ニトロパンクスと新未来ソクラテス(短編集その10)

渡貫とゐち

隠れブラコンと無自覚シスコン【前編】

「おまえってシスコンなの?」


 昼休み、カバンから弁当箱を取り出したところで、出し抜けに言われた一言だった。


「さあ? 俺が決めることじゃない気がするけど……自己評価でいいなら違うって言うぞ?

 でも、お前がそう聞くってことは、少なくともそういう一面が見えたから言ってるんだよな?

 じゃあ、そうなんじゃねえの? 他者評価だし。

 俺がそれについてどうこう言うのはおかしい話だ」


「じゃあ認めるか?」


「『俺はシスコンだ!』、とは言わないけど。

『シスコンだよな』と言われて否定はしないな」


 弁当箱を開ける。

 昨日の夕飯の残りを詰め込んだだけなので、バランスは良くない。

 肉が少し多めなのは、妹の分量を減らしてこっちに詰めたからか。それとも食べ盛りの俺に気を遣って、多めに入れてくれたのだろうか……、妹も食べ盛りだろうに。


「いじりがいのねえやつだ」

「いじるつもりだったのかよ」


「無愛想なかえでの面白味は、可愛い妹がいるってところじゃんか」

「俺の面白味は妹頼りなのか……」


 俺に面白味って、ないの……?

 確かに、教室の隅っこにいて、目の前にいる男子の悪友・川崎かわさきとしか喋らない暗くて無愛想な奴だけど……――うん、ないな。


 あらためて考えてみれば、俺に面白味なんてあるわけがなかった。


 そりゃあ、人懐っこい人気の妹の兄貴、ということしか特徴がないのも納得だ。


 あの妹の兄貴、としか、認識されていないんじゃないか?


「妹ちゃんのことを、おまえに根掘り葉掘り聞いてもいいファンがいてもおかしくはないんだけどな……、おまえの『近づいてくるなよオーラ』が、人を寄せ付けないんだろうぜ……おれでさえ近づき難い時があるぜ?」


「出してないし……」

「それを決めるのはおまえじゃないし」


 さいですか。

 他人が見て感じたことを、俺が否定するのもおかしな話だ。


 シスコンの件で自分で言ったばかりである……、無自覚だけど、人を寄せ付けないオーラを出していたのだろう……――無自覚だからこそ、どうなくせばいい?


「……寄ってこないなら好都合か?」

「おれのこと、そんなに嫌いか?」


「川崎は俺の嫌な顔とか関係なく近づいてくるだろ」


 ついさっき、俺のことをいじろうとしていた人間がなに言ってんだ。


「おまえの嫌がる顔が見たかったんだよな」

「爽やかな笑顔で最低なことを言っている……」


 きら、と白い歯が輝く笑顔だった。


 ……この笑顔で諸々を許してしまえるのは、川崎の特権だよな。



「川崎ー、体操着、忘れちゃったんだけど、貸してくれない?」


 隣のクラスの女子が、川崎に声をかけた。

 ……体操着?


「いいぞ、ほれ」

「さんきゅー」


 ゆったりとした喋り方をする女子だ。聞いていると眠くなりそうな……、だけど目が開き切っていない彼女の方こそが、寝起きなのではないかと思ってしまう。


 それにしても、男子から体操着を借りるのか? 今日は体育がなかったから、使ったわけではないにせよ、それでも抵抗がありそうなものだけど……。


「あ、花尾はなお楓くん、おひさー」


「……お、おひさー。……あれ? 会ったことあるっけ?」


「この前の文化祭の打ち上げで、仲良し同士でカラオケにいったでしょー? そこに川崎に連れられた楓くんがいたから覚えてるよー。

 結構、隣でダラダラ喋ってたと思うんだけど……忘れられてたとはショックだなー」


 やべえ、全然っ、覚えてねえ!


「へー、とか、ほー、とか、ふーん、とか。相槌しか返ってこなかったけど」

「それはごめん!」

「いいよー、別にあたしも、まともな会話を期待したわけじゃないしー」


 まるで俺がダメ人間だと言われているようだった……まあ、そうか。そうか?


「誰かと喋っている方が、『ぼっち』にならないでしょ……だからテキトーに会話している感じを周りに見せつけていただけだしぃ。

 楓くんも乗ってくれたけど……覚えてないなら、楓くんの方が徹底して、テキトーだったわけなのねえ」


「あれ? 怒られてる?」

「怒ってないよー」


「そっか、良かった」

「楓、額面通りに受け取らない方がいいぞ?」


 川崎のアドバイスで頭の中がこんがらがる。

 ……怒ってるの? 怒ってないの?


「余計なことを言うな。気にしないでねー」


 と、本人が言うので、深掘りする方が失礼な気もする。


 余計なことを言った川崎の頭が、ぽか、と叩かれた。

 距離が近いけど、どういう関係なんだろう……。


「ん? こいつは従妹だよ」


「そうそう。

 川崎の従妹の、聖徳しょうとく智子ともこでっす!」


「頭が良さそうな名前だな」

「その発想が、頭が悪そうだけど。それ、カラオケでも言われたね」


 なんにも覚えてないんだね、と非難された。

 俺の被害妄想だろうけど。


「楓くんはどんなことに興味があるの?」

「知ってどうする」


「次、楓くんと会った時の話題の手札に加えておく。

 今のところ手札には『川崎』と『猥談』しかないから」


「猥談でいいじゃん」

「きゃーセクハラ」


「機械音声よりも棒読みだ! って、そっちが出した話題だろ!?」


 猥談とは言ったものの、こっちも内容があるわけではない。


 なんとなくで理解している言葉が多過ぎる……、人間関係と同じだな。

 表面的なこととか、人伝に聞いたことしか、頭には入っていない。

 ちょっとでも踏み込んだ話をしようとすれば、一気に分からなくなる。


 かと言って、こっちが持つ手札は、突き抜け過ぎてて、周りが追いついてこれないだろうし……。


「楓の手札は『妹』、『妹』、『妹』だもんな」

「なぜ三枚。一枚でいいじゃん」


「初級、中級、上級――妹のことならなんでも知ってるだろ?」

「……まあ」


「ふーん、仲良しなんだねー」

「別に。普通だろ。妹は家族だ、家族を嫌うやつが、どこにいる?」


 父親も母親も好きだ。祖父ちゃんや祖母ちゃんのことも――もちろん、従妹だって。

 それと同じで、妹のことも好きだと言えば、シスコンだと言われる……どうして妹だけ?


「だからそういう意味では、マザコンだし、ファザコンだし、シスコンだし――イトコンだし」

「従妹は別に、イトコンとは言わないでしょー」


「ぶはっ、糸こんにゃくみたいだな」


 川崎がさっきよりも強く叩かれていた。

 ぽか、ではなく、どご、って感じで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る