ノータッチ・未来予知

「――私には未来が見えるのよんっ!」


 席替えをして数日、新しくわたしの後ろの席に座ることになったクラスメイト・星宮ほしみやコスモは、決まってそのセリフを吐いて、よそから注目を集めていた。


「ねえねえ、コスモちゃん……

 あたし、好きな人に告白しようと思うんだけど……成功するのかなあ……」


 休み時間、未来が見えると自称する星宮コスモの元に訪れる生徒は少なくない。

 未来が見えているという証拠一つないのに、どうしてそう信用できるのか……、わたしには理解できないね。


 水晶玉がなければタロットカードもない占い師みたいだった。


 星宮は、向かい合って座る女子生徒の目をじっと見る……――他の子が言うには、星宮の瞳は、まるで宇宙空間のように綺麗らしい。


 一度、その瞳を見てしまえば、彼女が自称しているだけかもしれない『未来予知』が、本当だと思えてくるのだそう……。


 言われた未来が当たったことなど、一つの事例もないのだけど……。

 それが分かっていながら、星宮の占い(未来予知?)の長蛇の列が消えてなくならないのは、未来が見える如何ではなく、星宮コスモというカリスマに見てもらいたいからなのか。


 当たらなくてもいい……とにかく見透かされてみたいという欲求なのかも……――見透かしているかどうかも怪しいものだけど。


 宇宙空間に吸い込まれたかと錯覚する星宮の瞳。


 確かに、結果が振るわなくとも、一度は受けてみたいと思えるのかもしれない。



「――見えたっ」


「ど、どうかな……」


 好きな人に告白をして、成功する未来があるのかどうか……、仮に失敗すると言われて、じゃあ諦めるのかと言えば、相談をした彼女はきっと諦めないだろう。

 ダメ元でいいから告白してみて、自分の目で結果を見るはずだ。


 人の意見に左右されて、踏みとどまれる衝動なら、それは恋ではない。


 見栄とか好機とか、そういうものに動かされているだけなんだから。


「……今はやめた方がいいかも、失敗する未来が見えちゃったから」


「そっか……ううん、大丈夫だよ、落ち込んでないよ。だから気にしないで。

 コスモちゃんに相談して良かったよ! 失敗するって分かってるなら、正面から攻める方法じゃなくて、別のアプローチの仕方もあるんだし――幅が広がったよ。ありがと、コスモちゃん!」


 満足した女子生徒が、「バイバーイ!」と手を振って隣の教室へ戻っていった。

 気づけば休み時間も終わりだった……、星宮は休み時間を丸々、他人の相談に使ったわけだ……――暇なやつ。


 わたしは次の授業の準備をして――、


 すると、不意に肩が叩かれた。


「なに」


 振り向くと、うに、と頬に指が突き刺さった。


「あは、ひっかかったね!」

「……鬱陶しい……っ」


「えへへ、そういう反応をするって、未来予知していたからね――当たったよ!」


「予知しなくとも、わたしのことを知っていれば分かるでしょ。

 で、なに? こんなイタズラをして、わたしを苛立たせたいの?」


「ううん」

「…………じゃあなに」


「次の休み時間、黒壁くろかべちゃんの未来を見せて」



 ……しつこいのでわたしが折れた。


 嫌だと言っても、目が合う度にお願いされる。

 わたしの未来を見てなにがしたいの? ……未来が見える、だなんて、星宮の虚言かもしれないし――、わたしは別に、未来を見られたくないから嫌だと言っているわけじゃない。

 単純に、星宮と見つめ合うのが嫌なだけだ。


 どうしてかって?


 恥ずかしいじゃん。



「――結局、お昼休みになっちゃったね」


「せっかくの長い休み時間なんだから、他の人の未来を見ればいいのに」


「黒壁ちゃんの未来が見たかったからいいの」


 なぜこだわるのか……星宮は教えてくれなかった。


 机をどかし、椅子だけを向かい合わせ、互いに座る。

 膝と膝が触れる距離感で、星宮の両手がわたしの両手を包み込んだ。


「うげ」


「落ち着いてね……私の目を見てくださいよー」


 星宮の瞳を見る。見つめる――吸い込まれる。

 宇宙空間に浮遊するわたしがいる。


 自由に動けないけど、流れに任せるように宇宙空間を移動していた。


 このままずっと、ぼーっとしていられそうな没入感だった。



「――見えたよ!」


 その声で現実に引き戻された。

 時間は数秒……、

 わたしからすれば、何時間にも感じられた数秒だった。


「黒壁ちゃんの未来」

「……あっそ。言わなくていいから、興味ないし」


「今日の帰り道に、交通事故に遭うと思うよ」

「は?」


 それが見えた未来? ……どうせ気を引きたいがための嘘でしょ。いや、仮に本当だったとしても、その未来が見えて、笑顔でわたしに教えるって、感覚どうなってるの?


 わたしに、事故に遭ってほしいわけ?


 ……未来が見えたことで、回避できると分かったからこその笑みとも言えるけど。


「こうして未来が見えたならもう安全だよ。

 だって――私の未来予知は、当たらないしぃ」


「……当たらないなら、未来を見ているって証拠にはならないじゃない。

 当たって初めて、未来が予知できるって言えるわけでしょ?」


「そかな。当たらないことで、証明になってるよ? だって、これまで何人の女の子の未来を見てきたと思ってるの? 女の子だけじゃないけど、男の子だって、大人だって――

 色々な人の未来を見てきたけど、私の予知が当たったことは一度もない。

 どんな未来が見えたのか、包み隠さずに教えた上で、だよん?」


「テキトーに答えていれば…………」


 だとしても。


 テキトーな未来予知が、当たることもあるだろう。

 だけど、当たらない? 一度も? 

 確かにそれが本当なら、徹底させることで、的中しないことを証拠にできる。嘘をついているだけなら、一つや二つの未来予知が当たっている場合だって、当然あるだろう。


 その網さえ潜り抜けているとすれば、信憑性が高くなる。


「……当たらないのに、あなたに人が集まるのね」


「当たらないだけで、未来は見えてるからね。

 たとえばさっきの子だけど――告白は失敗するけど、告白している絵は見えたんだから、告白するシチュエーションは作れるってことだもん。

 交通事故に遭う黒壁ちゃんの絵が見えた時も、少なくとも今日、事故に遭う現場までは無事に辿り着けるってことでもあるし」


 見えた未来の本筋ではなく、その舞台や時系列に注目しているの?


 ……でも、当たらないなら、そういう細々としたものもあてにならない気もするけど。


「みんな、本当に未来を知りたいわけじゃないんだよ。

 自分で考えた想定だと、多過ぎて絞り切れないから、わたしの未来予知で想定する方向を絞りたいだけだと思う。

 ほら、料理を作る時、全ジャンルの中からだと迷うでしょ? だから洋食なり中華なり、進むべき道の矢印が欲しいから――だと思うよ。

 あと、私の目に吸い込まれる感覚が癖になってる子もいるみたい」


「それは分かる」

「黒壁ちゃんもはまったの?」


 あの没入感は気持ち良かった。


 お金を払ってでもいいから、もう一度体験したい……、

 お金を払って見つめ合うのは、ちょっとどころかかなり外聞が良くないが。


「はまったのなら、いつでも見つめてあげるけど?」

「それは後々、相談するわ」


 待ってるね、と星宮が満足そうに笑顔を見せる。


 一度、見つめ合ったせいか、ちょっとコイツのことが愛おしくなっている自分がいる……、騙されるな、未来が見えると虚言を吐いてちやほやされたいだけの――

 あ、でも、予知が当たらないだけで、未来は見えているんだっけ?


「……どうして当たらないの?

 絶対、と言い切るからには、それなりの根拠もあるんでしょ?」


「ん? だって、未来予知で見えた未来は、わたしが『未来予知をしなかった』ことを前提にしているから。だから、未来を予知した時点で、見えた未来とは違う方向へ『今の未来』が進んでいるの。些細なことかもしれないけど、そういう些細なことで変動するのが未来だから――

 予知をしたことで未来が変わってしまう……ふふ、意味ねーでしょ?」


 予知した段階で、今の未来は別の未来へ切り替わる。


 だから星宮が見た未来は絶対に当たらない……なるほど。


 星宮コスモは、未来の可能性を一つ、消すことができるのね。


「消すって言うと大げさだけど……、見えた未来とは違うけど、ほとんど一緒に見える似たような未来なら起きるかもしれないよ? たとえば予知した未来で着ていた服とは違う服で、似たような未来が現実に起こる、とかね――」


 些細な行動一つで変化する未来……。


 それほど、未来というのは脆く崩れやすく、だからこそまた一から構築しやすい。


 まったく同じものは作れないけど、似たようなものなら簡単に作れる……。


 変わらない未来を作る方が難しいみたいだ。



 ―― 完 ――

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