第23話 目覚め

 アルトゥールは目が覚めて慌てて起き上がり、隣のベッドにアーレがいるのを確認して息をついた。

 護衛をしていても居眠りしたことがないわけではなかったが、眠りは浅く、少しでも異変があればいつでも目覚められる状態で仮眠を維持できた。こんな風に深く眠ってしまうことなど今までなかったのに。

 無理をしているのはわかっていた。襲ってくる敵がいる訳ではないが、目覚めたアーレを家に届けるまで気を抜くつもりはないにもかかわらず…。

 送迎の馬車でさえうっかり寝てしまうことがあり、それがアーレの隣にいる「心地よさ」のせいなのには何となく気付いていた。


 自分の朝食を済ませて部屋に戻ると、アーレの目が開いていた。

「起きたのか」

 のぞき込んだアルトゥールの方にゆっくりを目を動かし、その視線がアルトゥールを捕らえた。

「わ、たし…、アル、…」

 名を呼ばれ、アルトゥールはアーレを抱きしめた。忘れていない。記憶も持ったまま、無事戻ってきた。

「良かった…」

 アーレにとってその腕の中は知っている暖かさだった。そう何日も前でなく、この胸の中で泣いた。無理に笑わなくていいと、そう言ってくれた。

 どうしてアルトゥールが自分の側にいるのかわからないまま、何故だか不安で、しがみつきたいのに、腕に力が入らない。

 頭に響くずきっとする痛みで、自分が殴られ、連れ去られたことを思い出した。

「あの子…クラリ…の…、見習い…さん、」

「大丈夫だ。アーレが守ってくれたあの子は無事だ」

「さらわれ…みんな、て…テオ?」

「全員無事だ」

「よかっ…、よ…」

 突然口を塞がれて、アーレは戸惑った。優しく自分を求められ、目を閉じてその唇を受け止めた。

 頬に何かが落ちた。温かい、涙…

 泣く人には見えなかった。いつも強気で、決まったことのように動いて、迷いを見せない人だったのに。心配させてしまった。

「ごめん…なさ…」

 うまく回らない舌に、謝る言葉が途切れる。

「許さない」

 そう言うと、もう一度唇が重なった。

 言葉とは裏腹に、全て許されているように感じた。


 熱や脈、体のしびれなどを確認し、アルトゥールはアーレをもうしばらく動かさない方がいいと判断した。

「頭、痛いか?」

「すこし。だいじょ…」

「無理はするな。…水、飲むか?」

 グラスを取ろうと手を動かすが、手に力が入らず、うまくつかめない。

 アルトゥールはグラスを口元に寄せた。

 ゆっくり傾けるが、うまく飲みこめずに口元を濡らしてしまう。

「まだ無理か…」

 アルトゥールはアーレの口元を拭い、グラスの水を含むと、ゆっくりとアーレの口に含ませた。あまりに自然に、当然のように口うつしで飲まされた。手慣れた様子でそのままアーレを横にさせ、何かを取りに部屋を出るのを見て、アルトゥールにはただ身動きできない人を「お世話」しているに過ぎないのではないかと思えた。

 もしかしたら、目覚めた時の口づけも自分が思っているような意味はないのかも…。そんなことは…。

 そう思った時、忘れていた記憶がよぎった。

 黒く光る髪が美しい令嬢の、にらみつける視線。


 「下女のくせに」

 「あの方にはふさわしい方がおりますの」


 そうだった。アルトゥールには、婚約者がいたんだった。

 うっかりしていた。

 誤解を生むようなことはしない、そう言ったのに、自分を止められなかった。それどころか口づけを受け入れ、深まる思いを抑えることができない。

 自分が好きになってはいけない人なのに。

 それを言葉にした時、自分はアルトゥールを好きなのだとはっきりと意識してしまった。

 自分が恥ずかしくてたまらなくなった。

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