第22話 行方

 一つめの候補地に着く頃には、もう日が暮れていた。

 いなくなって、既に二日が過ぎている。夜の捜索は危険だが、候補が三つもある以上急がないわけにはいかない。

 一つめは山奥の古い作業場だった。たどり着くのに時間を要したが、行ってみれば小さな山小屋で、中には誰もいないことがすぐに確認できた。

 念のため人を隠せそうな所はないか、その周辺も調べたが特に何もなかった。

 無駄だと知りながら、物探しの魔法を自分の手の甲に描いてみた。しかし魔力は自分の体に吸われ、アルトゥール自身の探し物には力を発揮してはくれなかった。


 近くの宿で仮眠を取り、翌朝一番に次の場所へ向けて馬を走らせた。

 途中水を求めて休憩をしていて、ふと考えた。

 アーレが運ばれていたのは馬車。

 子供達が運ばれたのも荷馬車だ。

 一人二人ならともかく、七人もの子供を運ぶとなると、馬車が通れる道が近くにある場所でなければ運び込むのも大変だ。

 もっと道に近いところだ。近い順で一番目に山の中を捜索したのは、あまりに愚かだった。

 冷静でなくなっている自分に気がつき、アルトゥールは頭を掻いた。

 自分にいらつく。自分らしくない。

 考えなければいけないのは、探しものがどこにあるかだ。探しものの心配は、見つけてから考えればいい。

 そう思えば思うほど、思い出す。

 魔力がないのを確かめろと、捕まれた手を。

 二人乗りの馬で、楽しそうに景色を眺め、ゆっくりともたれてくる背中を。

 腕の中で泣かれ、服を掴まれた手の重みを。

 雑念、と片付けてしまうには、あまりに心を占めていた。

 今はただ、無事を祈る。

 例え家族がいなくても、探している人はいる。一人じゃないと、伝えたい。


 急遽進路を変えて、三番目の目標に向かった。

 そこは、誰も住まなくなった町の、さらに外れにある教会だった。

 まだ日暮れまで二時間はある。

 少し離れた木の根元に馬をくくりつけ、警戒しながら建物に近づいた。

 最近のものと思われる轍があった。誰かがここを通っている。

 きしむ扉を開けると、中央に祭壇。左右の礼拝席はあちこち朽ちている。

 祭壇の右翼には小さな祭壇の名残があり、左翼には机などが積まれてあった。

 入口のすぐ近くにある階段を上る。角張ったらせんを描きながら、屋根に取り付けられた鐘まで続いていたが、鐘の他何もなく、人が出入りした気配はなかった。


 教会の裏手に民家のような家があった。恐らく教会の司祭が寝泊まりに使っていたのだろう。

 誰もいないことを確認しながら中に入った。

 平屋で三部屋、奥に地下に続く階段があった。食料でも保存するために作られたと思われる殺風景な部屋。鉄でできた柵状の扉は開いたままで、奥に入ると、石でできた床の上に人が倒れていた。

 それは、探していたアーレだった。

 三日前にちらっと元気な姿を確認した、その時の格好のまま、髪を乱し、頭には血の跡があった。

 そっと抱き起こすが動かない。体温はあるが低く、息も脈も信じられないくらいゆっくりだ。生きているとは思えないほどに。

 口の周り、首の周りにも乾いた液体の跡が残っていた。放り投げられた小さな壺。この中に入っていた薬を乱暴に口に含まされたのだろう。

 髪の毛を掴まれ、引っぱられた跡が残っている。質素ではあったが、身だしなみを乱すことはなかった。衣服が乱れていないのが救いだ。

 持っていた革袋の先を口に当て、少し水を落としてみたが、飲み込む様子がない。

 自分の口に水を含み、ゆっくりと口に流し込む。詰まらせないように、様子をみながらゆっくりと。

 こくり、と一口飲み込んだのを確認して、安心した。


 様子からして、薬を使われているのは間違いないだろう。それならばもらっていた滋養の実の葉を飲まさなければいけない。

 しかし、ここにきて問題があった。

 煎じる、と言われていたが、今さらながらどうしたらいいのか知らなかった。聞き返しもしていないとは、かなり動揺していたらしい。

 しかし、現状でアーレにしてやれることは、液体を含ませるくらいだ。できることをやる。

 滋養の実の葉を三枚ちぎり、口に含んだ。

 一度噛んで、あまりのまずさに吐きそうになった。

 やや肉厚な葉は渋く、熟れすぎて腐りかけた果実のようなねっとりとした甘さがあり、そのくせ痺れるように苦く、妙な酸味もある。噛むほどに広がるえぐみ。

 滋養の実自体はこんなにまずくはないのに、同じ植物からできているとはとても思えないまずさだった。

 しかし、大事な薬だ。こんな物を飲ませるのは気の毒な気もしたが、あくまで薬。目覚めさせるためには必要なものだ。効いてくれるなら…

 少し水を含んでから、ゆっくりと口に含ませる。

 こんなにひどい味なのに、何の反応もない。

 それでもできる限り飲ませ、しばらく様子を見ていたが、目を覚ましそうな気配はなかった。


 アーレを抱えて上の部屋に移動し、部屋にあった古いソファの上に寝かせ、馬に積んでおいた毛布を取りに行った。馬を建物のそばまで寄せて、荷物を全て下ろす。馬にもずいぶん無理をさせた。


 このまま、意識を取り戻すまでここで過ごす方がいいのか、馬車を調達して早めに家に戻る道を選んだ方がいいのか。どちらにしても、移動できるのは明日、日が出てからだ。

 持ってきた硬いビスケットと干し肉を食べ、とりあえず休息を取った。



 朝の気配で目を覚ます。

 うっすらと差す光は、夜が明けてまだそう経っていないように見えた。

 アーレはまだ目覚めていない。

 何をするにも、置いていくのが怖かった。目を離すとまたどこかに消えてしまいそうな気がする。一人で馬車を探しに行くより、一緒に町まで行く方が安心できる。動かしていいのかさえ判らないが…。

 アーレを馬に前倒しで乗せて、自身も馬にまたがり、念のため、自分の体と紐で結ぶ。

 バランスがとりにくく馬も戸惑うが、麓の町までゆっくりと馬を進め、時間をかけて移動した。


 町に着くとすぐに宿を取り、ようやくアーレを柔らかな布団で寝かせることができた。

 濡れたタオルで頭の傷の周囲や顔を拭くくらいはできたが、さすがに体を清めるのはやめておいた。

 何かあれば判るよう結界の魔法を施し、馬の世話を頼みに行く。借りられる馬車を探したが、成果なく戻り、おとなしく寝ている姿にほっとし、かつ落胆する。

 見つけてすぐの時と同じく、薄い脈、少ない鼓動、呼吸数も少ない。冬眠しているかのようだ。


 滋養の実の葉の味には、どうしても慣れない。かみしめるたびに何度吐き出してやろうかと思う。

 ゆっくりと飲み込ませると、嫌なのか、逃げるように動く顔を押さえつけて、無理でも全て飲み込ませた。反応があるのは喜ばしいことだ。自分がこんなに我慢しているだけに、ざまあみろと思った。嫌なら早く起きてみろ、と。

 葉の繊維を口から取り出し、口直しに少しだけ果実水を飲ませると、拒否することなく、むしろ自ら受け入れてゆっくりと喉を潤していく。

 口の中が空になっても、柔らかな唇の感触を味わう。

 果実水を求めているだけなのは頭では判っていた。それなのにまるで自分を求めているかのような錯覚に、心が満たされる。

 気がつけば、命をつなぐためが、自分の思いをつなぐために変わっていた。

 アーレが自分をどう思っているのかもまだ聞いてもいないにもかかわらず。

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