第36話 大奥様の認めた孫
クラリッサに手を引かれ案内された奥の間には、年配の女性を中央に、身なりからそれなりの家格と思われる者が数名座っていた。
クラリッサが言うところの、いつも魔法の実を気に入って買ってくれている「おばあさま」は中央にいる方なのだろうということは察せられた。
「本日はお目にかかれまして、大変光栄に存じます。魔法の実を作っております、アーレと申します」
丁寧に礼をしたアーレに
「そんなにかしこまらなくていいのよ、アーレさん」
とクラリッサの祖母、エレオノーラが優しく話しかけた。周りの人たちも、笑顔で迎えてくれている。
「私はエレオノーラ・ガルトナー。クラリッサとアルトゥールの祖母です。いつも二人がお世話になっているわね」
「いえ、お世話になっているのは、こちらの方です」
「あなたの育てた魔法の実、いつもおいしく頂いているわ」
「光栄でございます」
「そんなに硬くならずに」
エレオノーラは立ち上がると、かしずくアーレを立たせ、自分のいる席へと連れて行った。クラリッサとアルトゥールも同行した。
「貴族社会に疲れちゃって、今はこうして娘の嫁ぎ先でのんびりしている隠居よ。かしこまられても困っちゃうわ」
いたずらな目で笑うその仕草が、時々見せるアルトゥールの悪い笑みに似ているように思った。
「王子の披露宴での魔法の実のことにも、巻き込んでしまってごめんなさいね。私があなたの魔法の実をべた褒めしたら、孫のコンスタンツェが披露宴で出したいって言い出して。初めは私の分だけという話だったのが、どんどん広がって、参加者全員に提供なんてことになって、全く王城のゴマすり野郎たちには参ってしまうわ」
そのコンスタンツェとは、ガルトナー家で挨拶を交わしていた。
アルトゥールの姉で、間もなく第二王子と結婚する方。
アーレにとって、本来なら会うこともかなわない、公爵夫人となられる方だ。
コンスタンツェはアーレに気さくに話しかけ、「やんちゃな弟をよろしくね」と言って、小声で「少し面倒だけど、悪い子じゃないから」と付け加えた。
ガルトナー家はコンスタンツェの婚礼の準備で皆忙しくしていたが、そんな中でも突然の来客であるアーレを温かく迎えてくれていた。
「少しでも、お役に立てることを光栄に思います」
今、お世話になっている方々に返せるのは、魔法の実を提供することくらい。アーレにできるのは、それくらいだった。
「廃れる一方だった魔法の実に理解を示し、おいしいと言ってくださるだけでも大変嬉しいのです。私にとっては、魔法の実も、野菜も、森の恵みも、何ら変わらない同じ大地の恵みですから」
その言葉を聞き、隣のテーブルにいた夫人が声をかけてきた。
「アーレさん、あなたを見ていると、古い友人を思い出すわ」
隣でクラリッサが小声で
「私のお母さん」
と教えてくれた。
「花を育てるのがとても上手で、いつも大地の恵みに感謝するって、口癖のように言ってた。あの子の世話する庭の周りはいつもかすかな魔法が広がっていて、とても心地よかったのよ。姿も似てるけど、言うことまで似ているから、何だかあの子が戻ってきたみたい」
その話を聞き、アルトゥールが
「それは、…エッフェンベルガー夫人、ですか?」
と尋ねた。
「ええ、ディアナ・エッフェンベルガー。知ってるの?」
「ディアナ・ヴァルドマン・エッフェンベルガー?」
「ええ、そう。元の家名はヴァルドマンよ。お隣のウィンダルから留学に来ていて、ラルフ・エッフェンベルガーに見初められたの。二人の仲を取り持ったのは、私なのよ」
ヴァルドマンの名に、アーレも気がついた。
エッフェンベルガー子爵の奥方は、アーレの母の姉。
その実家の名前は、ヴァルドマン。間もなくアーレが得る母方の家名だ。
「初めてあなたを見た時、あんまり似てるからディアナの隠し子かもって、冷やかしでラルフに言ったことがあるの。そんなことあるわけがないって、怒られたけど」
「子爵様にお話になったんですか?」
アーレが尋ねると、クラリッサの母は悪びれもせず、
「ええ。だって本当にそっくりだったんですもの。若い頃のディアナとあなたが」
「それで、子爵様は私の所に…。それでお仕事をいただけたんですね…。ご縁を頂き、ありがとうございます」
アーレは立ち上がり、クラリッサの母に深々と膝を曲げ、礼をした。
「子爵様には、1年半ほど前から写本のお仕事を頂いています。月に一度納品にお屋敷に伺っていますが、私のような者には立ち入ることもはばかられるようなお屋敷で、どうしてお声をかけていただけたのか、ずっと不思議に思っていたのです」
「屋敷にって…。あなた、まさかラルフに気に入られて、…」
「違いますよ」
下世話な話になるのを見かねて、アルトゥールが口を出した。
「ここだけの話にしていただきたいのですが、アーレの母はディアナ様の妹で、子爵はアーレの伯父に当たります。アーレは近々、ヴァルドマン家の養子になります」
突然、場が静かになった。
その場にいた者の視線が、アーレに集まる。
特に祖母、エレオノーラは目を見開き、息をのんだ。
「じゃあ、何の問題もないじゃない!」
一番に声を上げたのは、クラリッサだった。
「アルトゥールは気にしないだろうけど、絶対なんか言ってくるのが出てくると思ってたのよね。庶民は愛妾にして、第一夫人をつけろとか何とか。そういうのにアーレが巻き込まれるのって、絶対嫌だったのよ。これで大丈夫ね!」
「どうせその養子縁組の話、アルトゥールが引っ張ってきたんだろ?」
「相変わらずの策略家だなあ、おまえは」
親戚一同の視線は、アーレから一転アルトゥールに向けられ、アルトゥールは少し面倒そうな顔をしながらも、その視線を受け止めていた。
「じゃ、コンスタンツェの式が終わったら、今度はお前らだな。こりゃ忙しい!」
「是非婚礼衣装は当家で! 最高のものをご用意しますよ。コンスタンツェ様にも負けないような品を!」
元々がコンスタンツェの式に向けた親戚の打ち合わせの集まりだっただけに、続くめでたい話題に皆大張り切りになった。殊に商家であるクラリッサの家、ウルブリッヒ家は、一族の慶事と商売繁盛を見越し、意気揚々としていた。
周りが浮き足立って騒ぐ中、そっとアーレに近寄ってきたエレオノーラがアーレに跪き、その手を取った。
そして、他の者に聞こえない声で、
「アレクシエラ様、今までさぞご苦労なされたことでしょう。ご無事で何よりでございました」
そう言って、恭しく頭を下げた。
突然のエレオノーラの行動に、アーレは訳がわからず、取られた手をじっと見つめていた。
アレクシエラ。それは、間もなく自分が名乗ることになる、自分の本当の名前。しかし、自分の記憶の中にその名前はなかった。それなのにエレオノーラはその名を知っている。
「あなた様をお救いできたことは、我が家の最大の誉れにございます。どうか末永く、我が孫、アルトゥールのことをよろしくお願い申し上げます」
そう言い終わると、さっと立ち上がり、アーレの頬に口づけをした。
ここからは隣国の元公女ではなく、近い将来、孫の伴侶となる者として、アーレを歓迎するために。
「かわいい孫が一人増えたわ」
ガルトナー伯爵家の大奥様に認められたアーレは、ガルトナー家はもちろん、他の家、例え王家であってもその立場を揺るがすことはできなくなった。
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