四節 最悪の善意と最善の悪意

 七月十七日。

 コッコッコッ。

 あたらしい廊下ろうか絨毯じゅうたんるようにしていそあし

 あまり、わたしとは接点せってん侍女メイドといえば……。

フレスカお嬢様ソフィア・フレスカ

 筆頭ひっとう侍女メイドのマリーシルバーでございます」

 このおとししたかたは、おわかくして蒸気じょうき騎士きし傭兵ようへいをされていたそう。そのときに、マリーゴールドの家族かぞくて、行方不明ゆくえふめいとなった婚約者こんやくしゃって、未婚みこんつらぬいていらっしゃる。おじょうさんがお一人。

「おはいりになって」

「はい、おじょうさま

 ドアがマリーシルバーによって、ひらかれると。可愛かわいらしいおんなをそばにひかえさせている。

「新しくフレスカお嬢様専属せんぞく才女侍女ソフィアズメイド見習みならいとなりました。クレメンス・コールドベイです」

 マリーシルバーに紹介しょうかいされても、無言むごんこうべれている。

「あら。ルーナ温室おんしつ学校がっこう同級生どうきゅうせいだった子かしら?」と質問しつもんすると、あせをかきっぱなしのクレメンスがペコペコ何度なんどもお辞儀じぎをしだす。それをマリーシルバーは彼女かのじょ両肩りょうかたをつかんで、やめさせる。

「はい。またおい出来て光栄こうえいです、フレスカお嬢様ソフィア・フレスカ


 ジジジジーガンガンガンゴゴゴゴゴゴゴゴオオ。


 わたしたちの会話中かいわちゅうも、ずっと騒音そうおんつづいている。

内装ないそう工事こうじ、ですか?」

「ええ。わたしの専属才女侍女ソフィアズメイドだったもの砂糖さとう泥棒どろぼうをしたのはご存知ぞんじ?」

きました!」

内部犯ないぶはんだったとしてもぬずみにはいられたことにはわりないわ。だから、変えてしまったの。

 貴方あなたもわたしもにならないようにをつけましょう。

 マリーシルバー、ありがとう」

「はい、お嬢様。

 では、わたくしは失礼しつれいします」

 大柄なマリーシルバーが出ていくと、やっとクレメンスはお辞儀をやめる。

「さあ、マテリアに入る準備じゅんびの一つがわったわ。

 蒸気財閥才女は才女侍女ソフィアズメイド同伴どうはん入学にゅうがくさせることが出来るの。

 わたし、おとう様が用意よういした、くらいの子はれてけないとおもったわ」

「でも、侍従チェンバレンのコリンさんもおっしゃってましたよ。

 お嬢様にって、わたしもフィオーレじょ学校に進学しんがくするって。その、今のところ」

「それは暫定的ざんていてき進路しんろ

 貴方のほうに、さき手紙てがみとどいたでしょう?

 マテリアには、わたしの侍女メイドを先に入学させるようはなしはつけてあった。

 わたしの手紙は、そろそろとどころなのよ。

 四年前のディーノおにい様とおなじように」

「どういうことでしょうか?」

「ディーノお兄様は凍傷とうしょう受傷じゅしょう、すぐに補助ほじょぐつで、マテリアへ進学されたのよ」

「貴族の子女しじょかよう、血と位の学校ではありませんよね?」


私立しりつマテリア機密きみつ学院がくいん

 蒸気騎士を養成ようせいする秘密ひみつの学校」


 階下かいかが工事音以外いがいさわがしい。

 玄関げんかん来客らいきゃくだ。

 クレメンスを連れて、わたしも玄関へかう。

「おりになって」とテクラおねえ様がキャンキャンわめいている。

「それは出来ません。

 ちますよ」

 郵便局員ゆうびんきょくいん一歩いっぽも引かない。

「こんばんは、蒸気財閥才女フレスカ・メンブロ様!

 貴方てに手紙をお届けにまいりました!」

 面識めんしきがないため、屋敷やしきないに聞こえる程度ていど大声おおごえ名前なまえばれた。

「どうもありがとう」とわたしは両手で手紙を無事ぶじ受け取ることが出来た。

 両親りょうしんならと思ったけれど、テクラお姉様が邪魔じゃまして来るとは思わなかった。

 □■□

 蒸気財閥才女フレスカ・メンブロ様


 貴殿きでんは私立マテリア機密学院へ志願しがん入学にゅうがくすることとなりました。

 ご入学にゅうがくおめでとうございます。


 最上さいじょう騎士機関きかんヘルメス蒸気騎士団長だんちょうゴードン・コールドベイ

 □■□

 このくろい手紙を受け取ったということは。

 王侯おうこう貴族の外身そとみ豪華ごうか中身なかみからっぽの街並まちなみの、アンウェイテッドしゅう帝都ていとドール

 蒸気財閥が蒸気結晶けっしょう研究けんきゅうをしている、州外しゅうがい自治じち都市としセッラピッコラ市。

 それらの都市とはまったちがう、世界せかい人類じんるいのための都市。州外自治都市の、第一最終さいしゅう決戦けっせんがた都市ヘルメスにある学校への進学がまった。


 しかし、かないかおのクレメンス。

「蒸気財閥の子でもこのくにの貴族の子でも無いわたしには、おもぎます」

 クレメンスは「フィオーレ女学校」ならば、女子校じょしこう生活せいかつたのしく過ごせると思っていたのだろうか。

 氷獣ひょうじゅう討伐とうばつ訓練くんれんのほうがお嬢様たちのお茶会ちゃかいより、らくだろうに。

 嗚呼ああ、違う。

 フィオーレもマテリアも、この子はどちらにも行きたくないという顔だ。

 それにしても、こんなことを言い出すとは思わなかった。

「ポリー・クルーをゆるしてあげてください。

 彼女かのじょならきっとよろこんでつみつぐない、お嬢様に絶対ぜったい献身けんしんくすでしょう。

 わたしには無理むりです」

 ただ「わたしには出来ません」と言うのではなく、べつ選択肢せんたくし提示ていじして来た。

「砂糖泥棒の婚約者こんやくしゃ監督かんとく出来ない伯爵はくしゃく令息れいそく廃嫡はいちゃくになったわ。

 まさか、貴方。

 血と位と砂糖泥棒が初犯しょはんだとでも?

 ねえ、クレメンス。

 わたしの才女侍女ソフィアズメイド辞退じたいするということは、奨学金しょうがくきん弁済べんさいはじまるのよ。

 貴方がわたしの父から侍従チェンバレン経由けいゆで受けた凍傷治療ちりょう療養りょうよう寄宿きしゅく学費がくひはもう弁済したの?」

「いいえ」

 クレメンスはわたしにおびえているも、はっきり弁済はしていないと否定ひていした。

「貴方はあの子に会ったことが無いでしょう。

 わたしが療養寄宿しゃにいるあいだ、わたしの部屋を占有せんゆうしていたの。

 侍女メイド見習いなのに、しんじられる?

 わたしの部屋で寝起ねおきして、家庭教師かていきょうしをつけてもらって、両親にかわいがってもらった。

 いずれは養女ようじょねらっていたみたい。

 貴方も、わたしの義姉妹ぎしまいになりたいのかしら?」

 夕方ゆうがたでも、玄関に熱風ねっぷうきこんだまま。ドアをけたままにしているテクラお姉様は今にも、クレメンスを着のままでい出しそうないきおいをかくそうともしない。

 クレメンスにだって、実家じっかかえるためのみちえている。だけれど、一歩だって、み出そうとしない。

 口先くちさきだけの子なのか。あるいはこの状況じょうきょう言葉ことばはっして、ゆっくり納得なっとくしたいのか。

「いいえ!

 年月ねんげつはかかりますが、奨学金は弁済します。

 どうか、実家じっかもどること、許しください」

 許しをもとめて来るなんて、堂々どうどうとしているわね。勇気ゆうきがあるのに、余程よほど普通ふつうの学校が良いのね。

「あの子の婚約者は四年前から廃嫡され、使用人しようにんとしてやとわれていた。

 ピオ、砂糖泥棒から婚約指輪ゆびわ返還へんかんされた?」

 わたしはディーノお兄様のそばでボサッとしている空っぽのピオの名を呼ぶ。

「いいえ、フレスカお嬢様ソフィア・フレスカ

「ピオ、貴方が砂糖泥棒をそそのかしたのでしょう?」

「はい、フレスカお嬢様ソフィア・フレスカ

 四年前、わたしがメンブロご兄妹きょうだい狩猟会しゅりょうかい出席しゅっせき情報じょうほうをコントロッロもと皇子おうじらしました。元婚約者のポリー・クルーを使つかって」

 ピオだって今すぐげれるのに、逃げない。そう、逃げない理由りゆうがあるのだ。

「ディーノお兄様には同情どうじょうするわ。

 ご自分じぶんころそうとした者の手先てさき才子侍従プレシッソズチェンバレンとしてそばにかなくてはならないなんて。

 悪意あくいさらされたお兄様からわたしはまなんだの。

 わたしは善意ぜんいで悪意をなぎはらい続けるわ」

 わたしはそのにいる人々ひとびと目配めくばせをしてから、家の玄関のドアをゆっくりとめた。ゆっくりと、ゆっくりと、温室都市の夕暮ゆうぐれのそらが見えなくなっていく。

 そうして、西日にしびまぶしい光線こうせんがクレメンスの顔にさり続けることは無くなった。

「そうそう。

 砂糖泥棒以前いぜんまで、工業こうぎょうよう砂糖は『盗む価値かち』が無かったの。貴族は製菓せいか用砂糖の盗み合いばかりしていたけれど。

 でも、今は価値が上昇じょうしょう。また、一つ。貴族がかしこくなったということ。

 さる見舞客みまいきゃくよろこんでいたわ」


「普通の親ならば、婚約指輪をむすめ本人ほんにんにはたせません。

 何かあれば、婚約指輪を返還へんかんして、婚約無効むこうと婚約抹消まっしょう手続てつづきをおこないます。

 彼女は自業自得じごうじとく

 そして、いつまでも、婚約者がどこにいるかもわからずに、紋章院もんしょういん公的こうてき記録きろくの『婚約破棄はき』の抹消が保留ほりゅうになるのです。『砂糖泥棒』の抹消も同じく保留です。

 クレメンス、私は天涯孤独てんがいこどくのピオです。どうぞよろしくおねがいします」

 ふふ。クレメンスはピオの「天涯孤独」という言葉にいかりをあらわにする。

 彼女の凍傷をいやしたのは彼女の家族でも、父方ちちかた親戚しんせきの財閥でも、父方の親戚の騎士団長でも無かった。メンブロ家の奨学金支援だ。ピオとは違う境遇きょうぐうにせよ、ピオと同じ「メンブロ家にすくわれてしまった者」。

「あんまりです!

 蒸気財閥は横暴おうぼう過ぎます!」

「蒸気財閥の誰かを殺そうとしたり、傷つけたり、何かをうばったりする。そんなやから勝手かって自滅じめつしていく。

 残念ざんねんよね。

 クレメンス、夕食ゆうしょくまで自由じゆう時間じかんを過ごしましょう。今夜こんやのおいわいは、クレメンスとわたしの進学を祝うものになると決まっているの」

「それは最悪さいあくの善意か、最善さいぜんの悪意かのどちらかです!」


「あら、『どちらとも』に決まっているじゃない」


 ほほふくらませて反抗はんこうするクレメンスの言動げんどうに、わたしは微笑ほほみながらそうげた。

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