一度目のあやまち
妖精は美しいものを愛する
一度目の時、フェミアはおろかにも、婚約者を愛した。
フェミア・ローデグリーンはイライラと爪を噛んだ。
ピンク色の爪は、肉が見えるギリギリまで、ギザギザに噛み切られている。
なんで、マキシムはあんな女と一緒にいるのよ。
マキシム・シーガルト・サザンライト。
このサザンライト王国の王太子であり、フェミアの婚約者だ。
物心つく前に婚約した王太子のことを、フェミアはとても愛していた。
キラキラ輝く金髪も、真夏の空のような青い瞳も、柔らかい響きで笑う声も。
全てフェミアのお気に入りだった。
私の婚約者がこんなにきれいな人間で、私は幸せ。
マキシムのためにフェミアはたくさん、たくさん努力をした。
妖精族は寿命が長いかわりに体の成長が遅い。大人の姿になるまで人間の6倍以上の時をかける。先祖の妖精の特色を強く持ったフェミアは、先に成長するマキシムを見て、悲しくなった。そして、禁断の方法を取ったのだ。
全身の魔力を無理やり消費して、人間と同じ成長速度になるようにしたのだ。
骨はきしみ、筋肉は震え、全身が絶え間ない苦痛に襲われた。
無理やり成長させた体はいびつで、手足の長さはちぐはぐで、体はガリガリに痩せ細り、自慢の銀髪は細く縮れて、どんなに櫛でといても、すぐにもつれてしまった。
何より、急激な成長に心が追い付かず、いつもイライラして、癇癪をおこし、苛立ちのまま、召し使いに暴力を振るうまでになった。
特に苛立つのは、女性がマキシムに近づく時。
学園に入学してから、マキシムに話しかけようと多くの女生徒が近づいてきた。
制裁を加えてやりたくて、イライラして爪を噛んだ。
図々しくもマキシムの隣の席に座った女。
用があるふりをして話しかけた女。
マキシムに汚い誘惑の視線を送った女。
二度とマキシムの視界に入らない場所に送ってやりたい。
でも、できなかった。
フェミアは妖精の血をひくとはいえ、中級貴族の伯爵令嬢に過ぎず、高位貴族には強く出れない。
いずれ、マキシムと結婚して王太子妃になった際には仕返ししてやると、復讐ノートに記入するのみ。
フェミアは魔法が使えなかった。
魔力はあふれるほどある。だが、成長するために禁忌の魔法に手を出したため、使うことができなくなった。
この魔法学園では魔力が全て。フェミアは落ちこぼれの醜い伯爵令嬢。
とても惨めで、悔しくて情けなくて、イライラ爪を噛む。
もしかして、マキシムも私をそんなふうに思っているのだろうか。
「ねえ、ちょっと大丈夫? あなた、ひどい顔色よ」
誰もが私を避ける中、話しかけてきたのは、転校生のカヤノヒナコだった。
ヒナコは珍しい黒髪に黒目のおぞましい姿をしていた。
顔立ちは可愛らしいと思う。でも、その色彩は地獄の生物と同じ。
東の国にはそのような色彩の者もいるらしいが、この国では忌避される色だった。
ああ、嫌われもの同士一緒にいろということね。
「同室のよしみで寮内を案内するわ」
まあ、いいわ。地獄なんて、私はこわくないもの。
異世界から来たというヒナコは、この世界の事を何も知らなかった。
「もっと、ご飯食べたほうがいいよ。フェミちゃんは、ちょっと痩せすぎ。ええと。ダイエットじゃないよね。もしかして、拒食症かな。無理にたべたら吐いちゃう?」
何も知らないヒナコは私を心配してくれる。
「ええー。伯爵令嬢なの? 困ったな。私、貴族のことよく分かんなくて。敬語とか使った方がいい?」
なんにも知らないから、平民のくせに図々しい。
「ああ、もう、歴史無理。地理も無理ぃ。何で昔の王家の人は500年とか生きてるの? ありえなくない? それから上空島領地って何? 島が浮かんで移動してるの? 常識がおかしい〜」
一緒に過ごす日々で、ほんの少し、フェミアは爪を噛むことがなくなった。
でも、そんな日々はすぐに終わった。
魔法学の授業で、いつものように、教師の嫌がらせで廊下に立っていると、窓からA組の授業風景が見えた。
魔法実践学の授業だ。この距離からでも、マキシムの金髪は木立の間から見つけ出すことができる。
優秀な王太子は模範演技を行っていた。
杖の先が魔法陣に触れ、光とともに大きな炎が立ち上がった。ごうごうと燃える炎。周囲の生徒が拍手を送る。そして、教師は、向かいに立つ女生徒になにか指示をした。
その女生徒は、杖を振り上げると、一瞬でマキシムの炎を消し去った。
響く歓声と拍手。
マキシムも女生徒に笑顔を向け、握手の手を差し出した。
女生徒は後ろで一つに結んだ黒髪をゆらし、マキシムの手をしっかりと握った。
そう、不吉で無知で落ちこぼれのヒナコはもうどこにもいない。
高い魔力と、誰も知らない知識、どこの国の言葉でも話せる言語力を持ったヒナコは、私のいる最下層のE組からマキシムのいる優秀なA組に編入したのだ。
黒髪を厭っていた生徒は、こぞって友人になりたがり、教師は特別扱いを始めた。
今はもう、私とランチを食べることもない。
それどころか、昼休みはマキシム達、生徒会の役員と共に過ごすようになった。
ぽとっ。
赤い水が廊下に落ちた。
ぽた。
爪のあった場所から血が落ちた。
赤い肉が見える場所のこの痛みだけが、心地良い。
痛みで束の間、苛立ちが消えるのだ。
いつの間にこんなことになったのだろう。
落ちた血を上靴で踏んで、寮まで歩いて帰った。
授業なんて、どうせ、もう、どうでもいい。
部屋に戻ってすぐ、仕切りカーテンを開け、ヒナコの持ち物をハサミで切りさいた。
その日から、私は一人部屋になった。
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