第37話 「ヴァルドマンの魔女」達 1

 いよいよ第二王子の婚礼の日が近づき、王城の農園の魔法の実も色づき始めた。この調子なら式の頃が丁度収穫のピークに当たるだろう。このまま穏やかな好天が続くと予想されており、収穫にはまず問題なさそうだった。


 約束の日に、ロベルト・ヴァルドマンとローランド・ヴァルドマンがヴァルドシュタットを訪れた。到着したばかりの二人は王城に呼ばれており、農園の仕事を抜けてアーレが会いに来た。


 娘に、そして妹に似たアーレは、間違いなくヴァルドマン家の血筋の者だった。

 祖父は再会を、何よりアーレの無事を喜び、アーレを抱きしめた。

「アレクシエラ…。よくぞ無事でいた。…大きくなったな」

 アーレは祖父と伯父を見たのは初めてだった。もしかしたらかつて会っていたのかも知れないが、アーレにはその記憶がない。

 自分に「家族」がいる。ずっとないものねだりだと思っていたのに、今、目の前に祖父が、伯父がいる。アーレは戸惑いながらも、自分を抱きしめる祖父にゆっくりと手を伸ばした。



 まだロベルトの娘レベッカが生きていた頃、何度か孫を連れてヴァルドマン家を訪れたことがあった。公爵家では素足で直に土に触れることをあまりよしとされていなかったが、ヴァルドマン家では公認だった。

 裸足で庭を走り、庭にいた犬と転がり回って泥だらけになっても笑って帰ってきた姿を懐かしく思い出した。

 母の大地への祈りを見て、真似るように広げた手。

 魔力を放出する力は弱かったが、祈りの後の小さな足跡には、わずかながらも大地の祝福があった。


 アーレは後で会いに行くことを約束して農園に戻った。

 アーレが立ち去ると、ロベルトとローランド、案内のために付き添っていたエッフェンベルガー子爵は、王城の一室に招かれた。

 その部屋には王と二人の王子、それにガルトナー伯爵がいた。

「今日は、私的な招待と言うことでご容赦願いたい」

 ヴァルドシュタットの王は、先にそう声をかけると三人を座らせた。

 ロベルトは、ここ、ヴァルドシュタットでもどうしても王家が絡んでしまうのか、と、ヴァルドマンの魔女と政治の逃れられない運命に、アレクシエラのことを案じずにはいられなかった。

「貴公が養子に迎えたアーレ殿には、このたびの当家の婚姻に当たり、ご助力を頂いたことに感謝している」

 その挨拶は、特別な農業指導をしていたとは言え、一塊の農民には過分なものだった。

「王家としても感謝の念を示したいところではあるが、面倒な約束をしてな…。表向き、王家はアレクシエラ・ヴァルドマンに特別な便宜を図らないことになっている」

 便宜を図らない、とあえて王が伝えることは、さらに異例だった。

「王家は、アレクシエラ・ヴァルドマンの生い立ちを知ることなく、その生活に関与することなく、一切の政治に関わらせない。王国の一伯爵家の家族となる以上の扱いはしないが、本人の同意があるうちはこのまま農業指導を続けてもらう」


 農業指導。それは、「ヴァルドマンの魔女」の祈りを受けると言うことであり、大地の恵みを得ると言うこと。

 ローランドは少し残念そうな顔をしたが、ロベルトは、そこに希望を見た。

 あえて王が自らヴァルドマン家に伝えたことは、その利用価値を知りながら、国政には利用せず、与えられた恵みを享受するに留めると言うことだ。

「正直に言えば、国として魔女を保護し、末永い繁栄を求めたいところではある。だが、そうしないことが「ヴァルドマンの魔女」の命を永らえさせることになると聞いている。自由に暮らすことで、魔女殿に無理を強いることなく、国にもゆるやかに加護がもたらされることを願うものだ」

「ありがたい、お申し出であります」

 ロベルトは立ち上がると、片膝をついて身をかがめ、王に敬意を示した。

「公式の場ではない。そのような堅いことは抜きで…」

 王のすすめもあり、ロベルトは再び椅子に着いた。

「また、貴公の娘、ディアナ殿には長年にわたり薬学の研究に貢献していただいた。ここに感謝し、礼を言う」

「勿体ないことでございます」

 ロベルトと共に、ラルフ・エッフェンベルガーも王に深々と礼をした。


 ディアナ・エッフェンベルガーは、夫ラルフと共に王城の植物園に勤め、生薬の研究を行っていた。

 ディアナは多少なりとも自分の力が見える者だった。

 「ヴァルドマンの魔女」としての力は半径10メートルほどに及ぶ程度だったが、広がる魔力は濃く、豊かな力を植物園の貴重な植物たちに分け与えていた。

 ディアナは、大地の力の他に、植物の好きなもの、嫌いなものを感じとるという、少し変わった力を持っていた。

 植物は「嫌い」なもので枯れることもあるが、対抗することもある。その組み合わせで新たな力を発揮することもあれば、力を失うこともある。

 自分の力を生かせる「薬学」という道を見つけ、ディアナはヴァルドシュタットでラルフと共に暮らすことを選んだ。


「この国に流行病はやりやまいが広がった際、ディアナ殿には尽力いただいたにもかかわらず、自身がその病で命を落とすことになってしまったことは、非常に遺憾であった…」

 王の謝罪に、エッフェンベルガー子爵が言葉を添えた。

「あの時は、ディアナの見つけた植物の配合により多くの命が救われ、本人は満足しておりました。アレクシエラに使われた毒を解毒する草を見つけたのもディアナです。ディアナは姪が亡くなったことをずっと悔やんでおりました。故郷ウィンダルのためにも、あの恐ろしい薬を解毒する研究には特に力を注いでおりました。生きていたなら、自分が姪を救えたことを誇らしげに思っていることでしょう」

 アーレが十二年前に使われたものと同じ薬で命を落としかけたことは、ロベルトにはまだ知らされていなかったが、エッフェンベルガー子爵はこのことをどうしてもこの場で伝えたかった。

 ディアナはウィンダルに戻れば二度とヴァルドシュタットに戻れなくなることを恐れ、一度も故郷に戻ることはなかったが、故郷を思い、「ヴァルドマンの魔女」としてこの国だけではなく、故郷もまた救おうとしていたことを、王の前で、父であるロベルトに伝えたかったのだ。

 王は、深く頷いた。


「アレクシエラ殿は、ずいぶん苦労されたと聞いている。人を思いやりながらも、人を恐れており、王家の後ろ盾を得て人に妬まれるような生き方を望まないであろう。ガルトナーとも、エッフェンベルガーとも話し合い、勝手ながらアレクシエラ殿の待遇を決めさせてもらった。もちろん、暮らしぶりに不都合がないようガルトナー家を通じて配慮するつもりだ。少なくとも、私とこの子供達が生きながらえる間、この約束は守られることをここに誓おう」

 ロベルトの隣で、エッフェンベルガー子爵は穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。

 同席していたルードヴィヒ・ガルトナーもまた、ロベルトとローランドに向け、ゆっくりと礼をした。


 ロベルトは、他国に嫁ぎ、今はもう他界してしまった娘が幸せであったのだろう、とゆっくりと満足げに頷いた。そして、娘になったばかりの孫もまた穏やかに暮らせるよう段取りが組まれていることに満足した。

「ディアナのことも、この国の皆様にはよくしていただき感謝しております。恐らくアレクシエラはディアナ以上の力を持っているでしょう。自らの力が見えない者ほど、『ヴァルドマンの魔女』の力は強力であり、また、短命になりがちです。どうか、末永く我が孫を見守りいただけますよう、何とぞよろしくお願い申し上げます」


 王と二人の王子の後ろに立つ衛士の一人は、王からこの約束を取り付けるために画策しながらも、この場では護衛に徹し、身動きさえすることはなかった。


 王家との私的な「お茶の時間」の後、ロベルトとローランドは王城の植物園と農園に案内された。

 案内役を務めるヨハネスは、農園の管理長をしながら植物園でも働いており、かつてはディアナとも懇意にしていた。客人がディアナともアーレとも縁があると知ると、二人の力が似ていることに納得し、二人に世話になったことに礼を述べた。

 農園を見たロベルトとローランドは、大地に広がる豊かな祈りの力を感じた。

 アーレのいる農園を横切って飛んでいく竜。アーレが手を振ると一吠えして飛び去る姿を見た時、ロベルトはあの若者が言ったことがはったりではなかった、と驚いた。


 ウィンダルにも欲しい力ではある。

 だが、ここヴァルドシュタットこそ、アレクシエラの故郷になってしまった。

 名前だけでも縁を紡げることを感謝し、アレクシエラ・ヴァルドマンを養子に迎えたことを示す書類を提出し、この国での後見人であるルードヴィヒ・ガルトナーからその身を引き受ける。

 そして、ようやく戻ってきた孫娘と、アルトゥール・ガルトナーとの婚約を結ぶ。

 十二年もの時を経て、ようやく取り戻したものをすぐに手放すのは、わかっていたこととは言え寂しく思った。


 ガルドナー家当主ルードヴィヒ・ガルトナーは穏やかな紳士だった。

 全て息子が動き、整えた縁だと言いつつ、その裏付けはとり、勢いのまま行動する若者を自由にさせながらも最後の手綱はしっかり握っている。そういう男だった。

 ガルトナー家にアレクシエラを任せよう。

 ロベルトは、婚約の書に署名した。

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