第7話フウが待っているから

「絶対に落ちたくないんで……矢津高校にします。お母さん、それでいい?」

「あ、ああ、もちろん、お前の望みどおりでいいけど……遠くない?」

「電車で二駅だから、すぐだよ。夏の説明会、行ったんだけど、新しくて、きれいな校舎だよ」

「そうか。矢津にするか」

 担任は少しほっとしたようだった。やはり、桜ノ宮は少し不安があったのかもしれない。

「いいかもしれないな。落ち着いているって評判だし、合ってるかもしれないよ。きみが行けば、たぶん上位になれるし、一位になるつもりでがんばれば、国立にも入れる。なまじの学校にぎりぎり滑り込むよりも、賢い選択かもしれないぞ」

 それから母親のほうに向きなおっていった。

「毎年、何人かは国公立に入っているんですよ。入ってちゃんと勉強すれば、いい大学に入れます。あそこは、国公立の合格者が少ないので、有望な生徒に対しては、それこそ一生懸命になって、面倒を見てくれます。仮に、篠高に入れたとしても、国公立に入れるのは、一五〇人で、卒業生の半分以下なんですよ。ですから、ぎりぎりで篠高に入るより、国公立大学を狙うなら、むしろ有利という部分もあるんです」

「なるほどねえ」

 母親はみゆのほうを向いて言った。

「私は、みゆがそう決めたんなら、それでいいと思うよ。何が正しいかなんて私にはわからないし、みゆの人生なんだから」

「うん」

「しっかりしたお嬢さんですよね。物事をいろいろきちんと考えることができて……」

 担任はほめたつもりだろうが、みゆの欠点を的確についていた。考えなしのくせに、自分の考えで行動したがる、悪い癖。

「いえいえ、そんな。まだまだ、考えが甘くて」

「じゃあ、とりあえず、矢津高ということで話を進めますよ。あそこは倍率だけは高いから、入れるとは思うけど、勉強はちゃんとやっておいてよ」

「はい」

 面談の部屋を出ると、母親がふりかえる。

「どうする? 車で一緒に帰る?」

「歩いて帰るよ。フウちゃんが待ってるから」

 何の約束がなくても、遅くなるからと言っても、きっと待っているフウだった。

 母親と別れて、教室に荷物を取りに戻る。電気もつけずに階段を上る。もう少しで、昇りきるという階段の途中でみゆは動けなくなった。立っていられなくなりそうで、手すりにしがみついた。

 張りつめていたものが胸の中で切れたような気がした。何かが喉の奥にこみ上げてきて、自分の体が壊れそうだ。

 苦しみと呼ぶのか、切なさと呼ぶのか、名づけようのない、生まれて初めての思いが、体中を縛り付けて、どうにも動けないのだった。

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