一章 蒸気財閥才女の称号「ソフィア」

一節 あたたかな牢獄

「あたたかな牢獄ろうごく」。

 大昔おおむかしの四百年まえは、「霜降しもふりきんワクチン」を意味いみしていた言葉ことばの一つ。

 意味いみの言葉は「はじまりのくすり」とは真逆まぎゃく

 くない意味の言葉だったのだ。

 このワクチンをった人々ひとびとは、氷河ひょうが地帯ちたいとどまった。

 このワクチンを打たなかった人々は氷河地帯ではらせず、のこされた熱帯ねったいげてった。

 なが年月ねんげつったいまは「蒸気じょうき結晶けっしょうによって完全かんぜんまもられた温室おんしつ都市としセッラピッコラ」をす。

 開放かいほうてきではいし、都市条約じょうやくで「マナー・モラル・ルール」がきびしい。

 ここはほかの温室都市とはちがう。

 ここは「始まりの人々」のかごであり、墓場はかばである。

「始まりの薬」をつくした人々。

 氷河世界せかいに、蒸気文明ぶんめい社会しゃかいきずいた人々。

 蒸気を利用りようした事業じぎょう巨万きょまんとみた人々。


 氷河れき五四六年六月末日まつじつ

 先月せんげつまでの部厚ぶあつ防寒ぼうかんカーテンから、夏用なつようカーテンにわっている。どちらも、わたしの趣味しゅみでは無い甘々あまあま光沢こうたくあるピンクいろ

 それをかろやかに、けれども、大切たいせつけるのはわたし専属せんぞく才女侍女ソフィアズメイド見習みならい。

しずぎる夏至げし」もんで、セッラピッコラ市にもみじかい夏がやってた。

 あさ六時からカンカンりなのは、理由りゆうがある。市ない上空じょうくうにある温室へきの「部分ぶぶん開放」による風通かぜとお作業さぎょうおくれているせいだ。

 彼女かのじょ没落ぼつらくしたエンディ公爵こうしゃく令嬢れいじょうポリー・クルー。歴史れきしある彼女の生家せいけさえになったため、ちち管理かんり支援しえんもうし出た。

 本来ほんらいならば、庶民しょみんになるところだったらしいけれど。エンディ公爵とわたしの父が学友がくゆうだったそうだ。

フレスカお嬢様ソフィア・フレスカ、おはようございます」

 浪費家ろうひかだった彼女の母親ははおやには一つもていない。そうおもわせる、実直じっちょく勤勉きんべん姿勢しせい

 そんな彼女が「朝の支度したく手伝てつだわせてくれ」と懇願こんがんしても、毎朝まいあさすでにわたしの支度じたくととのっている。

「ポリー、おはよう」

 今日きょうもまた、ポリーの左手ひだりて薬指くすりゆびには指輪ゆびわかがやいている。

 ポリーはまだ、婚約こんやく指輪をもと婚約しゃ返還へんかんしていない。

 公爵家の破綻はたんとメンブル家による管理支援のはなしはすぐにひろまってしまった。婚約者のいえまえに、だ。エンディ公爵は、父には「ポリーの婚約者の家にはつたみ」だとうそをついていたのだ。

 これにより、父が弁明べんめい余地よちあたえるべきだと申し出たのだけれど。

 貴族きぞく統括とうかつしている紋章もんしょういん両親りょうしん親権しんけん養育権よういくけん停止ていししてしまった。そして、監護権かんごけんを父にわたした。

 紋章院にあるポリーの公的こうてき記録きろくには、「元婚約者ハイランド伯爵はくしゃく令息れいぞくジェイムズ・ピロウ」としるされている。

 紋章院は皇帝こうてい一族と貴族の「くらい維持いじ」のために、めるときはほめぎるし。ばっするときは罰し過ぎる。

 それは何故なぜか?

 くにかじりを失敗しっぱいし、国を転覆てんぷくさせた大罪たいざいつぐなうため。


 大罪。

 氷河世界の時代にうつり始めたとき。

 世界にはおおきな国もちゅうくらいの国もちいさな国もあった。

 周辺しゅうへん諸国しょこく救援きゅうえんもとめもしないで、げ出した国家こっか元首げんしゅ王侯おうこう貴族きぞく復権ふっけん出来ないまま国が自然しぜん消滅しょうめつしていった。

 亡命ぼうめい政府せいふはん政府もともだおれ。

 建国けんこく滅亡めつぼうかぞえ切れなかった。

 マロンドール皇帝こうていこくほかくにちがい、国内こくないの「火気かき厳禁げんきん政策せいさくはやくにち出したため、ちょう大型おおがた氷獣ひょうじゅう出現しゅつげんほかよりもすくなかった。

 ほのおらぎ無い蒸気結晶のみでうごつづける、蒸気文明社会が誕生たんじょうした。

 あらたな国をまとめていたマロンドール皇帝一族を支援しえんしたのは、蒸気技術ぎじゅつでおかねちになった人々。

 この国のお金持ちには、二種類しゅるい財閥ざいばつがある。

 蒸気財閥。

 蒸気財閥。

 蒸気を利用りようした事業じぎょうでお金持ちになった数ある財閥の一つがメンブロ家。わたしの家。

 いつしか、蒸気財閥は、国で一番えらい皇帝をあやつるようになった。

 だから、皇帝よりも蒸気財閥のほうが地位ちいたかい。

 だけれど。

 蒸気財閥は戦争せんそうまずしくなるのをきらうから、国家こっかかん摩擦まさつ紛争ふんそう戦争せんそうを嫌っている。

 武力ぶりょく戦争に邪魔じゃまされない経済けいざい競争きょうそうのほうが大好だいすき。

 だから、蒸気財閥は宣戦せんせん布告ふこくが出来る皇帝に首輪くびわをつけている。

 マロンドール皇帝が「君臨くんりん統治とうち」の絶対ぜったい皇帝せい国家をすすめたときには、もう蒸気結晶のにない手のだれもが皇帝一族や貴族に興味きょうみが無かった。

 現在げんざいのわたしたち蒸気財閥も、「皇帝陛下へいか」とばない。

 呼ぶ必要ひつようが無い。

 呼ぶ理由が無い。わないし、話題わだいにしないから。

 そうして、現在の蒸気財閥も、各国かっこくを「君臨も統治もせず」にいる。

 しかし、世界の人々からあがめられている。

 世界から「世界をすくい続ける蒸気財閥」としてみとめられた。

 蒸気財閥才子さいしには、「プレシッソ」。

 蒸気財閥才女せかいには、「ソフィア」の称号しょうごうさずけられる。


「おじょうさま本日ほんじつのお手紙てがみはありません」

「嘘は結構けっこうよ。

 一年前のコントロッロ皇子おうじ焚火たきびおこしのせいで、おにい様とわたしがころされそうになったからって。

 一年中、すべてのお手紙をてたところで、とどき続けているのでしょう。

 おとう様とおかあ様も、本当ほんとう過保護かほごね」

「いいえ。わたしども使用人しようにんでも、ご家族かぞくでもございません。郵便局ゆうびんきょく判断はんだんと思われます」

危険きけん過激かげきなおさそぶんだったの?

 それはそれで、になるわ」

 お兄様よりも凍傷とうしょう重傷じゅうしょうだったため、制限せいげんある療養りょうよう生活せいかついられている。

 外出がいしゅつ自由じゆうも無し。連絡れんらく遮断しゃだん

狩猟しゅりょう復帰ふっき、したかったわ。

 そのために、つらいリハビリもえたのに」

 はり胞子ほうしいたみにれはある。

 けれども、麻痺まひこわい。脱力だつりょく発作ほっさふせぐためにも、補助ほじょ手袋てぶくろ使つかう。

 この手袋が良い仕事しごとをしてくれている。

 蒸気のけんを六十分にぎったままでいられるようになった。


 ……、コン。

 何回目かの小さなノック音。最後さいごの音だけは聞き取れた。

「おはよう、フレスカ」

「おはようございます、テクラおねえ様」

 次姉じしのテクラお姉様がご自分の才女侍女ソフィアズメイドれて、わたしの部屋へやたずねて来た。

 ノックおんがしたのに、ドアを開けてまねかなかったポリーにわって、部屋のあるじであるわたしがドアを開けた瞬間しゅんかん、テクラお姉様はポリーを怖いお顔で見下みおろした。

「テクラお嬢様、おはようございます。フレスカお嬢様をすぐに、食堂しょくどうへお連れいたします」

「おやめなさい。

 わたしは礼儀れいぎらずの使用人見習みならいに朝の挨拶あいさつなんてしないわ。貴方あなたの失敗は貴方を直接ちょくせつ使っているフレスカのせいになるし。貴方の監護権を持つお父様の責任せきにん問題もんだいになる。

 フレスカの手足てあしとしてうごかないのであれば、フレスカよりも一歩前に出るべきでは無いわ」

 お姉様は「公爵令嬢の甘え」を見抜みぬいて、ポリーをいましめる。

「フレスカ、まだ時間に余裕よゆうがあるわ。それよりも、問題があるの。

 貴方ての手紙だと思うのだけれど。封筒ふうとうはわたし宛になっていたわ。

 処分し《しょぶん》ておく?」

「いいえ、お姉様。ぜひ、ませて」

 ポリーはおくぬし凝視ぎょうしした直後ちょくご両手りょうてで顔をおおってしまった。また、失敗したのかしら……。

 ◇◆◇

 蒸気財閥才女フレスカ・メンブロ様


 七月十五日、帝都ていと郊外こうがいイクスクルークラブの狩り場にて、狩猟会しゅりょうかいおこないます。

 ぜひ、ご参加さんかください。


 慈善じぜん活動かつどう団体だんたいモストウェル

 ◇◆◇

 帝都の私設狩り場イクスクルークラブでひらかれる狩猟会の招待状。

 赤林檎の狩り場事件以降いこう。皇帝一族と貴族は私設狩り場の利用がきんじられ、公営こうえい狩り場の利用のみ認められている。つまりは、皇帝が主催する狩猟会にしか参加出来なくなっている。

 しかし、皇帝は「被害ひがい者であるわたしが成人せいじんする十八歳までののこり七年間は二人以上での狩猟を自粛じしゅくする」としている。

 皇帝以外が主催する狩猟会は私設狩り場がし切られるので、練習れんしゅうも狩猟会本番ほんばんも参加資格しかくが無い。

 偽名ぎめい出場しゅつじょうしようとした狩猟大好きな伯爵は爵位しゃくい領地りょうち屋敷やしきを皇帝に返上へんじょう庶民しょみんくだったそうだ。

安全あんぜん安心あんしんに狩りをたのしめます」と、えられた紋章入りのメモにいてある。

 この紋章。

 四年前見た皇帝の紋章に似ている。

「テクラお姉様、もうわけありません。

 少し気になることがございます。お姉様の助言じょげんをいただきたいのです」

かまわないわよ」

「この招待状の紋章、ご存知ぞんじですか?」

「ええ。

 皇帝には愚息ぐぞく四人と二人むすめがいる。六人の子のうちの一人。

 エフェ皇女こうじょ

 夫は侯爵こうしゃく

 あら、手紙の紋章。既婚きこん者なのに、夫の侯爵家の紋章を半分使うつもりが無いらしいわ」

 既婚者女性の紋章は、結婚相手の紋章半分と自分の紋章半分を結合させる。

 このメモの紋章は、大きなかんむり最上さいじょうにあって、こん色のたての中にはくろい剣が二つ交差こうさしている。そして、盾をかこむように、六羽のカラスのシルエット。

「まあ、自分の紋章をいて、自分よりも身分みぶんひくい紋章とくっつけるなんて蛮行ばんこう。しないはずよ。

 このおばさん、どうしたの?」

 コンコンコンコン。

 しっかりと、大きなノック音。

 きっと、ディーノおにい様ね。

廊下ろうかまでこえが聞こえたよ。

 おばさんが設立せつりつしたあやしげな慈善活動団体主催の狩猟招待状、僕にもとどいているんだ。

 貴族は狩猟しないけれど、当日とうじつの運営を頑張がんばっちゃうってさ」

 ディーノお兄様の才子侍従プレシッソズチェンバレンは、お兄様とおなどしの非蒸気財閥子息しそくピオ。

「運営って、やくでしょ。狩猟の補佐ほさをしつつ、ちゃっかり事実じじつじょうの狩猟解禁かいきんに持って行くつもりね。

 なんて、おぞましい人たちなんでしょう。

 わたしのおとうといもうとくるしめておいて。

 あんまりだわ」

 テクラお姉様はポリーの顔をのぞきこむように姿勢をかがめて、近寄ちかよった。

御前おまえ、この紋章をっていて、エフェ皇女をかばった?

 それとも。エフェ皇女の協力きょうりょく者?」

「いいえ、テクラお嬢様。わたしがつかえるのはメンブロ家にございますし。わたしは才女侍女ソフィアズメイドにございます」

 両手で顔を覆ったままポリーはこたえた。

 でも、カタカタ身体からだふるえている。

「ディーノ様。

 イクスクルークラブはポリーの父親が親方おやかた様の管理支援をける直前ちょくぜんに、マロンドール皇帝に売却ばいきゃくしております」

 お兄様の才子侍従プレシッソズチェンバレン余計よけいな一言を言ったものだから、ポリーはメソメソ泣き始めてしまった。

 なんて、タイミングがわるいのだろう。

 今日はこんなに良いお天気てんきなのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る