三節 もしものとき~逃げ場の無いクレメンス・コールドベイ~

 七月一日。

 わたし、クレメンスはコニリエットしゅうセッラピッコラにあるルーナ温室おんしつ学校がっこう卒業そつぎょうしてから、療養りょうよう寄宿舎きしゅくしゃ退所たいしょした。

 全国ぜんこくにいる、凍傷とうしょうになったどもがあつまる、特別とくべつな学校。

 わたしはいえからとおくて、四年間も寄宿せいだった。

 いまは、蒸気じょうき飛行船ひこうせんって一時間はんの、プルチーノ州ペックアンドペックぐんクロップスちょう実家じっかもどってている。

 四年まえ親元おやもとはなれての凍傷治療ちりょうと療養寄宿でひどちこんでいたけれど。

 凍傷になる前のように、普通ふつうの学校にまたかよ予定よてい

 本当ほんとうに、うれしい。


 父方ちちかた蒸気財閥のコールドベイ。父は財閥才子さいしだったけれど、後継者こううけいしゃみちあゆまなかった。温室都市としからはなれて、はは出会であって結婚けっこんして、クロップスでわたしたちをそだててくれた。

 母方はシェッド王国おうこく亡命ぼうめい子爵ししゃく家のもと令嬢れいじょう

 シェッド王国は最近さいきんこおり砂漠さばくにのみこまれたとニュースになっていたくにだ。

 母が玄関先げんかんさきからわたしを「クレメ!」とおおきなこえんでいる。元貴族きぞく女性じょせいとはおもえない。

なに~、おかあさ~ん?」

「メンブロの旦那だんなさまがおえですよ」

 今度こんどは貴族らしく平静へいせいよそおって、玄関先から客間きゃくまとおされたおとこひと紹介しょうかいしてくれる。

わたしは『旦那様』ではございません。

 メンブロ家の侍従チェンバレン、ルーク・コリンともうします。

 四年前にこちらにお邪魔じゃましました、侍従チェンバレンのダン・コリンの息子むすこでございます」

 き、緊張きんちょうする。

 侍従チェンバレンしょくの人は四年ぶりにお会いする。でも、前の会った人とはちがう。でも、面影おもかげがあるのは息子さんだからだろう。

 このが来てほしくなかったけれど、仕方しかたがない。

 わたしはメンブロ家の援助えんじょがあって、世界一せかいいちの凍傷治療をけられたのだから。


 四年前。たまたま学校に氷獣ひょうじゅうびこんで来たときに、凍傷になった。

 はり胞子ほうしがた凍傷で、帝国ていこくりつ古典こてん学校がっこう傷病しょうびょう退学たいがくしたころ。わたしはペックアンドペック郡立病院びょういん小児しょうに凍傷入院にゅういんしていた。

 凍傷の後遺症こういしょうかかえる子は自宅じたく療養制限せいげんがあり、家庭かてい学習がくしゅうえることで通学つうがく免除めんじょされる。

 それがどうして、ルーナ温室学校になんかに通学出来たか。

 それは、無返済むへんさい奨学金しょうがくきんを受けって、奨学生として四年間在籍ざいせきしたから。

 学校や帝国ではなく、蒸気財閥のメンブロ家からの申し出だった。一つの条件じょうけん提示ていじされて、わたしが了承りょうしょうしたから。


「もしものときはクレメンス・コールドベイが蒸気財閥才女さいじょフレスカ・メンブロおじょう専属せんぞく才女侍女ソフィアズメイドとなる」


 そして、「もしものとき」などこらずに、温室学校を卒業した。

 夏休なつやすけのあきから、帝国立の学校に復学ふくがくするはずだったのに。

「もしものときが来た」とらせが来た。

 わたしは復学せずに、侍女メイドにならなければならない。


「六年間、お嬢様とおなじ学校に進学しんがくしていただくだけでかまいませんよ」


「それって、フィオーレ女学校ですか?」

「まあ、素敵すてき!わたしも亡命が無ければ、フィオーレに正規せいき留学りゅうがくしたかったんですの」と母がきゅうにおしゃべりになる。

「いいえ。

 まだ、進学先は未定みていなのです。暫定ざんていでは、フィオーレ女学校ですが。

 まだ、最終さいしゅう進路しんろまっておりません」

「決まってるんですよね?

 おしえてくれないんですか?」

「クレメンス、そんない方は失礼しつれいになります」

 母も心当こころあたりがある学校なのだろうか。わたしのいかけをさえぎるように、わたしを意味いみなくしかる。

「この子は凍傷治療以外いがい、あまり真面目まじめでは無かったといております。凍傷になる前から、いわゆる『ほかの子よりもおくれがある子』とてい評価ひょうかでした。

 とても蒸気財閥のお嬢様の侍女メイドになるにはふさわしくありません」

「では、『もしものとき』が来ても、おうじないということですね。

 そうなれば、奨学生としてルーナ温室学校卒業した貴方には不利ふりでしょう。卒業無効むこう剥奪はくだつ覚悟かくごなさってください」

 かえ支度じたくはじめて、客間の椅子から離席りせきする侍従チェンバレン

「それって、普通の学校に復学出来なくなるってことですか?」

 ルークさんはわたしを見下みおろしもせず、玄関ドアへかっていく。

「そうおもうならば、そうなのでしょう」と言いのこして。

 あの温室学校にはわたしと同じように奨学生がいた。おそらく、わたしのような侍女メイド候補こうほだったのだろう。

 ルークさんは玄関ドアを開けるさいに、こうつぶやいた。

「貴方のお母様も亡命入学にゅうがくされた学校ですよ。

 貴方のお母様がお父様と出会ったのは、こんな町ではありません。

 あの学校なのです」

 ルークさんが三歩ほどがると、父が思いっきり玄関ドアを開いた。

「アンヌ!

 メンブロ家侍従チェンバレンの方が蒸気騎士きしだんにいらっしゃったぞ。

 あの学校からの手紙てがみかくしているなんて、うそだろ?」

「こんにちは、コールドベイ」

「こんにちは、ルーク。きみのお父上ちちうえにも、クレメンスのことで、お世話せわになりっぱなしで」

 父のとなりには、ダン・コリンさんが立っている。こまっているわたしに、だまって微笑ほほえみかけてくれている。

「クレメは国立学校へ復学予定なのよ。

 やっと、わたしたちの子が普通の子になれるの」

 母はわたしをつよく強くきしめて、しきりにわたしのかみでつけている。いているあかちゃんをあやすように。

 でも、わたしは泣いていない。

 ただ、この先、どうなるか。不安ふあんなだけ。

 でも、「もしものとき」からはげられない。

 それだけはわかっている。

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