針黙示録【異世界ファンタジー×SFスチームパンク】

雨 白紫(あめ しろむらさき)

序章

序章

 あか林檎リンゴだい9区画くかくみなみ60ばん意味いみする看板かんばんさきに、へんものえたのがはじまりだった。

「フレスカ、あれはなんだろう?

 新種しんしゅ霜降シモフリきんかな?」

 ディーノおにいさまかまえていた蒸気じょうきつるぎさやもどして、なにかにちかづこうとする。

 わたしたちのまえで、何か何かつつまれ、燃えてどうにかなっていた。

 あれは焚火だろうか?

 ゆきがちらつくなか狩猟しゅりょうたしなんでいるお兄様にもわたしにも、いままでに見たことがい物だった。

 主催者しゅさいしゃがレンタルしたのは、赤林檎の狩り場。もっと安全あんぜんでありながら、小型こがた氷獣ひょうじゅうからちゅう型氷獣が生息せいそくしている。初級しょきゅうしゃから中級者までのコース。

 ディーノお兄様のご学友がくゆうともに、参加さんかしていた。

 赤林檎の狩り場をはじめて利用りようするわたしたち兄妹きょうだいには、通常つうじょう環境かんきょう異常いじょうか、判断はんだん出来できなかった。

 お兄様がまず無線むせん通信つうしんはじめた。

「こちら、赤林檎の狩り場のみなみにいるメンブロ兄妹。

 最寄もよりの看板は、『MELIメーリ9ノーヴェSエッセ60セッサンタ』。

 赤い揺らめく物

 焦げた黒い物

 蒸気やきりとはちがう、灰色の風

 変なにおいがしている。

 狩り場の異常かどうか、管理かんり者に判断はんだんしていただきたい」

 <こちら、赤林檎の狩り場管理者ジッロ。

 メンブロ兄妹、周囲しゅうい不審ふしん者はいないか?>

皇帝室ロイヤル御用達ワラント刻印こくいんがある菓子かしぶくろおなじ刻印の酒瓶さかびん散乱さんらんしている。

 あまり、かかわりたくない。

 ここから離脱りだつしてもよろしいか?」

 <そちらに狩り場救助きゅうじょたいかっている。

 合流ごうりゅう出来できるまで、うごくな>

 無線はそれで途切とぎれて以降いこうつうじなくなった。

 あの焚火何か誘引ゆういんされた氷獣はわたしたちを見つけると、すぐさまおおきなくちけて突進とっしんして来た。


 氷河ひょうがれき四五二年六月夏至げし。小型氷獣の狩猟を嗜むにはうってつけだった。

 大人おとなからどもまで、招待しょうたいじょうにして狩り場にあつまっていた。

 そんなおまつさわぎの日に。大型氷獣が出現しゅつげん

 警報けいほうった赤林檎の狩り場では、みんなげ場をさがしてはしつづけた。

 救助隊ですら、こごえてたおれたままうごかなかった。

 わたしはお兄様がにぎってくれていたはずなのに、手の感覚かんかくが無かった。

 シュン、シュン、シュン、シュン、シューッ。


「蒸気のやいばが、氷獣に、ける、はず、無い!」


 ジュグッ、ジュグッ、プシュンッ、ジュググググッ。

 お兄様はわたしの手をはなし、氷獣に蒸気の剣をし続けた。なんも、何度も。

 氷獣の下敷したじきになっていたわたし。

 うごかなくなった指先ゆびさきを動かすことしか、あたまかんがえてくれないまま。さけごえすらあげられなかった。つぶれたはいふくらまない。

 わたしも剣でものはらを突きあげた。

【ヂュオオオオオオアアアア】

 断末魔だんまつまで、仲間なかませようとしたのかもしれないけれど。確実かくじつに、わたしたちは化け物を狩りえた。

 狩り終えてはいけない化け物だと認識にんしきりなかった。わたしたちには蒸気の剣しか狩猟道具どうぐは無かった。


 霜降菌の宿主やどぬしである氷獣【トーポマルシオ】一体を絶命ぜつめいさせたせいで、より危険きけん状況じょうきょうになってしまった。

 霜降菌は活動かつどうを続けていたのに、わたしたちはうしないかけていた。

 まえあらたな宿主になりそうなわたしがころがっていたせい。

 しろな霜降菌が菌糸きんしをシュルシュルとのばしはじめた、その瞬間しゅんかん


 人類じんるい最大さいだい禁忌タブーとされる、焚火何か視界しかいすみえていた。

 あたたかないろをした何かひかり

 何かが見えるのに、れられなった。

 んだはずのけものの口からネズミ齧歯げっししたまま。

 その齧歯かられる、かぞえられ無いよだれ

 けがらわしいこおりとなって一粒ひとつぶ

 また一粒。

 わたしのかおって来るものだから。焚火何かに向かって胞子ほうしのうはいったふくろひらく霜降菌なんて、見ていなかった。

 嗚呼ああおもい出したくないのに、わすれられない。


蒸気じょうき財閥ざいばつ才女さいじょ『ソフィア』が転がってるぞ。

 死んだんじゃないか?」


 活性かっせいした状態じょうたいの霜降菌をおそれない青年せいねんが近づいて来た。

 財閥才子さいし才女の狩り場をらした卑怯者ひきょうものどもは、最初sあいしょ度胸どきょうだめしのつもりだったのだろうか。

 彼等かれら焚火何かおこしたせいで、【トーポマルシオ】が初級・中級者用の狩り場に来てしまった。

 狩り場で焚火何かを起し、救助隊を凍死とうしさせ、それでもなお悪事さくじたくやからこえがしていた。

 それから。

 彼等はわたしを獣の下からきずり出した。その行為こういけっして、慈悲じひぶかこころのあらわれでは無かった。

 わたしの両手りょうてに霜降菌の胞子嚢をにぎらせるためだったのだから。

 そして、たりまえのように、彼等のうちの一人、コントロッロ皇子おうじが霜降菌の胞子嚢をってみせた。

 皇帝こうていしるし目立めだつ剣のガード焚火何からされ、キラリとひかった。


 霜降菌の胞子嚢の中身なかみ、胞子はとてもするどい。「はり胞子ほうし」とばれている。

 蒸気文明ぶんめい社会で、霜降菌の感染かんせん抑制よくせいする耐性たいせいワクチン開発かいはつ研究けんきゅういま充実じゅうじつしている。

 しかしながら、この針胞子の抜針ばっしん技術ぎじゅつ確立かくりつされていない。

 十一歳だったディーノお兄様は両足りょうあし

 七歳だったわたしは両手。

 一生涯いっしょうがい、霜降菌針胞子の残留ざんりゅうによる慢性まんせい凍傷とうしょう後遺症こういしょうなやまされることとなった。


 なんて、かわいそうなメンブロ兄妹。

 そう、世界中せかいじゅうがわたしたちに同情どうじょうした。

 そして、気高けだかくも勇敢ゆうかんなディーノお兄様は、蒸気騎士きし養成ようせい学校がっこうえらばれて入学にゅうがくした。

 あれから、四年。

 十一歳になったわたしも、ディーノお兄様と同じみちあゆむことになった。

 かわいそうなわたしたちのために、世界中のだれもがたたかってくれない。

 だから、わたしたちは蒸気を武装ぶそうしなければならない。

 嗚呼。本当ほんとうに、本当に。

 何て、かわいそうなメンブロ兄妹。

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