未完成ウロボロス



「無人島に一つだけ持っていけるなら、なにを持っていく?」




 定番の質問だった。


 多種多様な答えが出てくるように見えて、実際はある程度の答えが固まってしまっているような質問だ。話題として出すには最終手段に近い質問だが、深く考えず、気を抜いたところでぽんと浮かんだ話題を放り込んでしまったからこそ出た質問だとも言える。


 この時の俺は気づいていなかった……何気なく聞いたこの質問が、まさかクラス全体を巻き込むことになろうとは……。

 そして発覚する事実に、俺は大きな溝を見る――。



 まず答えてくれたのは、前の席の女子だった。まあ、それはそうである。自習中にもかかわらず(だからこそ?)椅子を動かして後ろを向いている彼女に、俺は話題を振ったのだから――これで答えが返ってこなければ、それはもう無視だ。


「あたしはー……やっぱり南海みなみちゃんかな。食材さえ集めておけば、色々と作ってくれそうだし……、あの子、料理が得意だもん」


「料理を作れるのは……重宝するけど……、その食材を獲ってこれるのか? 南海さんが山や海にいって、食材を獲ってこれるようには思えないけど」


「そこはあたしの出番でしょ。自分で言うのもなんだけど、あたしは女の子らしくないからね。料理はできないけど、素手で魚を獲ることはできるよ。山の中は……、食べられる草や毒のないキノコは分からないから、陸上では役に立たないかもしれないけど……」


「あの、呼ばれた気がしたので来てみたんですけど……私の勘違いでした……?」


 自習! と黒板に大きく書かれている教室の、一番前の席にいた南海さんが、窓側で一番後ろの俺たちのところまでわざわざ来てくれた。


 話題に出ただけで、呼んだわけではないのだけど……だからって「呼んでないよ」と追い返すのは可哀そうだ。そうだ、彼女の意見も聞いてみよう。


 無人島に一つだけ持っていけるとしたら、なにを持っていく?


「……そうですね……、サバイバル生活に長けた人がいると心強いですので……鎌田かまたくんを連れていきます」

「え、僕?」


 サバイバル生活に長けている、と言っても、知識に寄っている男子だ。

 見た目は細く、筋肉なんて最低限しかついていなさそうだ。自力で火を起こすこともできないんじゃないだろうか……、キャンプでは頼りになるだろうけど、本格的なサバイバル生活となれば、知識だけでは心許ないと言える。


「鎌田くんはちなみに、なにを持っていきますか?」


「僕は……荒舘あらだてのやつかな。あいつは知識はないけど、体力バカだから。これをやれと言ったら素直にやってくれるはずだよ。火を起こしてくれと言えば起こしてくれるし、簡単なログハウスを作ってくれと言えば作ってくれると思う――」


「鎌田、オレを頼りにするのはいいが、報酬はきちんと貰うぜ……そうだな……やっぱ、美人がいねえとこっちも気乗りしねえなあ」


 ラグビー部のキャプテンを務める荒舘が、「オレはあいつを持っていくぜ」と。


 指を差したのは、確かにクラスでも美人と評される女子生徒だ。


「は? アタシのこと?」


宇留部うるべがいれば、男ならモチベーションが上がるだろ。

 別に、脱げと言うわけじゃない……娯楽の一つもねえ無人島で、お前がそこにいれば、それだけで男ってのは満足するもんなんだからよ」


「……どーだかね。満足するの?

 アタシがいることで、男共の性欲のスイッチを押しちゃいそうだけど」


 無人島で二人きり……のはずが、一人目に聞いた答えが『友達』だったために、その選ばれた友達が、『なにを持っていくのか』という権利を行使した結果……またまた友達が選ばれてしまった。なんだろう……、どんどんと繋がっていっている。


 気づけば二人きりではなく、結構な人数が無人島に滞在していることになってしまった。


 俺が最初に、「人はなしだ」と言わなかったからでもあるが……

 物に限らないと許可を出したのは俺だ、こうなる可能性もあったわけで――。


 一人目、二人目が『友達』を選んだことで、後続の答えも自然と『友達』に絞られてしまっている。『なにを持っていく?』という大きなジャンルから、『友達だったら誰を連れていく?』に移動してしまっている。

 無人島で役に立つ、知識を持つ者、体力がある者、純粋に仲が良い者――中には好きな子を指名して、ここでアピールをする者もいた。

 ちょっとした雑談のつもりが、クラス全体を巻き込む話題になってしまった――まあ、盛り上がっているならいいか。自習中ということはみなが忘れている。


「…………」


 友達が友達を選び、無人島へ向かう大所帯。


 まるで卒業旅行だ。

 行き先が無人島というのは、かなりリスキーだが。

 知識面、体力面で秀でている者が多数いれば、無人島であっても危険はなさそうだ。


 そもそも、これだけ多くの人がいれば、無人島ではなさそうだけど……というか、卒業旅行感覚でいける無人島は、安全過ぎて無人島ではない気がする。


 人がいないことと、危険であることを兼ね備えてこその無人島とも言えるし。


「あれ? 暗い顔をして、どうしたの?」


 南海さんが声をかけてくれた。

 俺が発端のはずなのに、気づけば話題から弾き飛ばされて、俺は隅っこで、盛り上がるクラスメイトを見ていることしかできなかった……。

 混ざりたいなあ……でも無理なんだよなあ。


「そう言えば聞いていなかったですね。

 真許まもとくんは誰を連れていくのですか?」


「……も」

「はい?」


「誰も、俺のことを連れていってくれないんだな……」


 聞いていく内に判明した。俺を除いたクラスの全員が、話題に出ていた。

 唯一、名前が挙がっていないのが俺だ――


 誰も、俺を、無人島に連れていってはくれないらしい……。


「俺って、役立たずに見える……?」

「うーん……、でも、得意ではないでしょ?」


 知識面でも体力面でも、確かに自慢できるようなものは持っていない。


 けど、仲良しとか、好きな子とか、そういうジャンルでなら、選出されてもいいはずだ――誰か一人くらい、俺を選んでくれてもっっ!!


「あたしは真許のことは、二番目に選ぶと思うよ。一番じゃないけど……、真許は喋りやすいし、専門家ほどじゃないけど、広く浅く、色々と知ってるし……。

 傍にいてくれると心強いとは思ってるからね」


「わ、私もです! 秀でた人には敵わないですけど……でも!

 複数人を選べと言われたら、絶対にその内の一人は真許くんですよ!」


 一番を選べ、という質問だからこそ、俺は選ばれなかった。


 だけど二番目、三番目も選べと言われたら、最も多く選出されている……だとしても。


「二十人近くいて、それでも誰からも一番に選ばれないことがショックだわ……」


「き、嫌いだからじゃないですからね!?

 ほらっ、そんなことを言う真許くんは、いったい誰を連れていくんですか!?」


「それ、人じゃないとダメなの?」

「え、いや、そういうわけじゃ……」


「じゃあ十徳ナイフ。あっても困らないでしょ」


「拗ねてつまらない答えを出すようになっちゃいました!?」



 ―― 完 ――

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