第15話 拉致 1

 十二年前の誘拐事件は当時の新聞に掲載されていた。

 ある日突然いなくなった庶民の少年と、男爵家の四女。どちらも、普段と変わらぬ生活の中、一人になった隙を突かれ、忽然といなくなっていた。

 見つかったのは、行方不明になってから一ヶ月後。国境に近い鍾乳洞の中で、隣国の五名を含む七名がきれいに並んで寝かされており、全員息をしていなかった。

 ウィンダル国側の捜査で犯人は逮捕。主犯格は「大地の使徒」と名乗る団体の関係者で、子供はあくまで仮死状態であり、七日後に生き返り、神が復活する、と供述。逮捕された時点で六日が経過していたが、残り一日が経過しても生き返る者はなかった。

 新興宗教の行き過ぎた思想による事件として、実行犯、協力者を含め六名が逮捕、実行犯二名は処刑されていた。


 王城の資料室には、ウィンダル国の新聞もあった。

 他国、つまりウィンダル側から見たこの国の二名を含め、市民四名、貴族の子女三名、七名を信仰の拠点である鍾乳洞に運び、放置、と書かれていた。

 誘拐時期にはばらつきがあり、発見される一ヶ月前から七日前。

 子爵家令息と公爵家令嬢が行方不明になった件は、不明になった次の日の新聞に小さな記事が載っていた。子爵家令息が二十日前。公爵家令嬢が七日前。

 事件の翌日には、子爵家令息と公爵家令嬢の名が訃報欄に掲載されていた。

 さらにその前々日、つまり、事件が記事になる前の日の訃報欄に、令嬢と同じ公爵家の名が二つあった。

 一つは公爵自身。もう一つは公爵家嫡男。娘の遺体が見つかる前日に、その父と兄も亡くなっていた。


 ウィンダルの貴族名鑑も見た。

 アインホルン公爵家家長ベルノルト・フォン・アインホルン、長男ディートヘルム、加えて次男エーベルハルト、長女アレクシエラも同じ年に死亡している。一人目の妻は事件の十年前に、二人目の妻も前年に既に死亡しており、アインホルン公爵家は廃絶。

 エッフェンベルガー子爵の言っていた開示されない情報は、公爵家が絡んだ何かがあったと疑われる。だとすれば、十二年前に終わっており、今回の誘拐事件とは関係がないと思われた。

 むしろ「大地の使徒」の方は注意しておくべきだろう。解散したことになっているが、裏でひっそりと活動を続けていることも考えられる。



 子爵家に行った翌日は王城の農園、二日おいて休日の市。

 週一回の市のほか滅多に外出したことがなかった頃に比べると、アーレはずいぶんと出歩くようになっていた。その割には送迎がつき、楽をさせてもらっているせいか、市の立つ街に向かう徒歩を少しきついと思う自分がいた。

 あと一月も経てば、元の生活に戻る。そのことを忘れてはいけない。アルトゥールは、いつまでも甘えていい人ではないのだから。

 雑念を払うように、頭を振り、リュックの重みを肩に感じながら歩みを進めた。


 その日もかなり早めにクラリッサが来て、魔法の実を含めていくつか買ってくれた。

 今日も何か打ち合わせがあるようで、買った物は後でまたメイド見習いの子が取りに来るらしい。

 今日はアプリコットを少し持ってきていた。お使いのご褒美にしようと準備していると、そうしないうちに遠くにメイド見習いの子がアーレの方へ向かって来るのが見えた。

 手を振ろうとしたのもつかの間、何かに引っ張られたかのように路地の方に引き込まれ、それっきり出てこない。

 つい先日聞いた、誘拐事件のことが脳裏に浮かんだ。

 取り越し苦労でもいい。

 アーレはメイド見習いの子が見えなくなった道へ走って行った。

 薄暗い路地を覗き込むと、見慣れぬ男がメイド見習いの子に猿ぐつわをかませ、麻の袋に入れようとしていた。

「何してるの!」

 大声に驚いたのか、男はメイド見習いの子を投げるようにアーレの方に突き飛ばすと、アーレは支えきれずに倒れた。

 そのすきに男は走って逃げて行った。

 まさに危機一髪。よもや、こんな身近でこんなことが起ころうとは。


 メイド見習いの子の猿ぐつわをほどき、後ろ手に縛られていた縄もほどくと、泣いてしがみついてきた。

「もう大丈夫よ。心配ないからね」

 ゆっくりなだめながら、あと少しで元いた広い道に出るというところで急に頭に痛みが走った。

 とっさにメイド見習いの子を突き飛ばし、日の当たる道に行かせたのは覚えている。

 遠くで、誰かが駆け寄る音がしたが、それを確認することもできないまま、意識は遠くなっていった。

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