二節 砂糖泥棒

 朝食ちょうしょく

 両親りょうしんはディーノおにいさまとわたしから、れいあやしい招待状しょうたいじょうを一通ずつると。紋章院もんしょういんかけてしまった。きっと、「ぎた蒸気じょうき財閥ざいばつへの干渉かんしょう行為こうい」とみなされて、慈善家じぜんかのおばさんはとがめられるだろう。

 長姉ちょうしのアリーナおねえ様は蒸気結晶けっしょう養殖師ようしょくしでファルファーラ養殖ぎょう団地だんち出勤しゅっきんちゅう

 姉のテクラお姉様はフィオーレ女子じょし学校がっこうがおやすみのあいだ、蒸気結晶養殖師見習みならいとしてアリーナお姉様に同行どうこう

 次兄じけいのディーノお兄様のご予定よていは、学校の宿題しゅくだい体力たいりょくトレーニング。


「フレスカおじょう様もお姉様がたおなじフィオーレ女子学校へ進学しんがくされるご予定ですよね。いずれは蒸気結晶養殖三姉妹しまいとしてご活躍かつやくされるなんて、すごいです」

「ポリー、お気遣きづかいありがとう。

 でもね、それはありえない未来みらいよ」

「そんな謙遜けんそんなさらないでください!」

胞子ほうししゃのわたしが凍傷とうしょう検査けんさたい霜降シモフリきんシャワールームをとおれないから、工場こうじょう出入でいりが出来できない。

 蒸気結晶養殖に、霜降菌は絶対ぜったいざってはいけないの。

 たとえ、はり胞子一つでもね。

 世界一せかいいち衛生えいせい管理かんり徹底てっていしているところだもの」

「ごめんなさい、いえ、失礼しつれいしました。

 お嬢様、もうわけございません。

 わたしのことをきらいになりますよね。

 メンブロ以外いがいの蒸気財閥才女さいじょはもっと容赦ようしゃさそうですし。

 今後こんごをつけます」

だれかにきらわれたり、おこられたりするからといって、あやまらないで。

 そんな適当てきとう謝罪しゃざいくせになるわ。

 マロンドールの皇帝大きな冠の人のようにね」



「ジュニアのかべ」。

 十一歳になったおんなは容赦無くガールようの蒸気けんしかってもらえなくなる。あのまま、軽量けいりょうたん剣のままがかったのに。中途半端ちゅうとはんぱおもさとながさ。

 わたしのジュニア用剣はお兄様のおがりで、こぼれした剣をなおして使用しようしていた。本当ほんとうに、ギリギリまで軽くしてもらっていたのが、いまはあだになっている。


 は蒸気結晶養殖のお家。剣の軽量は剣か結晶のどちらかを軽くすることが重要じゅうよう

 わたしが「結晶だけでも軽くしてしい」なんておねがいしたら、家族かぞく総出そうでで結晶の軽量化開発かいはつおこなって、養殖工場にものすごく迷惑めいわくをかけてしまうのがかぶ。

 すこしでも、れるように。

 ルーナ温室おんしつ学校で同級生どうきゅうせいだったメダリーのお家は工業用製糖せいとう工場と製菓せいか用製糖工場、テンサイ農業のうぎょう工場、製菓工場などをつ。

 このシュガールームはメダリーからリハビリ用としてお見舞みまいでもらった。

 お菓子かしの家でも、部屋へやでも無い。

 工業用すな産出さんしゅつ量がゼロになってしまってから、代替だいがひんとして工業用砂糖が開発された。

 建築けんちくやガラス。こまぎずあら過ぎず。

 べる砂糖よりも、工場でなにかの作業さぎょうに使われたり、建物たてもの壁材へきざいになっている。


 粉塵ふんじん用ヘルメットをかぶって入室にゅうしつすると。

 シュガールームのキャビネットの出力しゅつりょく部分ぶぶんひらき、そこから工業用砂糖がルームない全体ぜんたいひろがる。

極上ごくじょう耐熱たいねつ砂糖です。

 蒸気剣にもとろけません」

 ルームに併設へいせつする監視かんし室で見守みまもってくれているポリーにとって、目に入って来る物すべてが珍品ちんぴん

 ただただ、キョロキョロして可愛かわいらしい。


 シュガールーム用武器ぶき保管庫ほかんこには、わたし用の剣と補助ほじょ手袋てぶくろ予備よび収納しゅうのうされている。

 補助手袋をすれば、一時的に針胞子型凍傷による両手りょうてしびれを軽減けいげんしてくれる。


 わたしはポリーに手をり、室内をロックする。

 事前じぜんえらんだ「ロレッタ練習れんしゅう幻糖げんとうしゅう」がシュガールーム内に投影とうえいされていく。

 干渉をけた工業用砂糖がみるみるうちに、魚影ぎょえいのようなシュガーシルエットをかたちづくっていく。


 全ての剣さきは、氷獣ひょうじゅうかなくてはならない。

【ピュプルルルルル】

 氷獣のごえまで再現さいげんされている。


 養豚場ようとんじょうまれたばかりの子豚こぶたが霜降菌にむしばまれた場合ばあい肥大ひだい化しない。けてしまう。

 あさには「ブヒブヒ」と鳴いていたはずが、ひるにはつめたい我が子に殺気さっきったはは豚に威嚇いかくされ、夕暮ゆうぐどきには溶けっている。中型氷獣【マイアーレフーゾ】。



 プルプルプルッ、……ブピュンッ。

 ふるえているだけかとおもったら、うごき出す。

 ひづめうしなっている設定せっていのに、あしのように素早すばや突進とっしんして来る。

 六十分でリハビリメニューはわる。

 白亜はくあのゼリー運動うんどう見定みさだめて、こちらはうごかない。

 ギリギリまで、きつけて。

 ジュシューッ。

 剣をちいさくりかぶって、切りいた。

 リハビリ開始かいし直後ちょくごのも準備じゅんび運動にもならなかったのに、あっけない。こんなによわかっただろうか?

【マイアーレフーゾ】の模型もけいが、クールダウンの一戦いっせんでも、この一撃いちげきくずれてしまった。

 シュガールームから出ようと、ヘルメットをはずそうとするも、おかしい。

「まだ、リハビリ終わらないの?」

「お嬢様。まだ、三十分でございます」

「今すぐ、リハビリを中止ちゅうしするわ」

 わたしは異常いじょう察知さっちして、ルーム内のシャットダウンボタンを手動しゅどうす。

 しろ砂山すなやまと化した砂糖がキャビネットの空間くうかん清掃せいそう装置そうち起動きどうして、ゆかや壁からわれていく。使用み砂糖は清掃フィルターで滅菌めっきんしてから、またキャビネットに収納される。

「お嬢様?」

 監視室でポリーが不思議ふしぎがっていると、サングラスをしたハウスガードがポリーをどこかへれて行ってしまった。

 かれが動いているということは、やっぱり、このシュガールームはおかしかったんだ。




 室のシャワーであせながし終わると、ドアにメモがさしこまれていた。

 はしきなのに丁寧ていねいで「サンルームで休憩きゅうけいしよう」と書いてあった。

 群青ぐんじょう色の廊下ろうかからみなみ向きの深緑ふかみどり色の廊下へすすんで、サンルームへ。

 午前ごぜん中は屋敷侍女ハウスメイドたちが家の中を掃除そうじ洗濯せんたくしてくれている。

 信用しんようあたいする人たちがえらばれているし、問題もんだいきてもハウスガードが判断はんだんしてくれる。

 ディーノお兄様のおきのピオがサンルームに食用砂糖壺シュガーポットとおちゃを持って来てくれていた。

 わたしはお砂糖を入れない。カップには、ミルクを先にそそいでもらう。


「やはり、シュガールームの異常はあの子のせいでした」


 あつ過ぎるくらいがちょうど良いサンルームは、日差ひざしがつよくなってきた。

「……そう。

 でも、お兄様が先に気づくなんて意外いがい

ぼくも使わせてもらってるよ。

 あの子、手癖てぐせわるそうに見えなかった」

「あの子のもと主人しゅじんとして、最後さいご面会めんいかいを良いかしら?」

 わたしはお兄様に一度、お願いをしてみる。

フレスカお嬢様ソフィア・フレスカ。それはいけません」

 お兄様がこたえないかわわりに、ピオがわたしをいましめる。

 わないほうが良いのではなく、わたしが気づくべきだったのに気づかなかったせい。


 ◆◇◆◇


 フレスカのお茶を用意よういしなくちゃいけないのに、警備けいび室に連行れんこうされてしまった。

 わたしはなにかれても、しゃべらないつもりだった。

 上手うま誤魔化ごまかせるし、フレスカなら、ゆるしてくれるはず。それに、フレスカはあやつりやすそうだった。温室そだちのからっぽのお人形にんぎょうみたいだもの。

 でも、目の前のハウスガードの男はわたしを見たことの無い腕輪うでわあし輪で拘束こうそくしている。

 椅子いすすわっているけれど、手足を動かせないから、喋ることと真似まねをすることくらいしか、出来ない。

「エンディ公爵こうしゃく令嬢れいじょうポリー・クルーはシュガールームのキャビネットから、工業用砂糖をぬすんで換金かんきんしておりました。

 シュガールームは半年はんとしに一度、新しい砂糖に交換しております。六月から八月までは業者ぎょうしゃやすみをりますので。

 来週らいしゅう予備よびの砂糖もふくめて仕入しいれる予定でございました」

 ハウスガード連中れんちゅう一応いちおう、公爵家のブランドを無視むしするつもりは無いらしい。

「まさか、お嬢様のお見舞い品の一部を換金したのか?」

 まあ、豪華ごうか定期ていきお見舞い品ですこと!

 定期てきとどく砂糖でしょ。

 しかも、わたしが盗んだのは使用済み砂糖(滅菌済み)。使用の砂糖には一度だって手をつけて来なかった。

 いつ気づかれるかとヒヤヒヤしたけれど。案外あんがい、長くバレなかった。

 本当に、あのお人形、お馬鹿ばかさんよね。

「してません!何かの間違まちがいです!

 わたしはお嬢様と一緒いっしょに、フィオーレ女学校に進学出来るのに!

 だから、お嬢様にもペコペコして、仕事しごともやってたのに!」

 嗚呼ああ、言葉遣いがつい汚くなっちゃった。でも、このほうが必死ひっし弁解べんかいとして、つうじるだろうな。

 ドアをノックするおとあと侍従チェンバレンがやって来た。

 わたしではなく、ハウスガードに声をかけるなんて。

 でも、わたしはあの子の父親ちちおやに気にられている。何たって、わたしのパパのご学友がくゆうだもの。わたしたち公爵家を裏切うらぎるはず無いわ。

 それなのに、侍従チェンバレン残酷ざんこくだった。

親方おやかた様より命令めいれいでございます。

 親方様はエンディ侯爵令嬢の監護権かんごけんを紋章院に返上へんじょうなさいました。

 令嬢の公的こうてき記録きろくには、じゅう窃盗せっとうざい被害ひがい:工業用砂糖)が追加ついかされます」

 まさか、紋章院に駆けこむなんて酷過ぎる。

泥棒どろぼうなんか、フィオーレ女学校に入れるもんか」とまで、ハウスガードに言われてしまった。

 でも、わたしにだって、異議いぎもうてをする権利けんりがある。

「メンブロ家にイジメられて、つみをなすりつけられたって言いふらしてやる!」

 わたしが椅子から立ちがろうとすると、ハウスガードはわたしの両肩りょうかたをおさえて、座り直させた。

きみがここへ来るときに、親方様と約束やくそくしただろ?」

「約束どおり、『フレスカ・メンブロをきずつけない』ままよ!」

 わたしがまた立ち上がっても、座り直させた。

「シュガールームは急激きゅうげきな砂糖不足ぶそくで、不具合ふぐあいしょうじていた。

 故障こしょう前に、お嬢様をたすけ出せてよかった」


 クスクスわらっているのはわかいハウスガードの青年。わたしと同じ、やとわれたばかりの見習いだろうか。ネームプレートには、「Giorgioジョルジョ Rエッレ」。

 わたしを尋問している男は「Giorgioジョルジョ Fエッフェ」。

「馬鹿だな。

 フレスカお嬢様がフィオーレ女学校に進学されるなんて、ありえない」

 一番若手の雰囲気ふんいきがある、Rエッレがフィオーレ女学校進学せつ否定ひていする。

「どういうこと?」

「お嬢様にも、ディーノ様にも、手紙が届いていないか何度なんども聞かれただろ?

 お嬢様はご自分あてに。

 ディーノ様はお嬢様宛の手紙を待っていらっしゃるのさ」


 さきほど入室した侍従チェンバレン伝言でんごんつたえ終わって、退たい室しようとする。

「待って!

 たすけてください!」

 侍女メイド見習いのわたしは彼を面識めんしきは無いが、あの子の父親の伝言を伝えに来るほど、侍従チェンバレンの中でも地位ちいたかそう。

 たよるなら、侍従チェンバレンのおじさんのほうだ。


貴方あなたった工業用砂糖を食べる人間がいると思ったら、ゾッとしますよ」


 彼のむねにはネームプレートが無かった。

「わたし、そんなつもりじゃ……」

 でも、名前なまえばなくても、すがりつくことは出来る。

安心あんしんしなさい。全て回収して、廃棄はいき済みです。

 貴方の人生じんせいとは分別ぶんべつしましたから、もう気にむことはありません」

 はっきり、侍従チェンバレンに言われてしまった。

 残念ざんねん結果けっか

 本当に、うんが無かった。

 使用済み砂糖も、わたしも、結局けっきょくは、メンブロ家にはいられないってことだけはわかった。


 ◆◇◆◇


 ディーノお兄様はお茶をき出してむせている。

「『砂糖には砂糖より上等じょうとうかぎをしろ』ってことわざがあるくらいだ。砂糖の使いみちらない馬鹿は大勢おおぜいいるんだよ。

 御前は悪くない。

 悪いのはシュガールームをふくめて家のセキュリティーを管理しているハウスガードだ」

 笑うのをやめられないようだ。

 こういう馬鹿笑いは、テクラお姉様が大嫌だいきらいな雰囲気。

 でも、まだ、お姉様は家に帰って来ていない。

 ピオもあえてとがめようとしないのは、ピオもちょっとニヤノヤ笑いかけているから。

「まさか、工場で使わないで、食べようとするなんて」

「ディーノ様。お茶の全てを噴き出すべきではありません。

 お茶はむ物です」とピオはお兄様を軽くたしなめて、開きかけたままだった砂糖壺シュガーポットふたをそっとじた。

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