第27話 答えはシンプルに 1
道中、アルトゥールが少し前後に揺れていたので、アーレが代わって手綱を握った。初め遠慮気味にしていたものの、気がつけばこくり、こくりと居眠りを始めた。
思い返せば、昨日いた町から城下へ帰る間、ずっとアルトゥールは一人で馬車を御し、自分の家に戻ってもすぐに出かけてしまった。そして戻ってきたのは今日の昼。ろくに寝ていないことは充分察せられた。
それなのに、森の家に行くかと自ら声をかけてくれた。周りの者は、まだ早いと言っていたにもかかわらず。自分だって我慢するつもりだった。なのに、自分の思いを拾い上げるような誘いを受けて、嬉しかった。
竜に剣を向けようとして驚いた。
その竜と話ができて、もっと驚いた。
自分の魔法を目で見ることができた。
自分の力を知ることができて、嬉しかった。
一緒に暮らさないか、と言われた。ずっと欲しかった言葉。
それなのに。
平気な振りをして手綱を握っても、頬を流れる涙が止まらない。
借りている服なのに、袖で涙を拭ってしまった。
きれいな服なのに土をいじり、きれいな靴を脱いで裸足で地面を踏む。
自分は、アルトゥールと暮らせるような人間じゃない。わかっているだけに、悲しくて、悔しくて、情けなくて、
…早く自分の家に戻り、残りの一ヶ月の仕事をちゃんと終えよう。
今度はきっとさよならをいう機会はあるはず。今度のお別れこそ、笑ってちゃんとさようならを言おう。そうすればきっと諦めがつく。
横から伸ばされた手が手綱を引いた。緩やかに歩いていた馬が足を止める。
「何泣いてんだ」
そう言って、のびてきた指がアーレの頬を拭った。
「どこか痛いのか? 気分が悪いのか?」
「…大丈夫。心配しないで」
そう言って笑みを浮かべるアーレを、アルトゥールはいぶかしい顔で見た。
しかし、自分は「駄目」な人間だ。惜しむ気持ちを抑えながら、アルトゥールは手を引いた。
潔く、距離を保つ。
それでも、アーレを見捨てるという選択肢はない。あと一月のうちに自分の代わりにアーレを守れるだけの人を見つける。それがアルトゥールが自分に新たに課した使命だった。
場合によっては、アーレの母方の家に戻すのもありかもしれない。もう二度と会えなくなるかもしれないが、アーレの力を知り、間違った使い方をしないのなら。信用できる相手であれば…。
ウィンダルに行くことも検討範囲に含めることにした。
いろいろ考えるより、本人からヒントをもらった方が早い。ふとそう思い立ち、アルトゥールはアーレに聞いてみた。
「お前が好ましく思う人間って、どんな奴だ?」
アーレは手綱を打って馬を進ませ、進行方向を向いたまま、少し考えた。
「…信頼できる人」
「信頼か。具体的には?」
「そばにいて、安心できる人」
「優しい奴か」
「優しいだけじゃなくて、ちゃんと私を見てくれて、ちょっと怖くてもその人のためを思って動く人なら、信頼できる」
「他には?」
「行動力がある人」
「…それから?」
「きちんと、自分を持っている人…かな。ちゃんと考えて動ける人。よく考えて、ひらめきでもぶれなくて」
いつになく、自分の口が良く動くのに、アーレは驚いた。
「良く周りを見ていて、さっと手助けできる人」
こんなこと、深く考えたこともなかったのに、すらすらと思いつく。
「押しつけられると困るけど、遠慮を見抜いた時は強引だったり、迷っている時には背中を押してくれたり」
考えながら、思わず笑みが漏れる。
「私がやりたいことをさせてくれて、私のことを否定しなくて、私に勇気をくれる」
馬を操ることも、やりたいと言えば止めなかった。
木に登ったところを見られたことはないけれど、見つかっても気をつけろとは言われても、叱られることはないだろう。
「困っている人には親切で、足りないことには気がついて、優しい魔法が使えて、剣を流れる水のように上手に使えて」
手の上に書かれた魔法。
模擬戦で見せた剣さばき。
「どんなに遠くにいても、諦めずに助けに来てくれて、助けるためなら苦手なものだって我慢できてしまう」
妙な視線に気がついて、隣を見ると、アルトゥールが少し顔を赤らめて、自分をじっと見つめていた。
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