第5話心の中の二人のみゆ

 みゆの成績では、市内の高校は難しかった。一番の東校は論外としても、その次の篠高もさらにその次の南高も難しい。ぎりぎり、さらに下の桜ノ宮高に入れるかどうかというところだった。もし、確実に合格するつもりなら市外の矢津(やづ)高校に行くしかなかった。矢津高校は、レベル的には、地元の国立大学に毎年一人か二人がやっと入れるというレベルだった。フウのように、東高に余裕で入れるような人が行くレベルの学校ではなかった。

 フウは、みゆが行くというなら、たぶん、あたりまえのように、「一緒に矢津高校に行く」というだろう。

 みゆにとって、それは、正直、うれしい。一緒の日々を続けられる。

 けれど、フウがそれでいいというからと言って、フウを矢津高に入れてしまっていいのか?

 フウの人生にとって、本当にそれでいいのか? 

 いいはずない、とみゆの心の中の、腕組みをしたみゆが言う。フウの将来を考えたら、フウは東高へ行くべきだ。優秀な人たちと一緒にレベルの高い授業を受けて、才能をもっと伸ばすべきだ。フウの将来を考えると、それがベストだ。

 そして、そのことを、みゆは、みゆの口から、フウに言うべきだ。そう言えば、フウはきっと従う。

 とにかく、フウは、幼いころから、みゆの言葉に最後まで逆らうことはない。みゆにとってだけでなく、フウにとっても今はつらい選択かも知れないが、そうすべきだ。

 大丈夫。別々の学校になっても、家は近所だし、しょっちゅう会える。休みの日にはまた一緒に遊べばいい……二人の関係は何も変わらない。何も問題はない……

 心の中で、そう言うみゆの脇に、もう一人の泣き顔のみゆがいた。フウと別々の高校に行ったら、フウは最高の環境の中で、みゆとは別の世界を生きることになるだろう。やがて、お馬鹿なみゆは、昔は仲がよかったただの過去の人になるだろう。そんなこと、とても耐えられそうにない、と言うのだ。一緒にいれば、みゆは、まだフウにとって大切な人のままでいられるだろう。フウは、今は、みゆと同じ学校に行くことしか考えていない。それがフウの望みなんだから、そのままでいい。

 大丈夫。フウは、どこにいても才能を発揮できる。矢津高に一緒に行こうって言えば間違いなく喜んでそうする。みゆのためにもフウのためにもそれが一番だよ。何もフウを悲しませることなんかない。


 ピアノの音がやんだ。立ち上がったフウと目が合う。

「あれ、みゆちゃん、来てたの。気がつかなかった。声、かけてくれればいいのに」

「熱心に練習してたから、邪魔しちゃ悪いと思って……いいんだよ。いつもは私のほうが待たせるんだから」

「今日は、早いんだね」

 帰り道、並んで歩きながら、みゆは、絵具をこぼした話をした。数学の時間、眠かった話も。フウは、どんな話でも楽しそうに聞いている。

 フウと話していると、本当に楽しい。ほっとする。こんな時間が永遠に続けばいいのにと思う。

 みゆはフウの横顔を見る。改めて見ると、本当にきれいな横顔だ。ちょっと前まで、フウはみゆの所有物のような気がしていた。手足のような体の一部。たとえようもなく大切な、自分の意のままになる存在。恋人や兄弟よりもっと親密な、ふたりで一つの存在、そんな気持ちだった。

 別々の高校に行くことは、そんな関係が壊れてしまうことだと思った。それを考えただけで、胸の奥が底なし沼に落ちていく気がした。どうしても嫌だった。

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