悪役令嬢は3歳?

白崎りか

妖精令嬢と精霊執事

 王立魔法学園の卒業式で、突然始まった蛮行に、保護者たちは驚愕した。


「伯爵令嬢フェミア! 貴様の悪行には、もう耐えかねる。私、王太子マキシムは二人の婚約関係を破棄することを宣言する!」


 舞台上にいるのは、王太子マキシムとその学友の4人の生徒。

 そして、男子生徒に腕をつかまれ、背中を足で押さえつけられた、かよわい小さな銀色の髪の幼女だ。


 3歳ぐらいの女の子供を男子生徒が囲み、その前で王太子は女生徒を1人、背中にかばって立っていた。


 幼児虐待にしか見えない。


 保護者席から女性の悲鳴が上がり、男性は幼女を助けようと、舞台上に向かう。が、見えない壁に押し戻される。結界魔法だ。


 ざわめく保護者達に目をやり、王太子は話を続けた。


「貴様がヒナコにしたことは、全て調べがついている! 異世界から落ちてきた気の毒な女子に対して、ノートを汚したり、制服に水をかけたり、階段から突き落としたり。あまつさえ、ならず者を雇って襲おうとしたり。そんな恐ろしい人間を王太子妃に迎えることなどできない!」


「そうだ。可哀想に、ヒナコはいつも一人で泣いていたんだぞ」


「階段から突き落とされて、怪我はなくとも、恐怖はずっと残るんですよ」


「自分たちが、ならず者を捕まえなかったら、今頃どうなっていたことか」


 男子生徒達は床に押さえつけた幼女を取り囲み、責め立てる。


 だが、保護者の目には、真に責められるべきは、どう見ても、幼女虐待中の男子生徒だ。


「うぇーんっ。いたいよぉ。はなしてよー。えーん」

 幼女の泣き声が響き渡る。


 保護者たちは、何もせずにつっ立っている教師の胸ぐらをつかんだ。


「何をしている。早くやめさせるんだ」


「あんな小さな子供にひどい」


 非難の声に王太子はたじろぐが、手を大きく広げて自分の話を聞くように告げた。


 そして、男子生徒にフェミアの拘束を解くように促す。


 男子生徒は警戒するように、フェミアの後ろに下がった。


「弁明があるなら聞いてやる。フェミア、なぜ、ヒナコのノートを汚したのだ」


「ミア、汚してないもん! ひなちゃんのノートに、お絵描きしてあげただけだもん!」


 フェミアは、涙をいっぱい浮かべて、叫んだ。


「ひどいですっ。この日本のノートは、もう、買うことができないから大切に使ってたのに!」


 王太子の後ろから黒髪の少女がぴょこんと顔を出し、手に持ったノートを開いて見せた。


 地獄の番人ザガーン。

 その姿を見た者は、悪夢にうなされると言われる。

 想像上の姿が緻密にリアルに描かれている。

 覗き込んだ男子生徒が、あまりのおぞましさに口を押さえた。


「ミア、お絵描きじょうず。ひなちゃんに描いてあげたの」


 フェミアはノートの絵をみて、満足そうにうなずいた。



「だからっ、なんで呪われそうな絵を描くんだ!」


 王太子は絵を見ないように、ノートから目を背けた。


「だって、一緒だもん。ひなちゃんとおんなじ髪の色」


 フェミアはぴしっとヒナコの黒髪を指差した。


 この国では珍しい黒髮。地獄の生き物が持つと言われるために忌避される色を。


「また、なんでお前はそういうことを平気で言うんだ!」


 声を荒げる王太子マキシムを見上げ、フェミアはびぇーんと泣いた。


「こわい〜。マキチムこわいー」


「それからっ、」


 怯んだ王太子のに代わり、宰相の息子が眼鏡を指で押し上げながら続けた。


「ヒナコ嬢の制服に水をかけたとの報告が上がってます。なぜ、そんな酷いことをしたのですか。」


 フェミアは口をとがらせた。


「だって、ミアのお手々、ちっちゃいもん。重たいコップ持てないもん」


「つまり、わざとこぼしたのではないと?」


 うんっとうなずいているフェミアに、いやいやと王太子は首を振る。


「食事中のヒナコの席とはだいぶ離れているではないか。わざわざ、そんな場所に行くことがおかしい」


「それはねぇ、ひなちゃんのコップがねぇ、からっぽだったの。ミアね、お手伝いできるの、えらい?」


 ほめてーと無邪気に笑うフェミアは、天使のように可愛らしい。


「階段から突き落とした件については、どう説明するのですか」


 フェミアのペースに巻き込まれまいと魔法師団長の息子が杖先を向けた。


「ミア、2階に行けないもん」


「え?」


「ミア、階段危ないから、ひとりで昇っちゃダメって言われてるもん。みつかったら、おこられるもん。ミア、階段行ってないもん。行かないもん。悪い子じゃないもん。行ってないもん。おこらえたらイヤだから、ミアやらないもん。階段ダメだもん。昇らないもん。知らないもん」


 ものすごく早口で否定するフェミアに、王太子は後ずさる。いや、ここまで、否定するってかえって怪しくないか? と、男子学生たちは皆そう思ったが、周囲の目があり、沈黙する。


「そ、それでは、ならず者たちに、ヒナコを攫わせようとしたのは、どう言い訳するつもりだっ」


 騎士団長の息子が、フェミアに押されまいと、大声で詰問した。


「女の幸せは、権力者と結婚して守ってもらうことだ、ってクラスの子が言ってたのね。権力者ってなあにって聞いたら、誰も逆らえないえらい人のことだって。貴族の逆らえない人は王様でしょ。だから、ミアは生まれてすぐマキチムと婚約したって」


 大きな目で見上げるフェミアに、マキシムはうなずく。


「まあそうだな」


「だからね、婚約者のいないひなちゃんにもね、幸せになってもらおうと思ったの。」


「なんで、それで、ならず者に襲わせるんだよっ」


 ゆっくりと喋るフェミアに、短気な騎士団長子息が声をあらげた。


「ならず者じゃないもん。ヴォルグファミリーのメンバーだもん」


 ヴォルグファミリー!

 泣く子も黙る犯罪集団。

 暗殺や違法奴隷等、幅広い悪事を扱う集団。

 平民どころか貴族も逆らえない。


「ファミリーのボスが、若くてきれいな女の人を探してるって聞いたからね、ひなちゃんがピッタリだと思ったの」


 いや、それ、結婚相手じゃなくて、奴隷商品としてだろう、と皆は思った。


「そしたら、ひなちゃんも、平民で一番の権力者と結婚できて、幸せでしょう?ミア、頭いい」


 ほめてほめて、と続ける。無邪気そうなフェミアに、また、誰も何も言えない。


「待ってください。ヴォルグファミリーのボスって結構なおじさんですよね。酷いです。私のことバカにしてます。すごく怖かったんですよ」


 涙目のヒナコが、固まっているマキシムの袖を引っ張って、訴える。

 誰が聞いても、ひどい話だ。

 だが、無邪気を装う3歳児には何も言えない。


「ヒナコの言うとおりだ。とにかく、こんな思いやりもない女を王太子妃にするわけにはいかない。来月の結婚式は中止だ」


 予定では、成人となった二人の結婚式は、卒業後直ちに行われるはずだった。

 成人。

 そう。

 マキシムとフェミアは18歳の同年齢である。

 マキシムが生まれて、一か月後に誕生したフェミアは、ローデグリーン伯爵家の特徴である妖精の瞳を持っていた。


 虹色の瞳。

 先祖に妖精の血統を持つため、たまに先祖返りで、妖精の特徴を持つ子供が生まれる。

 その子供は精霊に好かれ、強い魔力を持つため、王家は何としても取り込みたいと、半ば強引にマキシムとの婚約を取り付けた。


 だが、あまりにも妖精の特徴を強く持ったフェミアは、成長が妖精並みに遅かった。

 18歳にして外見年齢3歳。

 キラキラ光る銀色の髪は腰までゆるくカールして伸び、虹色の大きな瞳を持つ、誰もが振り返るほどの3頭身美幼女、18歳。


 王太子マキシムも、王家の色である金髪碧眼で、学園でも一番の美形だろう。だが、フェミアはそれを超える人外の美を持っていた。


 そんな可愛らしい子供が、体格のいい男子生徒に囲まれて責め立てられるのを見た保護者たちにとっては、完全に悪役は王太子だった。


 なぜ学園の教師は何もしないのか。

 なぜ、他の卒業生や在校生は遠巻きに見ているだけなのか。

 憤った保護者たちは、別室にいた王を呼びに行かせた。





「何をしているのだ!」


 慌てて会場に来た王と王妃は、仁王立ちの王太子の前ですわりこんでいるフェミアを見て血相を変えた。


「父上! 私はこの邪悪なフェミアとは結婚できません。王太子妃にふさわしいのは、心優しい、ヒナコのような人物です」


 マキシムは、ヒナコと手をつなぎ、必死に訴える。

 倒れ込みそうになる王妃を侍女に任せ、王は金髪を掻きむしった。


「何を言っておる。お前はフェミアと結婚するのだ。そして王家に妖精の血を入れるのだ! フェミアとの子供を作ることが、何よりお前の使命だと言っただろうが」


「子供を作る」の言葉にフェミアが悲鳴を上げた。


「いやぁー。ミアできない。ミアはまだちっちゃいのに、あかちゃんなんて産めないよー。いやだぁ。子供を作ることなんてできないよー。いや、いやー、うぇーん。こわいよー」


 大声で泣きじゃくるフェミアに、保護者たちはもう、見ていることもできず、幼い子供を助けるため結界を壊そうと杖を取り出し、呪文を唱え出した。


「あんな小さい子供になんてこと」

「王家の横暴だ」

「変質者」

「ロリコン」

「犯罪」


 ざわめきはどんどん広がっていく。


「あなた、もう、これ以上は……」


 非難の目に耐えかねて、王妃が王の腕に触れた。


「いや、だが、しかし、精霊契約が」

「父上っ」

「あなた」

「うぇーん、いやだよぉ」


 フェミアを助けようと結界に突撃する保護者。

 御婦人方からの冷たい軽蔑するような視線。

 愛する王妃の悲しみに満ちた眼差しに、王はがっくりとうなだれた。


「わかった。二人の婚約を解消しよう」


 王が宣言した途端、パァッと転移魔法の青い光が走って、その場に白い長髪の青年が現れた。


「王家からの婚約解消、受け入れました」


 青年は優雅にお辞儀して持参の書類を差し出した。


「つきましては、契約書のとおり、違約金として、王家直轄地のうち、オーロラの森とエメラルドの湖、オリハルコン鉱山は、ただいまから我が妖精伯爵、ローデグリーン家の領地となります」


「なんだって?! そんなこと聞いてないぞ」


 貴重な土地を奪われた。王太子はどういうことかとローデグリーン家の美貌の精霊執事に詰め寄る。

 王は息子を止めるように首を振った。


「おまえとフェミアの婚約を結ぶための条件だったのだ」


 ローデグリーン家の反対を抑えるために、婚約の解消時の違約事項として多くを担保にした。

 そこまでしても、魔力が減っている王家に妖精の血を入れることが必要だったのだ。


「し、しかし、悪虐非道なことをしたのはフェミアの方です。悪いのはローデグリーン家の方ではないですか?」


 納得行かないと言い募るマキシムに、人外美貌の執事は紅い瞳を向けた。


「契約書には、解消を申し出た方が有責となっております。精霊契約は厳守していただかないと」


「そんな」


 精霊との契約を破った場合に起きる恐ろしいことを想像し、マキシムは肩をおとした。


 その隣では、王家が失ってしまう領地の価値を知らないヒナコが小さくガッツポーズしている。


「悪役令嬢が婚約破棄されたから、私が王太子妃ね」


 ヒナコのつぶやきは、愕然とするマキシムの耳に入らない。


 そして、美幼女フェミアは、立ち上がると、結界に向けて指をくるっと回した。


 杖も呪文も使わずに、結界が解除された。


「あー、疲れた。やっと終わった。もう、早くパーティ会場に移動するわよ。料理が冷めちゃう」


 髪をかき上げ、気だるげに執事の方に向かう表情は、さっきまで泣いていた、いたいけな子供のものではない。


「お疲れ様です。お嬢様。床に座っていたせいで、ドレスが汚れていますが、お着がえになりますか?」


「あー、そうね。やだっ。背中に、足型が付いてるじゃない。あいつ、後で半殺しにしてやる。ああ、すぐに着替えを用意して」


「かしこまりました。ドレスは子供用と大人用どちらに?」


「決まってるじゃない。パーティだと大人の体の方がいっぱいごちそうを食べられるでしょう」


 何を当たり前のことを言ってるの、と、つぶやきながら、執事が収納魔法で取り出した紫色のドレスと宝石を受け取り、自分に魔法をかけた。


 パッと白光の後に現れたのは、紫のドレスを着こなした、女性の美を集めたような妖艶な美女。

 さっきまでの美幼女の面影は、銀色の髪と虹色の大きな瞳にしか見当たらない。

 幼女を助けようとしていた紳士達は何が起きたのか分からず、きょろきょろと幼女を探したが、代わりに立つ美女を見るなり目が釘づけになる。

 美女になったフェミアの豊かなバストラインや、けだるげな虹色の眼差し、横に流した銀の髪の下のうなじから目が離せない。


「みなさま」


 成長魔法で18歳の外見になったフェミアは、今まで舞台を遠巻きにしていた卒業生に視線をやる。


 目があった生徒はビクリとして、ぴしっと背筋を伸ばした。


「私事でパーティの開始を遅らせてごめんなさいね」


「いえ、トンデモナイです!」

「完璧な結界魔法を見せていただき光栄です」

「今日もお美しい」

「歴代一位の魔力、すばらしい」


 口々に生徒と、それに混じって教員からの賛辞が響く。


 妖精の血。

 王家が何より望んだもの。

 人間を遥かに超える魔力量と技術で、フェミアの成績は歴代一位。魔法関係だけでなく、座学でも一位の実力。記憶魔法を使うことで、読んだ本は全て記憶できるのだ。

 さらには、小さい体では無理な剣術も、成長魔法によって筋肉や骨を成長させて、トーナメントで一位になったのだ。

 魔力至上主義の魔法学園において、ヒエラルキーのトップは王太子ではなく、伯爵令嬢にすぎないフェミアだった。

 仮令外見年齢が3歳だとしても。 


 妖精の寿命は人間より遥かに長い。そのため妖精の子供時代は成長に人間の6倍の時間が必要だった。

 体は3歳までしか成長してないが、フェミアの固有魔法である成長魔法によって、短時間なら見た目を自由に変えることができた。

 主に体育の時は、パッと、同級生と同じ年齢の姿に。他者にはまねできない魔法力を持つフェミアは、生徒だけでなく教師からも尊敬の的だった。


 絶対に逆らってはいけない権力者は、この学園においては、魔力が一番多いフェミアだったのだ。


「皆、この邪悪な女に騙されてるんだ」


 ブツブツとマキシムは独りごちる。


「あら、マキシム様の望み通り婚約解消しましたでしょ。そちらから無理に結んだ婚約ですもの。これくらいの慰謝料は当然ですわ」


 紫色の羽飾りの付いた扇を口元に寄せ、フェミアは優雅に笑う。

 その隣では、美貌の精霊が、執着を込めた紅い瞳でうっとりとフェミアを見つめていた。


 マキシムはそれを横目に思った。


 仮令この先、王家が破産することになっても、この女を王太子妃に迎えずに済んだのは、結果として良かったのだと。

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