかまわないが、のどとおるうちにしっかりべよう。

 ここにのこっている学生がくせい今日きょうじゅう氷影ひょうえい写真しゃしんらなくちゃいけない。

 あらしるのを待つあいだに、効率こうりつ良くんで食べよう」

「お兄様。嵐というよりも、仮装かそうのおまつりになりそうですよ」

 わたしの言葉にクレメンスはふとメニュー表から目をはなして、シルフィット通りが見える小窓のほうを見た。

「仮装?

 今日はお祭なんて、ありませんよね?」

 クレメンスがくびをかしげるのもわかる。喫茶館のそとの通りはしろの仮装をしたグループと、くろの仮装をしたグループでそれぞれの色ごとにかれて向き合っている。

「クレメンス、シルフィット通りの地図ちずってるよな?」

「ええ、もちろんですよ、ピオ。

 氷影写真をりに行く予定よていですから、まよわないように写真館はしるしをつけました」

 おもむろに、ピオは地図上の中央ちゅうおう部分ぶぶんからはずれたメモリアル通りの三つのお店を指差ゆびさした。

あか屋根やねのコックスコーム写真館と、ナイツ写真館、シークエンス写真館の三館はメモリアル通り。

 憲兵けんぺいたいが学生運動うんどう事件じけん捜査そうさ閉鎖へいさしている。

 こちらのシルフィット通りのモンテ写真館とヴァッレ写真館とフェリチタ写真館は長蛇ちょうだれつだったが、並んでいた全員がのきなみ喫茶館やレストランにげこんだ。

 あらめるにしても、むずかしい。

 毎日まいにち暴動ぼうどうがエスカレートしているんだ」

 暴動なんて、物騒ぶっそうな言葉だ。才子侍従プレシッソズチェンバレンのピオの口からそんな言葉が出るなんて、おもいもしなかった。

「モンテとヴァッレとフェリチタがおそわれなかった理由りゆうなんでしょう?」

 クレメンスはそれらの写真館だって、白ずくめと黒ずくめの連中れんちゅう占有せんゆうしているシルフィット通りにめんしているのに、と不満ふまんがおだ。わたしはクレメンスのようにピオにとても暴動事情じじょうなんてになれなかったけれど。

「その三館は紹介しょうかいせいなんだ。家族・親戚しんせき・友人・知人ちじんの紹介でしか、利用りよう出来ない。

 問題もんだいは、メモリアル通り。あちらは本当ほんとうに、学生がいのノリで、滅茶苦茶めちゃくちゃなんだ。

 メモリアル通りは治安ちあん悪化あっかしているけれど、友人にさそわれれば、ついて行かなくちゃならない」

きびしい学生社会しゃかいですね」

「氷影写真は個人こじん情報じょうほうまっている。ぬすもうとするやからおおい。

 だから、身元みもとがきちんとした人間にんげんしか入店にゅうてんさせられない」

「ディーノ様とわたしは、シークエンス写真館で撮影予定だった友人たちに同行どうこうするはずでしたが。さきほど、この四人全員ぜんいんアクアリオ館こちら予約よやくみました。

 午後ごごからは、なに心配しんぱいはございません」

 ピオはわたしたちメンブロ兄妹きょうだいとクレメンスにアクアリオの名は口にせず、かたりかけた。

「会員制写真館。おもてには、看板かんばんを出していない。一番安全あんぜんだ」とお兄様はちいさなこえ補足ほそくしてくれた。友だちづきあいはするけれど、自分のはきっちりまもる。お兄様は案外あんがい、しっかりもの

 呼び鈴もピオが鳴らしてくれて、給仕係がやって来る。

野営やえいのドリア、オムレツドリア、夏野菜なつやさいのドリア、鶏半身とりはんみドリア。それぞれ一つずつ」

「かしこまりました」


 給仕係が注文を受け終わった直後ちょくご、二階席の女子学生がキャーキャー黄色きいろい声をあげ始める。

「来たわ!」

素敵すてき!」

 館外からは白と黒のグループがおたがいをひどののしり合い、仲間なかま同士どうし鼓舞こぶし合っている。

さくの中でムシャムシャムシャムシャ!」

焚火たきびおこおろか者めが!」

 東側ひがしがわからは、……白のモコモコ?

 同じヒツジかぶり物が目立めだつ。

 西にし側からは、全身ぜんしん黒ずくめの集団しゅうだん

 かおまったく見えない。でも、とがっていてパカパカひらくことが全く無いくちばしが見える。

 どちらも、学生のようだ。


「羊はビアンコ。国粋こくすい主義しゅぎにやや傾倒けいとうしている学生。

 カラス仮面かめんは、もり復興ふっこう運動をしている者たちだ」

 ピオははじめて見る学生運動の衝突しょうとつにビックリしているクレメンスにおしえてあげている。

「森って、あの、がいっぱいえていた空間くうかんのことですか?

 何で、あんな発火はっかしちゃう森を復活ふっかつさせようなんて思うんでしょう。ボヤはもちろん、着火ちゃっかしただけで大火事おおかじあつかいなのに」

何故なぜ、木が駄目だめか。

 それは、製材せいざいを急ぐために、たおした木を火であぶって急速きゅうそく乾燥かんそうさせるからだ。霜降シモフリきん寄生きせいした氷獣ひょうじゅうが製材工場こうじょうおそうことがよくあった。料理りょうり製造せいぞうぎょうでは、火を使うのはたりまえだった。

 ましてや、人類じんるい氷河ひょうがに向かって、火炎かえん放射ほうしゃきつけていた。

 だが、いまや、このドリア専門店せんもんてんけん喫茶館もおづくりで直火じかび一切いっさい使用しようしていない」

 ピオはメニュー表とともにテーブルにかれているドリア専門店のパンフレットをテーブルに広げた。

「ドリアのお焦げはどうやって、作るんです?危険きけんじゃ無いんですか?

 ちょっとこわいですね、お嬢様」

「怖くないわよ。蒸気じょうき結晶けっしょうねっしたガラスいたをドリア表面ひょうめんしつけて、焦げを作ってるはずよ」

 そう。飲食業いんしょくぎょうで火の取り扱いは無くなった。蒸気調理ちょうりしかゆるされていない。

「だから、この喫茶館には、烏のやから突撃とつげきして来ることもあるそうだ。

 それぞれのグループにはファンもつき始めているらしい。

 シルフィット通りの商売人しょうばいにんたちは迷惑めいわくしているがな」

 ピオは小窓にはりついて、声援せいえんおくっている女の子たちにはこえないように、そう言った。


武器商会ぶきしょうかいかべ落書らくがきというか、ってきこんだ痕跡こんせきがありました。

 でも、それはマロンドールに流入りゅうにゅうして来た方々かたがたにもへだく商売をなさっている店主てんしゅへのおどしでした。

 ここの通りは、色々いろいろな学生運動の坩堝るつぼになっているんですか?」

 クレメンスは学生運動にくわわりたいとは思っていないだろう。

 様々さまざま主張しゅちょうをする学生運動の全ては反政府はんせいふつながっている。今の蒸気文明ぶんめい社会や国に不満があるから、声をあげるのだろうけれど。

 クレメンスのような亡命ぼうめい貴族きぞく出身者しゅっしんしゃくに側にも、運動側にもざりづらい。憲兵や正統せいとう警察けいさつめつけがつよい今、この店にいることも、よろしいとは言えない。

「クレメンスが見たのは、おそらく、ビアンコの一部過激かげき派の活動かつどう結果けっかだろう。

 ビアンコは移民いみんや亡命貴族なんて、そもそも眼中がんちゅうに無い。

 外国がいこく文化ぶんかまる大人おとな若者わかものに、帝国ていこく国民こくみんとしてのほこりを取りもどそうという理想りそうかかげられている。それが国粋主義に発展はってんしつつある」

 ピオはそこで、すこし言葉をまらせた。となりすわっているお兄様のかお色を一度だけうかがった。でも、お兄様はピオをとめないし、うなづいてあげもしないまま。

「森の復興運動は、帝国ではありえなかった。

 外国からの輸入ゆにゅうだ。

 レイブンは、今、内部ないぶ不安定ふあんていになっている。このまま森の神秘しんぴ崇拝すうはい賛美さんびし続けるか。より構成員こうせいいん増加ぞうかねらって、留学生りゅうがくせい帰国きこく子女しじょ、移民、亡命貴族子女も取りこみ始めた」

 クレメンスはビアンコ派とレイブン派から目をらし、ピオを見つめる。

我々われわれざん人類じんるいは、世界せかい政府せいふ樹立じゅりつ挫折ざせつしたのこりの末裔まつえいだ。

 それでも、国境こっきょうえた国際こくさい支援しえんによって、全ての人々が氷河世界の中、生きびている。

 たしかに、氷河世界がわれば、いくら火遊ひあそびしようが、人がきずついたりんだりしないかぎ自由じゆうになるだろう。

 だが、この盛夏せいかまどわされて、焚火を持ち出すのは、無知むちの中の無知だ。

 不安をあおって不特定多数ふとくていたすう扇動せんどうする運動家はどの時代じだいにもいた。

 人はよわい。

 何かにすがりたい。

 気持きもちはわかる」

 ピオは口をじた。

 ピオはテーブルの上で、りょう手をにぎりしめていた。そのこぶしはフルフルとふるえていた。お兄様がその拳に手をいても、震えたままだった。


「どうしようも無くやすらぎにおぼれて、蒸気文明をきらう人たちをも、守る。

 それが僕たちの仕事しごとになる」


 お兄様はクレメンスとわたしの両方に目配めくばせした。

「俺の友人たちが帰ったのは、おそらくビアンコ派かレイブン派の中に家族・親戚・友人・知人がいたのかもしれない。

 こんなところで、会いたくないだろう」

 ディーノお兄様はピオの告白こくはくに何も言わず、小窓の向こうをながめ始めた。


 ビアンコ派とレイブン派がこの店のまえで、ちょうど足をめる。

 ピーッ、ピーッ。

 警笛けいてきの音。

 憲兵隊がワラワラと二つの集団を取りかこむも、その笛がきっと合図あいずになってしまったのだろう。

 なぐり合いの喧嘩けんかが始まった。

 でも、最前列さいぜんれつ以外いがいをよく見ると、ほとんどの運動家たちが刃物はもの鈍器どんきを手にしているのがわかる。

 最前線は肉弾にくだんせん

 凶器きょうきりかざされるさきは、暴徒ぼうと中心ちゅうしんとした全方向ぜんほうこうだった。

 シルフィット通りに、例外れいがいは無い。

 どこも、安全では無い。

 ガタガタガタッ。

 ガチャガチャガチャッ。

 ドリア専門店のドアをけようとする、黒ずくめたちの姿すがたは二階席の小窓からは見えなかった。

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