第8話フウとの帰り道
しばらく階段の冷たい手すりに体を押し付けて胸にこぶしを当てていたみゆだったが、フウが待っているのはわかっていた。いつまでもこうしているわけにはいかない。みゆは急いで教室から鞄をとると、暗い階段を下りていった。昇降口の扉をあけるといきなり冷たい風が吹き込んできた。西の空にはかすかに赤みがかかっていたが、空はすっかり暗く、星が瞬いていた。
フウが駆け寄ってきた。
みゆは一瞬何と言っていいかわからなくて、」フウを見つめた。フウも言葉を探しているようだった。フウにもみゆの気持ちが伝わっているのかもしれない。
「ああ、疲れた」
みゆはふいに大きな声でそう言うと、フウを見ないで、いつもの方向へ歩き出した。フウは黙ったまま、少し遅れてついてきた。
枯れ葉がサカサカと音を立てて足元を追い越して行く。
言葉が見つからずにうつむいて歩く。
言葉にするのが怖かった。フウにも何となくみゆの気持ちが伝わっているに違いない。
帰り道がこんなに短いとは思ってもいなかった。
角を曲がればすぐにみゆの家、その少し先がフウの家だった。このまま、何も言わずに別れてしまおうかとさえ思った。
フウは何も聞かずにみゆを見送ってくれるだろう。いつもみゆの気持ちを大事にして、一度も逆らったことのないフウ。
ああ、この苦しみ。だが、きっとフウだって苦しいのだ。
「公園に行こうか」
みゆは角を反対にまがった。
ざわめく木々の間の細い暗い道を抜けたところに公園があった。暗いジャングルジムと滑り台。冷たい風がびゅうびゅう吹く公園に人影はない。小さな街灯がぽつんとついている。
小さな丘に子ども用のトンネルがあった。よく遊んだ場所だ。
「なつかしいね。昔はあんなに遊んだのに」
「そうだね」
「まだ、入れそうね。入ってみよう」
中は真っ暗に近かったが、街灯の明かりがかすかに差し込んでいた。入ってみると、ひざを抱えれば座れるぐらいの広さはあった。風が来ない分、中は少し暖かだった。フウも並んで座る。ふれあう肩が温かい。
昔もこうだった。たくさんじゃれ合って、手をつないだり、腰や肩に手を回したり、いつもフウの体温を感じていたような気がする。
「昔は楽しかったな。あのころに戻りたい」
「ぼくも……」
たくさんの思い出がいっぺんによみがえって来て、みゆの胸はせつない泣きたい気持ちでいっぱいになった。小学校も高学年になるにつれて、近所の子どもたちが、ひとりふたりとテレビゲームやスポーツ団へと去っていっても、みゆとフウだけは、二人で公園でよく遊んだ。木登りをしたり、かくれんぼをしたり。フウがみゆを肩車して、蝉取りをしたこともある。
なんて楽しかったろう。あの日々はどこへ行ってしまったのだろう。今、肩を触れあわせているフウはもうあの日のフウじゃないと思うと、みゆの頬にかすかに温かいものが流れた。
あれ?
涙?
フウは気付いているだろうか?
みゆがいつも新しいことを考えて、フウがいつもついてきた。行く道をみゆが決めて、フウが一緒に歩く。家でも学校でもそうだった。それで当たり前だと思っていた。だけど、当たり前のようにいつもそばにいたフウは、なんてかけがえのない存在だったのだろう。
どんなことがあっても、手放したくないと思った。いつもどこまでも一緒にいたいと思った。
みゆはスカートの上からひざを抱えて、瞼を左の膝に押し付けた。
言わなくちゃいけない。
言わなくちゃいけない。
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