第9話言わなくちゃいけないこと

「私ね。矢津高に行くことに決めたわ。フウ、あなたは、東校に行きなさい」

 言ってしまってから後悔した。自分でもびっくりするぐらい、胸が激しく痛んだ。

 だめだよ。無理!

 まだ、間に合う。訂正しなければ。

 けれど、みゆは何も言えなかった。

 そして、フウもまた何も言わなかった。フウもまた、そうなることを予感していたのだろうか。

 沈黙が流れた。ふいにかさこそと足音らしいものが聞こえた。公園の中を誰かが歩いている。しかし、トンネルの前を通り過ぎて、その音もすぐに消えた。

 小さなかすれた声でフウが言った。

「ぼくも、みゆちゃんと矢津高に行く」

「だめよ、それは無理」

「どうして?」

「わかってるでしょう。矢津高はフウちゃんみたいな成績優秀な人が行くところじゃない。私も、もう少し成績がよくて、もう少しいい学校に入れるなら、フウちゃんと同じ学校に行きたいんだけど、私、ばかだから、わざわざ電車に乗って、遠い学校へ行くのはいやなんだけど、そこしか入れる高校がないから、仕方なく行くのよ。フウちゃんまで、そんな思いをすることないわ」

「電車に乗るぐらいわけないよ。みゆちゃんと一緒なら、遠くても平気だよ」

「授業のレベルだって、東校と矢津高では全然違うわ。フウちゃんなんかきっと退屈しちゃうわよ。せっかく頭がいいのに、授業のレベルが低くちゃ、学力もつかないわ。大学進学にも差し支えるわよ」

「大丈夫。ちゃんと勉強するから。今だって、念のためと思って授業でやらないことも勉強してるんだよ。それに……」

 フウは少しためらって、それから、小さな声でつけくわえた。

「大学もみゆちゃんと同じところに行くんだから、みゆちゃんと同じ授業受けていれば十分だよ」

 みゆはびっくりして、少し大きな声になった。

「大学も一緒のつもりなの?」

「だって……いけないの?」

 フウはますます小さな声になった。

「だって、約束してくれたじゃない? 高校も大学もずっと一緒に行こうって。みゆちゃん、約束するって言ったよ。ぼくにも約束させたじゃない。だから、ぼく、がんばったんだよ。成績をよくして、みゆちゃんが入りたい高校に一緒に行けるようにって」

「そんな……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る