第12話 嫉妬 2

 農園に戻ったアーレは、自分の鍬がなくなっているのに気がついた。周りにいた人に聞いてみても、皆知らないと言う。

 他の誰かのものと紛れてしまったのかと思い、辺りを探し、農具置き場にも行ったがどこにもない。

 いつまでも探しているわけにはいかないので、とりあえず仕事に取りかかった。

 いつになく気がそぞろになっているのにヨハネスが気がつき、鍬を探すことを優先していい、と言ってくれた。しかしアーレは夕方までは農園の仕事に専念し、それから農園の今日行った全ての場所をもう一度探して回った。


 いつまで経ってもアーレが現れないので、心配したアルトゥールが農園まで来た。

「何か、鍬がないって探し回ってたよ」

 指さされた方向に鍬とアーレを探しながら歩いていると、農具を置く納屋からヨハネスと一緒に出てきたアーレは、不安げな顔をしていた。

「見つからなかったのか」

 こくり、と頷くアーレは、ただのなくし物とは思えない動揺を見せた。

「また探しておくよ。どうしても見つからなかったら、新しいものを用意するから」

 ヨハネスがそう言っても、アーレは首を振った。

「あれでないと、駄目なの。あれでないと…」


 アルトゥールは最初に「おまじない」をかけたときのことを思い出していた。

 初め、ここにあった農具を使ってまじないをしようとして、首をかしげた。自分の鍬に持ち替え祈りを捧げると、あの輪になった光が広がった。アーレではなく、鍬の柄を中心に。

 あれは祭具に近いものなのかもしれない。


「わかった。じゃあ、俺もおまじないをしてやるよ」

 アルトゥールはアーレの手を取り、手の甲に何かの呪文を指で書き込んだ。

「大事な物を思い浮かべろ。絶対に戻ってくる。そう信じて、少しも疑うな」


 アーレが思い浮かべたのは、あの木が鍬の柄になる前のこと。

 森の中の大きな木。アーレが森の家で過ごすことになってすぐ。

 その森の主の代替わりに立ち会った。

 樹齢もわからぬ古い木が、ゆるり、ゆるりと朽ち果て、ついに倒れるところを、森の生き物と共に見守った。

 木は新参者のアーレに自分の身を使っていい、と言い残した。

 何故鍬に仕立てられたのかは覚えていない。恐らく、共に暮らす者達にとって都合が良かったのだろう。だが、誰もその鍬を使うことはなく、結局アーレの物になった。

 それから十二年。

 他の道具は何度か修理したにもかかわらず、あの鍬だけは修理もいらず、腐ることもなく、常に祈りの時には手の中にあった。


 腕が引かれた。自分の腕を見えない何かが引っ張る。引かれる方向に走った。

 アルトゥールもヨハネスもついて行った。

 農園の端、畦の向こう、外へとつながる水路の中に探し物はあった。上に土や木の葉をかぶせられ、隠そうとしているのがありありとわかった。

 それでも見つかったのは、近寄るアーレを察したかのように、アーレの手の甲の魔法と同じ色で鍬の柄が光っていたからだ。

 濡れるのも気にせず、アーレは水路に飛び込むと、自分の鍬を拾い上げ、胸に抱いた。

 鍬の先の鉄具は変形していた。恐らく折ろうとしたのだろう。しかし、木でできた柄は無傷だった。


 王城の使用人用の出入口に第二王子の侍女が来て、アーレに着替えが用意された。

 いつまでも鍬を離そうとしないアーレに皆驚いていたが、アルトゥールが預かると言うと、ようやく手放して着替えに向かった。

「嫌がらせかなあ…。アルトゥール殿は人気があるからなあ」

「本性を知れば、憧れの王子様じゃないことはすぐにわかるんだが」

 噂話に事欠かない周りを、アルトゥールは横目でじろっと睨んだ。

 だが、今回の事件は、アーレに対する何らかのやっかみによることは間違いないだろう。周りの噂通り、自分も絡んでいるかもしれない。


 着替えを済ませたアーレは、黙って立っていればどこかの良家の令嬢と言っても通じるほどに違和感なく、見劣りしなかった。柔らかに裾が広がるパステルグリーンのワンピースなど着慣れていないはずなのに、不思議とぎこちなさを感じない。それは、背筋を伸ばし、りんとした立ち姿の美しさのせいもあっただろう。


 さっき、物探しの小さな魔法をアーレの手に仕組んだとき、アーレの記憶が魔法の発動者であるアルトゥールにも見えた。

 古い、大きな木の最期に立ち会い、枝を分け与えられた幼い少女。あの時、森の力を授かったのかもしれない。

 そして、探していたのは鍬にして杖。神聖な魔女の杖だ。

 アーレも、杖も、こんなトラブルに巻き込んではいけない。アルトゥールはそう思った。

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