隠れブラコンと無自覚シスコン【後編】
「……智子はいつまでいるんだよ。昼飯は?」
「忘れちゃった。から、購買にいこうと思ったんだけど……川崎」
「嫌だぞ」
「椅子、詰めて」
「だから嫌だって言ってんだろ!」
ぐいぐい、と、一つの椅子に二人で座るため、聖徳が川崎を無理やり横へずらした。
密着した二人は、当たり前だけど窮屈そうで……
満足気な聖徳が、川崎の弁当に手をつける。
「購買じゃなくて、川崎のでいいや」
「『のでいいや』、じゃねえし! おれの分がなくなる! 帰れ!!」
「いーや」
「なあ、なんで聖徳は川崎を名字で呼ぶんだ?
従妹ならもうちょっと距離感が近いと思うんだけど……」
よその家庭のことだ、事情があるのだろうと思ったのは、言い切ってからだ。
迂闊に踏み込むべきではなかったか……? 質問を取り下げる寸前で、
「川崎が、下の名前は呼ぶなって言うからね」
「そうなのか?」
「……まあ、そうだよ。
川崎
「亜門……、おかしな名前じゃないけど」
「もっと変な呼び名のヤツはいるだろうけど、比較じゃねえんだよ。
おれが嫌いだから――好みの問題だな」
本人しか分からないことだろう。
「そ。だから亜門じゃなくて、川崎って呼んでる」
「智子の場合は、川崎よりも、『かわさきぃ』って感じだけどな」
「?? なにが違うの?」
「無自覚かよ」
その時だった。
昼休みなので開放されている教室の扉から、控えめなノックの音が響き、
顔を出したのは下級生だ……噂をすれば、妹である。
花尾
入学早々、ファンクラブが作られていた新一年生のアイドル的存在である。
「お兄、いた」
教室内で注目を浴びていることを自覚しているのか、足早に近づいてくる。
中学時代はボーイッシュな見た目で、化粧もしなかった妹だが、高校に上がる寸前で化粧を覚えたためか、一気に色気が出てきた。
肩までの短い髪は相変わらずだが、軽く化粧をした上でスカートを穿かれると、男の子に間違われていた中学時代と比べて、女性的な魅力に驚異的な伸びを見せている……
そりゃファンクラブもできるわけだ。
「どうした?」
「ジャージ貸して。……ちょっと寒いから……上に羽織っておきたいの」
「いいけど、俺のサイズだから、ぶかぶかになるんじゃないか?」
「いいよ。それがいいまである……」
「ぶかぶかが? 体のラインが出るから嫌とか?
……でも袖から手が出なさそうな気もするけど」
「いいの。早く貸してよ!」
はいはい、と、わがままな
制服の上からジャージを羽織る。
サイズが大きいおかげで、制服の上からでも余裕で羽織るができた。
やっぱり、袖の先から手が出てこない。
袖まくりをしないと、転んだ時に危なさそうだ。
「貸してみろ」
「袖まくりくらいできるけど……」
「だろうけどな。俺がやりたいだけだ」
妹の手を取り、余った袖をまくってやる。
「ふーん……、妹に触りたいだけなんじゃないの? シスコン兄貴」
「やっぱり? お前から見ても俺はシスコンなのか?」
「どう見てもシスコンじゃん。妹の袖をまくるお兄ちゃんなんて……。
こんなことをされるの、お嬢様とかお姫様とかだけじゃん」
「じゃあおかしなことじゃないな」
「? なに?」
「お前も似たようなもんだろ」
「……お嬢様でもお姫様でもないけど」
「お前の中ではな」
袖をまくり終え、あらためて妹を見る。
「……香水、変えた?」
「……うん。友達のやつ、ちょっとだけかけた……」
「だからか」
「よく分かったね」
「これだけ近づけばな。嫌でも気づく」
「嫌でも」
「嫌じゃないからな?」
言い回し一つで傷つけてしまう……、妹相手の場合、言葉には要注意だ。
「お兄、お昼……、味付けどうだった?」
「濃くて俺好みだけど……、でもこれ、昨日の残りだろ?」
「うん。昨日、わたしもちょっと手伝ったんだよ。
このお肉とか、わたしが煮込みました」
「だからか、これめっちゃ美味かったぞ」
自然と、椅子に座った俺の股の間に妹が座り、二人で弁当の話題で盛り上がった。
弁当一つを二人で食べる。
妹の口の端についたタレをハンカチで拭ってやる。さすがに指で拭って舐める、なんてカップルがしそうなことはしない……、俺は自覚的なシスコンじゃないのだ。
「お兄の胸板、温かくて落ち着く……」
「これでいいのか?」
「本当に鍛えてくれてるんだ……」
「だって、お前がお願いしてきたんだろ、シックスパックが触りたいって」
「……言ったけど……でも、本当にがんばってくれるとは思わなかったから……」
「暇だったし。妹のためだったし。やって損はないと思ったし」
「でも、まだまだ割れてないね」
「それは……ごめん。もうちょっとだけ待っててくれ」
「いつでもいいけどね」
満腹になって眠くなったのか、大あくびをする妹……。
俺は妹の頭をぽんぽんと撫でながら、「寝るか?」と。
「んー、でも、次、体育だし……」
「起こしてやるから」
「ん、じゃあ…………よろしく」
俺の腕を抱き枕にして眠る妹……。
上級生の教室でよく眠れるよな……、兄貴がいるからだとは思うけど……
それにしたって――警戒がないと言うか。
さっきから気づいていたけど、教室の中で、クラスメイトの注目の的だった。
妹は気づいていないみたいだったが……だからこそ俺も気にしなかった。
気にして、妹との触れ合いを途中でやめたくなかったから――
「楓、おまえはこれで、自分がシスコンじゃないと言うつもりか?」
「シスコンのつもりはない」
『シスコンだよ』
川崎と聖徳の声が重なった。
外から見てシスコンなら、それでもいいけどさ。
「だからさ、自分からシスコンです、と自己紹介する気はねえの。
そっちが勝手にシスコンだと感じるならそう思えばいいだろ……俺はどっちでもいいよ」
どっちだろうと、俺が妹に向ける態度は変わらない。
『楓(くん)がシスコンなのは当然として――』
『妹(ちゃん)の方も、なかなかのブラコンだよなあ(ねえ)』
―― 完 ――
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