異種混在・ザ・ニトロパンクス【後編】

 特番【vs漫才王】の最終決戦は、「ニトロパンクス」vs「天才天狗」だった。


 ダークホース同士が勝ち上がってきた波乱の大会……、注目すべきは、その年齢差である。

 天才天狗は結成十年……、従来の漫才のことも知る、業界のレギュラーである。


 対して、ニトロパンクスは結成半年。

 業界でのイレギュラーである。


 ニトロパンクスは十代後半、天才天狗は二十代後半だ。


 大本命が敗北したことで、荒れる大会だと誰もが予想していたが、まさか、それにしたってこうも予想もしなかった対戦カードになるとは……。


 司会者も仕事を忘れて注目している。



「――さあ、最終決戦です!」


 司会者の横にいたアナウンサーが、気を利かせて進行する。

 気づいた司会者が気を取り直して、


「では、お題は『桃太郎』になります。誰もが知る昔からあるお話ですが、さて、これにどうメスを入れていくのか――……両コンビとも、楽しみですね」



 センターマイクは二本。

 どっちがセンターだ、と芸人であれば言いたくなるが、ぐっと押さえて登場した二組のコンビ。やあどうもどうもー、と明るく元気に出てきたのは、天才天狗である。

 すぐにでも主導権を握りたいのか、マイクまで辿り着いて、すぐに話し始めた。


 ニトロパンクスは落ち着いている。

 緊張のせいかもしれないが、顔には出していなかった。


「ども、天才天狗です。ところで、桃太郎、みなさんは知っていますか?」


「そりゃ知ってるでしょ、あんたね、お客さんをバカにしない方がいいですよ――人気商売なのに嫌われたら終わりですからね」


 天才天狗は高身長の爽やかな男、深上ふかうえケンぢと、低身長でパーマをかけた幸成ゆきなりパラリロの男性コンビだ。


 ごく普通の深上と、分かりやすく変で、嫌味や毒を吐く幸成の笑いが特徴的だ。陰湿なやり方で人の話を黒く染めていくあたり、新時代の漫才には合っているのかもしれない。


「本当に終わりますよ、だってオレたちには『コイツら』しかいませんからね」

「コイツらとか言わないで。人気商売でしょ」

「うへへ」

「笑っとけば許されるレベルの毒じゃないからね?」


 と、二人の掛け合いが始まった。

 天才天狗の空気が作られていく中で、やっとマイクに辿り着いたニトロパンクス――、

 横槍を入れたのは、やはり旗道ニトロだった。


「お客さんを怒らせたら雷が落ちますよ――それこそ、鬼のような形相で」


 そして、お題――『桃太郎』が開始される。




「浅下さんは桃太郎のお話の全部を知ってます?」

「深上だからね? 間違えないで」


「あぁ、すいません、浅い人だからつい間違えちゃいました」

「お笑いの言葉で言ってくれる? 旗道くんの言葉は心に刺さるんよ」


 毒、という意味では、旗道も幸成も同じ威力だろう。ただ、見た目が影響している。


 幸成は見た目通り、毒を吐きそうなやや汚い見た目だが、旗道の場合はまだ十九歳の青年である。まだ幼さを残す子供の顔は、大人に振り向いてもらいたいから吐く毒、という印象を抱かせる。毒の強さが同じでも、聞いていて安心できるのは旗道の方だった。


 自然と、客の注目がニトロパンクスへ移る。


 その中でも、鷹尾はまだ、じっと静観しているのみだった……、これがスタイルだ。

 ニトロパンクスは掛け合いではなく、ぶつかり合い――


 喋る内容を決めてきていない、完全アドリブだ。


 従来の漫才なら、若手ができる芸当ではない。

 大御所ならともかく、若手でそれをすればぐだぐだになって終わるだけ――、だけど新世代の漫才であれば、お題に向けて用意してきた『提案ネタ』があるが、基本は相手の『意見ネタ』を否定し、自身の意見ネタを通すためのアドリブが主戦場になる。


 ……ニトロパンクスがここまで勝ち上がってきたのは、飛び抜けたアドリブ力のおかげだ。

 旗道は相手の力を使い、転ばせることに長けている……。

 事前にお題への『提案』を用意してこないのは、作れないから。


 ニトロパンクスは、ネタ作り担当がいない。


「(ハンっ、芸人としての地力が違うぞ)」


 幸成パラリロが、敵対心剥き出しで仕掛けた。


「旗道は知ってるのか、桃太郎の話」

「お前は誰だ」

「オレを知らないのかよ!!」


 会場が湧いた。

 つい反射的にツッコミを入れてしまったが、これは幸成のポイントではなく、旗道のボケが引き立っている……、空気がニトロパンクス側へ傾いた。


「(チッ)」


 幸成は陰で舌打ちをしながら、


「天才天狗のボケなんだけどな。ついさっき待機室で挨拶したろ、忘れるなよ」

「ああ、そう言えばしましたね。挨拶の一言目で噛んでましたよね」


「言うなよ! 噛んでないし、あれはほらあれだ……ガム噛んでたから」

「噛んでるじゃん」


「え、口臭を気にしてるの?」


「誰も口内ケアのガムとは言ってねえ。あと鷹尾、やっと喋ったな!」


 鷹尾が一言だけ発言して、すぐに静観スタイルに戻った。

 多くは喋らないからこそ、一言が映えるのだ。


「――で、知ってるのか、桃太郎」


 旗道が反応する。


「知ってるよバカ」

「おい、オレは先輩だぞ!」


「まあまあ……、桃太郎は、有名な出だしがあるじゃないですか。おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へしばかりにいきました――って」


「それ、おばあさんに選択肢はあったのかな……」


 と、旗口。

 提案ネタが始まった。


 洗濯と選択をかけている、だけではなかった。


「おばあさんが当たり前のように洗濯にいくことを、おじいさんもおばあさんも、受け入れている気がするんだよね……、別におじいさんが洗濯で、おばあさんがしばかりに出かけてもいいじゃないか。――どうしておばあさんがッ、洗濯を強いられている!?」


「そりゃお前、おばあさんにしばかりは荷が重いだろ」

「洗濯の量を考えろ。行きも帰りも荷が重いだろ」


「なんで大家族の前提なんだよ。おじいさんとおばあさんの二人暮らしだろうが」


「二人暮らしだから? おいおい、それは偏見じゃないの? 洗濯ものがたくさんあってもおかしくはないだろ。一週間に一回、まとめて洗濯する人かもしれないし」


 すると鷹尾が、


「もう一人いるじゃん、桃太郎の分もあるし」


『――既に拾われてるのかよ!!』


 残りの三人が、思わずツッコミを入れてしまった。




 あっという間にタイムアップだった。

 桃太郎のお話は、鬼どころか家来すら仲間にできずに終わってしまった。


 旗口が、

「犬と猿とキジが、遠くの方にいたんですけどね……ただ遠過ぎましたよ、ヒッチハイカーだったら、まだ看板を上げていない距離でしたから」


「それは、かなり遠いみたいだね」


 と、司会者が軽くツッコミを入れた。

 旗口は便宜上、ツッコミだが、性格的にはボケである。


 彼以上のボケが相方にいるからこそ、ツッコミにいるだけで――。



 ――従来の大型漫才コンテストとは違い、審査は点数ではなく、どちらがより面白かったか、だ。二組が同時に出ているのだから、やはりいちいち点数をつけるよりも、シンプルに面白かった方の札を上げた方が早い。


 提示されたお題の中で、時間制限は、五分……。


 その環境下で、より、笑いを取った方が勝利する。

 もちろん、審査員は技術も見ている。話の流れの構築、横槍を入れられ、話が破壊されても修正する器用さ、起きた笑いへの最終パスなど、諸々を含めて。


 それでも、どれだけ技量を評価されても、その場の笑いの爆発力には敵わない。



 結果は、ニトロパンクスの札が多く上がった。


 客から不満の声が上がらないということは、そういうことだろう……。


 大半が、ニトロパンクスの勝利を確信していたのだ。



「ということは――、優勝は、ニトロパンクスッ!! 結成半年、最年少の優勝です!!」



 紙吹雪が舞う。

 盛り上がる会場の中で、ニトロパンクスは涙を流すことなく、二人がハイタッチを一度、交わしただけだった。


 ……現実感がない、とはこのことだ。


 高校卒業後、お笑い学校にいって、【vs漫才王】の予選が始まったから、記念で出場してみたら、まさかとんとん拍子に決勝まで進めて――


 その上、優勝してしまうとは。

 優勝候補の自滅の連続という幸運こそあったものの、若手ながらも飛び抜けた実力で勝ち取った、『王者』という称号である。


「最後に一言、ありますか?」


「じゃあ――来年も、二連覇、してやりますよ!!」


 旗口が宣言する。

 鷹尾がそれに乗った。


「じゃあ俺も一緒にいく」


「当たり前だろ、お前もくるんだよ!!」


 新王者・ニトロパンクス――


 新世代の天才が、エンタメの国を席巻し始める。



 ―― おわり……? ――

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