第13話 子爵邸

 アルトゥールは、アーレの家に招かれてから、森のことを少し調べていた。

 十年でいなくなった共同生活者。一人取り残されたアーレ。それから二年。

 森は共有地だが、一部、隣国ウィンダルの貴族が借り受けていた時期があった。具体的に何に使われていたのかは記録にないが、その借款期間終了が同じ二年前になっていた。

 ウィンダルに関わる何かがあるのだろう。

 アーレが森に来たと思われる十二年前について、ウィンダルも範囲に含めて調べているところだ。


 アーレはあれから元気がない。アルトゥールにも遠慮がちになり、友人ということで合意したにもかかわらず、時々たしなめるように距離を置くように言われる。

 未婚の若い女性を相手にしているということをうっかり忘れてしまう自分のせいで、誰かに何かを言われたのかも知れない。


 あと一ヶ月ちょっとで、この仕事も終わる。

 第二王子の婚姻が終われば、自分も元の仕事に戻る。王子の護衛を続けるにしろ、異動があるにしろ、今ほど昼間の時間に融通をつけることはできない。

 なかなかうまくいかない「魔法の実」の育てかたの調査のおかげで、アルトゥールは昼間身軽に動ける自由さを味わった。

 それまで休暇以外で平日に自由に外を歩くことなど、ほとんどなかった。元々調べ物が好きだったこともあり、王子の婚姻までの期限のある仕事ながら、喜んで調査に向かった。

 魔法の実自体のこと、伝承される育て方の記録、実際に売っている実の調査。そこに現れた育て手。それも曰くありの。

 特別な事情を抱えながらも、一人で生きる姿はたくましく、健気でもあった。

 無理を言って協力を求めたが、その態度は真摯で、実直で、好感が持てた。

 そして、あの不思議なまじないの魔力。

 そっとしておいた方がいい。

 そう思う気持ちと、好奇心に近い気持ちがあった。

 好奇心をそそるほどに、普通ではない何か。

 彼女のことを知りたいと思う。何かに引きつけられるように。


 そのせいで、何度も断られたにもかかわらず、おせっかいにもエッフェンベルガー子爵の家まで送る約束を取り付けた。

 仮にも子爵邸だ。いつもの農場の荷馬車で行くわけにはいかない。事前に連絡をして家の馬車で送ることの許しを問い、子爵からは快諾された。


 家の馭者を連れて迎えに行ったが、さすがに森の中まで馬車で入るのは難しく、森の入口で待たせた。

 いつもは子爵邸で服を借り、着替えてから子爵と面会すると聞いたアルトゥールは、先日王城で着替え、そのまま譲られたワンピースにするよう勧めておいた。それを忠実に守っていたため、いつもの制服ではなく子爵家訪問に則した格好のアルトゥールの隣にいても引けを取らなかった。しかしアーレはアルトゥールの格好がいつもと違うのに戸惑い、目をぱちくりさせていた。

 森の入口に停まる、駅馬車よりもずっと豪華な馬車を見て、本当に自分がこれに乗っていいのだろうかとアーレは恐れ多い気持ちになり、思わず立ち止まってしまったが、タイミングよく馭者がドアを開け、アルトゥールに促されて恐る恐る乗り込んだ。

 座席は座り心地がよく、揺れも少ない。

 いつもはどちらかが馬を馭していて、一緒に乗っていても隣か後ろにいるアルトゥールが、同じ馬車の中で向かい合わせになっている。それだけでアーレは落ち着かなかった。

「俺はただの同伴だ。玄関まで送って、後は待っている」

「い、いえ、そんなことしてもらうなんて…」

「一緒に行こうか?」

「いえいえ、それはもっと駄目でしょ!」

 まさか、こんな展開になるならいつも通り自力で子爵邸に行ったのに。

 やはり断るんだった、と押しに弱い自分を反省した。

 一方で、押しの強い男は床に一揃いの靴を置いた。それは白色の新しい靴だった。

「その服に合う靴を王子の侍女が選んでくれた」

「いえ、あの、」

「身だしなみは、相手への礼儀だ」

「…はい」

 ここまで来たら、もうどうやっても負けることがわかっていた。アーレはアルトゥールに従うことにした。

 足のサイズはぴったりだった。高さも控え目で履きやすい。そう言えば、今着ている服を持ってきてくれた時もサイズは丁度良かった。自分でも自分のサイズを知らないのに、侍女の目利きは侮れない。


 アーレが子爵から仕事を引き受けて以来、玄関から訪問したのはこれが二度目だった。

 一度目は、初めて訪問した時。

 事情を知っていた執事は、アーレの姿を見て裏に回るよう言った。そして、子爵家を訪問するにふさわしい服装に着替えた後、子爵と面会をした。

 以来、裏口から入り、裏口から帰るのがアーレにとって当たり前になっていた。そうしなければ、子爵に迷惑をかける。それくらいのことはわかっていた。

 それが今日は正面から訪問する。それだけで緊張感が高まった。

 アーレが持っていた原稿は、いつの間にかアルトゥールが手にしていた。

 馭者がドアを開け、原稿を受け取るため手を差し出したが、

「これは俺が」

と言うと、馭者はさっと身を引いた。

「手を乗せて」

 差し出された手に解説がつき、アーレはそれに従った。

 手を添えたまま馬車を降りると、本当はアーレは使うべきではない正面玄関から執事が現れた。

「ガルトナーです。アーレ嬢をお連れしました。子爵へお取り次ぎを」

 そう言うと、執事に原稿を手渡した。

「どうぞ、こちらへ」

 アルトゥールは道を空けたが、

「ガルトナー様もどうぞ、ご一緒に」

と言われ、アルトゥールは確認するようにアーレを見た。

 アーレはこくりと小さく頷いた。


 案内された部屋で同席はしていたが、アルトゥールは挨拶を除くと子爵との話に口を出すことはなかった。

 アーレと子爵はいつものように原稿の出来を確認し、それが終わるとこの一月の世間話をした。

「このところ、子供が行方不明になる事件が続いているようだね」

 子爵はアルトゥールに話しかけた。ここからは、アルトゥールも会話に参加しても良いと言う意味だと受け取った。

「先週に城下で一名、東の郊外で一名、どちらもまだ見つかってないと聞いています」

 アーレにはその事件は初耳だった。まだ農園では噂になっていなかった。次の市あたりでは、噂が広がっているかもしれない。

「昔、子供が七人も誘拐された事件があってね…。同じようなことにならなければいいが」

「この国でですか?」

「この国の者が二名、隣国ウィンダルの者が五名、誘拐され、同じ洞窟に寝かされているのが見つかったものの、全員が死んでいた。発見が早ければ助かったかもしれないが」

「犯人は捕まったんですか?」

「捕まったと聞いてはいるが、ウィンダル側で処理されたのでね。開示されていない情報もある」

「子爵は…昔王城にお勤めでしたね」

 アルトゥールはふと思い出して聞いてみた。

「この件では捜査にも加わったよ。…知り合いの子供もいてね。嫌な事件だった。戻ってきた子供はどこにも外傷はなく、眠っているかのようだった。現場に薬が残されていて、かなり特殊な睡眠薬で長時間眠らされていたようでね。飲み食いできないまま衰弱死したのではないか、と言われているが…。まあ、十二年も前の事件だ。今回は早く見つかることを願うばかりだよ」

「全くです」

 十二年前とは言え、似た事件があったとすれば、何かの参考になるかも知れない。アルトゥールは、戻り次第この件を調べてみることにした。

 十二年、と言う数字も少し気になる。考えすぎだと思うが。

「捜査に加わってるの?」

 子爵の前でもすっかり普段の口調に戻っているアーレに、アルトゥールは少し笑みを浮かべた。

「いや、今は直接の担当ではないけれど、街で変わったことがあったら報告するよう言われている」

「じゃ、何か気がついたことがあったら、言うね」

 子爵もアーレの砕けた姿を見ても、あえて作法を問うことはなかった。


 子爵邸を出る直前、アーレだけが奥に呼ばれた。いつも帰る前にお土産が渡されるらしい。

 アーレがいなくなると、子爵はアルトゥールに声をかけた。

「ガルトナー君。君があの子に王城の農園の仕事を紹介したそうだね」

「ええ。第二王子の結婚披露宴に使う食材育成を手伝ってもらっています」

「…となると、あと一月ほどか。あの子をこのまま継続雇用する予定は?」

「今のところはありません」

「そうか。ならいい」

 子爵は大きく息をついた。そして改めてアルトゥールを見る目は冷たかった。

「あの子にはこれ以上関わらない方がいいだろう」

「それは、…彼女はずっと今のまま、一人でいろ、と言うことですか?」

「君にはあの子を背負う気はないだろう? 関わっても何の得もなく、ただ面倒なだけだ。賢く生きるなら、これ以上関係を持たず、手を引くことを勧めるよ」

 子爵はアルトゥールの出方を探っているようにも見えた。

 あえてアーレが来るのを待つ振りをして、廊下の向こうを見ながら答えた。

「まだ『友人』ですから。先のことなんて、わかりません」

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