第17話 アジト

 目が覚めると、アーレは手首と足首を縛られて、硬い石の床の上に転がされていた。

 周りにメイド見習いの子の姿はない。うまく逃げられていればいいのだけど。

 ゆっくりと顔を動かすと、殴られたらしい後頭部の痛みがひどかった。

 自分の他に子供が四人。男の子が三人で、一人は身なりが良かった。そして女の子が一人。どの子も泣くこともなくぼんやりとした視線で宙を見ているか、眠っているか。


 そこへ、誰かが入ってきた。複数の足音がした。

「おうちに帰るー!」

「今帰れるようにしてあげるからね。落ち着いて。喉が渇いたでしょう。」

 泣き叫ぶ子供に、女の声で優しく水が勧められた。水を飲んだ子供は落ち着いたのか、声を上げなくなった。

 しばらくしてから、金属のきしむ音がして、今泣いていたと思われる子供が同じように石の床に座らされた。その目には、さっきまで泣いていたような生気はなかった。

 水に何か入れているのは明白だった。

 アーレは足音が去るまで意識を取り戻していないふりを続けた。


 十二年前の誘拐事件の話を思い出す。

  子供七人が連れ去られた。

 今、ここにいるのは五人。

  薬で眠らされ、衰弱死だった。

 今、子供達は意識をコントロールする何かを飲まされている。

 状況がよく似ている。

 自分は決して大きな方ではないが、もう大人なのは見れば判る。誘拐犯を見てしまったから連れて来られただけで、子供の代用ではないだろう。逆に言えば、いつ殺されてもおかしくない。

 七人必要なら、あと二人。


 夜になり、子供たちが目を覚ましてきた。まだぼんやりとしている子もいれば、すすり泣く声も聞こえてきた。

 この中では少し大きな黒髪の男の子が一番冷静に見えた。

「黙って聞いて」

 男の子に声をかけると、少しビクッと体を震わせた後、アーレを見た。

「ここで出る水を飲まないで。飲んだふりをして、すぐに寝たふりをして」

「お姉さんは…」

「私はアーレ。あなたは?」

「テオ」

「テオね。水を飲むと何も考えられなくなってしまう。だから飲んだふりだけして、寝たふりをするの。外に出たら、チャンスを見て逃げるのよ」

「みんなは」

 こんな状況でもみんなを心配できる。強い子だ。アーレは安心した。

「あなたが助かれば、みんなも助けられる。人のいるところまで逃げて、王様のところのガルトナーさんに子供が捕まってるって知らせて」

「王様?? 無理だよ。王様になんて会えないよ」

「王様に会わなくていい。誰でもいいから、王様のところのガルトナーさんに伝えてって言えば、大丈夫。誘拐事件のことを調べてる人だから、ちゃんと伝わる」

「でも」

「怖いよね」

 アーレは不安そうに自分を見るテオに、何とか笑顔を見せた。

「暗闇は怖い。でも暗闇は味方。上手に逃げる手助けをしてくれる。みんなを助けるのは、自分が助かってから。無謀な戦いは絶対にダメ。怒った時は我慢、怖くなったら少し待って周りを見てもう一度考える。悲しくなったら、泣いてもいいけど声は出しちゃダメ。そして信じる。あなたは私に会えた。こうして助かる方法を一緒に考えられただけでも、あなたは運がいい」

「運が、いい? 捕まっちゃったのに?」

「アクシデントのない人生なんてない。何かあった時、頑張れる人が強い人。そして強い人は、運もいい」

 大きくても十才にはなっていないだろう。そんな年の子供に無茶を言っている、と自分でも思った。でも、みんなを助けたい。一人でも多く。

 薬に自信があるのだろう。もしくは油断か、手も足も縛られているのはアーレだけ。子供達は縛られていても手だけで、全く拘束されていない子もいる。

「上手に寝たふりができたら、縛られないから。眠ければ寝てもいい。でも、目が覚めても寝たふりだけは続けてね」

 テオが頷くのを見届けて、アーレはもう一度笑顔を作った。


 そうしないうちに、扉の軋む音がして、もう二人が追加された。

「ウィンダルの信者の子供がようやく着きましたよ」

「神の子になるって喜んでた割には、手放すのが遅かったな…。全く待たせやがって」

 誘拐だけではなく、自ら子供を差し出す者もいる。アーレは身震いがした。


 目を覚ましていた子供たちには、再び水が与えられ、静かになった。

 それからしばらくして、一度出払った大人達が戻って来ると、子供達は全員部屋から連れ出された。

「こいつはどうするんだ? 連れて行くのか?」

「大人が混ざると、信者がうるさい。こいつはここで処分だ」

 そう言うと、男はいきなりアーレを蹴り飛ばした。

 思わず声を上げると、

「気がついたか。…丁度いい」

 男はアーレの髪を掴んで引き起こすと、鼻をつまんだ。

 息ができず口を開くと、壺に入ったどろりとした液体を無理矢理口に流し込まれた。

 気管にも入ってむせているにもかかわらず、容赦なく流し込まれ、どれだけ飲んだか判らないうちに、体は痺れ、意識は遠のいていった。

「眠ったままあの世に行けるんだ、神様に礼を言いな」

 男はぐったりとしたアーレを床に投げ捨て、仲間と共にその場所から去って行った。

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