二章 秘密学校御用達

一節 監視の目光るオールドシルフ武器商会

 八月十日。

 天気てんき予報よほうでは、市内しない上空じょうくう雨雲あまぐも

 温室おんしつへき一部いちぶ開放かいほうにより、雨水あまみずたきする可能性かのうせいがあると注意ちゅういがあった。


 普通ふつう新入生しんにゅうせい入学にゅうがく準備じゅんび大忙おおいそがし。学校がっこうから「あれをえ!これを買え!」というリストがとどいているからだ。

 蒸気じょうき騎士きし目指めざす私立しりつマテリア機密きみつ学院がくいんの入学準備はほか学校がっこうとはちがい、おおまかに三つでむ。

 制服せいふく洗面具せんめんぐも、しん具もなにもかも、支給しきゅうされる。

 支給されないのは、まず、氷獣ひょうじゅう討伐とうばつ出来る蒸気けん

 それから、学校への提出物ていしゅつぶつはり胞子ほうしがた凍傷とうしょう有無うむ具合ぐあい調しらべるための、氷影ひょうえい写真しゃしん

 才女侍女ソフィアズメイドとわたしのような凍傷ちの補助ほじょ装具そうぐで、凍傷患部かんぶつつ必要ひつようがある。

 ディーノおにいさまあしおおきくなられたので、補助ぐつのサイズをはかなおして、新調しんちょうするそうだ。

 下着したぎ以外いがい本当ほんとう手荷物てにもつすくなくて済む。

フレスカお嬢様ソフィア・フレスカ救急箱きゅうきゅうばこは?」

 筆頭ひっとう侍女メイドのマリーシルバーがクレメンスとわたしが大事だいじもの用意よういしていないでいるとわんばかりに、突然とつぜんあせはじめた。

「救急箱?学校にも、いえにも、そなえつけのがあるじゃない」

「それはそうですよ。温室学校も療養りょうよう寄宿舎きしゅくしゃも、お嬢様のお家も、たりまえぎたんです。マテリア機密学院は、各自かくじ携帯けいたいよう救急かばんりょう部屋へやいておく救急箱が必要ひつようですって」

くすり包帯ほうたい、テープ。人にはこのみがあります。

 医務室いむしつ中等ちゅうとうしょうでも混雑こんざつちゅう利用りようひかえるようにとのことです」

 マリーシルバーがんでくれた医務室利用説明せつめいの一部だけをいていると、とても劣悪れつあくな学校環境かんきょうのようながして来た。

重傷じゅうしょう者はみんなおなじ物でも大丈夫だいじょうぶだけれど。けい傷にいちいちつよい薬は必要ひつよう無いってことね」

 それでも、焦らないわたしたちに、マリーシルバーはあきがお



 セッラピッコラの蒸気騎士にかんする専門店せんもんてんがいは、シルフィットどおりにある。

 メンブロ家の屋敷やしきからスカイボックスとばれる無人むじん操縦そうじゅうがたり物で、片道かたみち二十分。

 駐箱ちゅうばこじょうにスカイボックスをめて、おみせめぐる。

 シルフィット通りは、たくさんの人でにぎわっている。

 市内しないを氷獣からまもっている支部しぶの蒸気騎士。

 マテリア機密学院の上級生じょうきゅうせい

 新入生。

 学生の家族かぞくふくめると、すごいかずの人がシルフィット通りにしかけている。


 いているオールドシルフ武器ぶき商会しょうかいから、ひとますけん購入こうにゅうをすることに。

 何故なぜか、みんな、この武器商会をけている。

 お店の玄関げんかん営業中えいぎょうちゅうで、施錠せじょうされていない。

 ただ、お店の脇道わきみちのぞくと。お店の側面そくめん外壁がいへきはいいろのシートでおおわれていた。隙間すきまからなかを覗くと、何かの塗料とりょうにおいと、刃物はものきずが見えた。

「裏切り者の血をもややせ」しかれなかったけれど、営業時間外じかんに何かいやがらせをけたのだろうか。

 入店にゅうてんすると、さきに入店しているおきゃくはいなかった。

「よろしいのですか?

 開店直後ちょくごに、人気にんきの救急箱はれてしまいますよ。

 剣など後回あとまわしにしても大丈夫だいじょうぶですよ」

 店主てんしゅさんはシルフィット通りの地図ちずひろげて、わたしたちにまずは救急箱のお店へくようにすすめる。

「何を言ってるんです?

 剣を買って、剣の稽古けいこをして、すこしでも凍傷をすくなくする努力どりょくをしなくては。

 蒸気騎士見習いが最初さいしょから救急箱使つかいたさに凍傷するなんておもわれたくありません」

 背中せなかに凍傷をって、つねにコルセットタイプの補助装具をけているクレメンスが店主の勧めをことわった。

「そちらのお客様もですね?」

「はい」とわたしが返事へんじをするまえに、「ええ」と返事をしたおんなの子はわたしたちにすぐに名乗なのった。

「モニカ・キュウよ」

「フレスカ・メンブロです」

「クレメンス・コールドベイです」

貴方あなたがたも新入生ね?

 わたくしが先に剣をえらんでもいかしら。

 わたくしはそちらの剣にします。

 わたくしの腕前うでまえなら、十五歳男子用でもかるいです」

 モニカはペラペラとしゃべりながら、男子用の剣をきしめた。

「オールドともうします。

 では、モニカ様、まずはってうらべてみましょう。

 これは、十一歳男子。それは十二歳男子」

 店主は二本の剣をモニカににぎらせる。

 モニカはどちらも軽々かるがるってみせる。

 剣の素振すぶりをしても問題もんだい無いくらい天井てんじょうたかいが、わたしたちは剣先が当たらないように陳列ちんれつだなちかくまでうしろへがる。

 ブンブンブンブン。

 何度も軽々振ってみせてくれる。

「十三歳用でも平気へいきだと思います。

 それにしても、男子は一年ごとに剣を買いえるんですか?」

規定きていでは二年ごとの新調となりますが、十一歳男子の剣と十三歳男子の剣を握ってみてください」

「……ッ」

 軽い剣を振り過ぎたあとに、おもい剣を振る。これは振る動作どうさをコントロールしているのう情報じょうほう処理しょりするのに手間てまるだろう。

「『ひどく重い』とかんじますでしょう?

 では、女子用をどうぞ。

 十一歳女子と十三歳女子。剣はながくなりますが、重さはほとんどわりません」

 オールドさんはモニカにやっと女子用を握らせる。

「剣の寿命じゅみょうめるのは長さでも重さでもありません」

「でも、女子用だって二年で新調じゃ?」

下取したどりしたふるい剣はつぎもののために、再生さいせいされます。ご安心あんしんを」

 オールドさんはわたしたち十一歳の女の子にとっては「重いだけの剣」を片付かたづけてしまう。

「学校用は十一歳女子用にします。

 でも、自主じしゅ練習れんしゅう用は十五歳男子用をください」

年齢ねんれいてきしていない剣はお売り出来かねます」

 モニカの自主練用購入こうにゅう希望きぼうはオールドさんにこばまれた。


「わたくしの血と位をご存知ぞんじありませんの?」


 モニカははっきりとそう言った。

 こんなことくらいで、いちいち特権とっけん使つかおうとするなんてどうかしている。

「……失礼しつれいがございましたのなら、あやまります。

 しかし、さとみな様なら、私服しふく憲兵けんぺいがうろついているのにお気づきでしょう。

 貴方の言葉ことばいま彼等かれら刺激しげきしてしまいますよ」

 クレメンスが「移民いみんつめたい憲兵め」とボソッとこぼした。

正統せいとう警察けいさつもいますよ」

「どこですの?」

 モニカもクレメンスもキョロキョロしはじめようとするので、そうさせないようゆびをパチンッとらして注意ちゅういきつける。

「店先正面のシルフィット通りを一人であるいているのが正統警察です。

 憲兵は二人一組。憲兵の二人は新人しんじんでしょう。ちかくに、教官きょうかん警戒けいかい巡回じゅんかい尾行びこう練習れんしゅうをさせています」

監視かんしきびしくなったなんて、どういうことです?

 オールドさん。最近さいきんなにかありましたの?」

 モニカは右手みぎて口元くちもとを覆いながら、オールドさんにいかける。

焚火たきび不良ふりょう少年しょうねんの情報をあつめているんですよ。

 夏休なつやすちゅう馬鹿ばかなことをするもんです。

 あきになっても、馬鹿をつづける子はああいう連中れんちゅうに気づかずにあそび続けてしまいます」

 オールドさんはわたしたちの分の剣もテキパキと選んでくれる。


 わたしたちは外から監視されながらも、剣選びに集中することが出来た。

 オールドさんとも丁寧ていねいに話し合った。

 クレメンスはモニカのグリップよりもほんの百グラムだけグリップが軽い剣。

 わたしは一度の突撃とつげきれてしまいそうな細身ほそみの剣。これはモニカよりもさらに七百グラムもけずられている。

 つまり、モニカの剣は九百グラム。

 わたしの剣は二百グラム。

 見た目だとかたくて重そうなのに。


 わたしたち三人が剣を買いえても、若者わかもの二人はベンチにこしかけ、サンドイッチを持ったままべずにこちらを凝視ぎょうししている。

 正統警察はいつのにかっていた。でも、武器商会の裏口うらぐちちかよこ小道こみちに立って、小窓こまどからわたしたちを見つめている。

 カタンッ。

 わたしは採寸さいすんに握らせてもらう木剣もっけんを手からとしてして、慌ててみせる。

「お嬢様、木剣重かったですか?」

 クレメンスを含めて皆が剣をひろげようとして、しゃがむ。

 ちょうど全員ぜんいんが窓から見えなくなる。

 わたしも拾うふりをする。そのあいだに、こうささやいた。

「正面の二人、側面の一人。くちびるうごきをんでいます。

 皇帝こうてい一族や貴族きぞくまもるのがきゅう血統けっとう警察。げん正統警察。

 憲兵はマロンドールにおける治安ちあん維持いじ

 クワイエテュード王国おうこく大使たいしのお嬢様が外交がいこう特権を悪用あくようしていないかのチェックかもしれませんね」

「でも、正統警察は貴族を守ってくれるんじゃ?」

外国がいこく貴族は含まれませんの。年々ねんねん縮小しゅくしょうしているみたいですから、紋章院もんしょういんに言われて動くくらいでしょうね。

 あら。メンブロって……もしかして、砂糖さとう泥棒どろぼう被害ひがいの蒸気財閥ざいばつ才女さいじょ?」

「砂糖泥棒は解決かいけつみ」

失墜しっついしたエンディ公爵こうしゃくが砂糖泥棒のもみしごときで、正統警察を動かせるはずがありませんもの。

 貴方は才女侍女ソフィアズメイドね?貴族出身しゅっしん?」

血縁けつえんには亡命ぼうめい貴族がいます。それだけです」


裏切うらぎものの血ってことね」


 モニカのクレメンスに対する言葉の投げかけはさげすみがこもっていた。これには、オールドさんの目が一瞬いっしゅんおよいだ。

「わたくしなら、マロンドールなんてくにげようなんて思わないわ」

「それじゃあ、何故、マテリア機密学院へ?」

 クレメンスはくやしそうにモニカを見上げる。

「蒸気騎士に、国境こっきょう関係かんけい無い。世界せかいつくった秘密ひみつ学校がたまたまマロンドール皇帝国内こくないだっただけ。

 蒸気騎士になるには仕方しかたないわ」


「『裏切り者の血を燃やせ』」


「何故、それをお客様が!」

 オールドさんは物騒ぶっそうなことをくちにしたわたしにる。

「小道に面した建物たてものの側面の外壁に、落書らくがき。

 犯人はんにんる前に、ナイフでっていた。だから、外壁をシートで簡易的かんいてきに覆っている」

 わたしはゆっくり立ち上がる。

「武器商会は正規せいき留学生りゅうがくせいにも蒸気剣を販売はんばいします。

 排他的はいたてき主義しゅぎ思想しそうをこじらせた若者はまず、こういう店をねらうんですよ。

 彼等だって、蒸気騎士になりたい願望がんぼうはあります。

 ですが、それは世界の英雄えいゆうというあこがれでは無く、マロンドール皇帝国の英雄なのです」

 こころうちし終わったオールドさんも立ち上がり、店の正面でお見送みおくりをしてくれるそうだ。

「お客様方。

 どうか、蒸気剣に人の血をわせませんように」

「出来れば、来年も新調したいわ。

 すぐに背もびて、貴方に十五歳用男子の剣を売らせてみせるわ」

「モニカ様、可愛かわいらしいのは冗談じょうだん笑顔えがおだけになさってくださいませ」

 オールドさんはお辞儀じぎをした。

 それは、きちんとした蒸気騎士のような優雅ゆうがさのある所作しょさだった。

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