47修行を終えて

 北部山岳地帯ハクドから王都に続く花野はなの道を通った。

 残暑の候に王都を出発し、帰ってきた頃には錦秋きんしゅうの候になっていた。


 王宮前で解散の合図が出た。夕方から慰労会が開かれるらしく、マホガニー研究室に向かった。

 マロンさんには抱きつかれ、せていないか確認された。食事が体に合うか心配だったらしい。

 カーキさんは私よりも私が採取した北部の土壌に興味津々だった。

 マホガニー室長の「ごくろうさん」は胸に響いた。たった一言だけれど、信頼感が伝わってきた。

 

 夕方から慰労会が開かれた。遠征した騎士、宮廷魔術師だけでなく、上司も参加する大規模な慰労会になった。

 さて、私の上司と言えばーー。


「久しぶりだな、オーカー嬢。こたびの功労者と聞いたぞ。あいかわらず君たちは破竹はちくの勢いだな」


 ひとのよさそうな笑顔を浮かべてナイル殿下がやってきた。第一王子の登場により周囲に緊張が走るが、彼の護衛騎士たちは上司として顔を出しているため、安全対策はばっちりだ。


「殿下もお元気そうでなによりです」


 右手にぶどうジュースをそそいだグラスを持っていたので、私は殿下に対して略式の礼をとった。


「ホリゾン伯爵から一部始終を聞いている。宣言通り、立派になった君に敬意の念を示そう。――乾杯」

「乾杯」


 殿下のグラスに注がれていた赤い液体はぶどうジュースに違いない。いきなことをする。


「ケルメスにも会えただろう。大人でも過酷かこくだというのに無茶むちゃをする」

「彼ならば絶対に帰ってきます。殿下の卒業パーティに間に合うかどうかはわかりかねますが」

「オーカー嬢が出席するならば、とんで帰ってくるさ」


 冬になり、新年を迎え、雨水の時季にアルブス国立学校の卒業式だ。ナイル殿下と殿下の婚約者であるローズ・シェル様をはじめ、私と同時に入学した学友たちが卒業していく。


「私は殿下の護衛として参加いたします」

「そうかそうか。ぜひドレスを用意しておくといい」

「護衛がドレスを着るのは……」

「禁止する規則はない。万が一、指摘されたら俺が許す」


 そこで権力をつかうなと遠い目になりかけていると、殿下の護衛たちの視線がささってきて顔を引き締める。


「卒業パーティに関しては後日話をつめよう。今夜は楽しんでくれ」


 殿下は他にも話す相手がいるらしく、手を振って去っていった。


 息を吐きだしてからぶどうジュースで喉を潤し、壁の花になろうとしていると「オリーブ」と声をかけられた。


「お父様!?」


 思わぬ人物の登場にグラスを落としそうになり、結界魔術で回収する。

 お父様は騎士団の指南役を勤めているので、上司といえば上司だと思うけれども、宮廷魔術師として振る舞うべきか娘として振る舞うべきか悩んでしまう。

 お父様は威厳のある顔ではなく、眉をへにゃりとさせて心配そうな表情を浮かべていた。父親の顔だった。 


「オリーブ……怪我はないかい? 体調は? さみしくなかったかい?」


 最後の質問で、近くにいた誰かが飲み物を吹いた気がする。


「頑張りすぎて魔力切れになったぐらいですよ。お手紙もありがとうございます」

「お前の帰還を耳にし、みなで帰りを待っていた。元気な姿を見せてくれ。ーーいや、待ちくたびれた。帰ろう」


 慰労会は始まったばかりだ。壁の花になって、もう少しこの雰囲気を楽しみたい。

 誰かに助けを求めようと視線をめぐらせていたら、黒い髪に金色の瞳をもつランプブラック卿を見つけ、期待のまなざしを向けた。


「オーカー侯爵。ご息女は今夜の主役となりました。しかし積もる話もございますでしょう。家族の時間は邪魔できませんゆえ」


 ランプブラック卿はお父様に四つ折りにされた手紙を差し出した。

 お父様はその場で手紙に目を通し、眉間にしわを寄せる。

 王都に帰る前、ランプブラック卿が『お父上に報告せねばな』と言っていた。まさか目の前でされるとは思っていなかった。


えんもたけなわですが、親子水入らずの時間を頂戴したく、先に失礼いたします」


 いい笑顔のお父様に肩を叩かれた。

 ランプブラック卿が快く送り出してくれたせいで、誰にも引き止められずに私は王都のタウンハウスに連行されたのだった。

 

 私が王都に帰還する連絡を受けて、家族全員領地から王都のタウンハウスに移っていた。

 タウンハウスに着き、お母様にねぎらわれ、一歳になった弟と妹とじゃれあい、入浴して就寝して。

 翌朝、久しぶりに家族と食卓を囲んだ。食後お父様に呼びとめられ、お父様の書斎に向かった。


「ランプブラック卿から、救難と突撃信号の併用報告があった。言い分を聞こうか」

「……弁解の余地もございません」

「はぁ……私はお前が心配なのだ。いつかふらりと去っていき、二度と帰ってこないのではと」


 痛いところを突かれた。

 お父様は私の生きる目的を、うすうす感じているのだろう。


「お前は話さぬだろう。いつでも帰ってきなさい。家族なのだから」

「……はい。私は……私にしかできないことがあると思っています」


 前世で遊んだゲームで、一人だけ悪堕ちから逃れられない人物がいた。

 その人物の名はケルメス・ティリアン。ティリアン辺境伯爵の三男だ。

 彼を救うため、前世の自分は己の全てをかけた。激務の合間の短い休憩時間を捧げ、睡眠時間さえも捧げ、ついには命を捧げてしまった。

 前世の自分が小説の主人公だったならば、なんて馬鹿なのだろうと読者は笑っただろう。

 しかし私は前世の後悔を宿して生まれてきた。後悔は私の一部になってしまい、引きはがせない。道半ばで私が死んでしまったら――訪れるのは推しの死だ。

 

「父親としてできることが応援だけとは歯がゆいな」

「でしたらお父様、私は結界石の改良にとりかかりたいです。北部の魔力だまりにも引き続き協力したいです」

「承知した。準備しよう。ただし、領地で療養してからな」

「うう、わかりました」


 魔力切れで倒れたからか、領地で研究も体調も管理されそうだ。

 王都に次に来るのは殿下たちの卒業パーティになるかもしれない。




★-----------------★




 オリーブが退室してから、父親であるセージ・オーカー侯爵は机の引き出しを開けた。二重底から鍵を取り出し、鍵付きの引き出しを開けると手紙が二通おさめられていた。

 先に手にとった手紙の封蝋ふうろうは紫色。差出人が誰であるのか口にするのも恐ろしい。

 帝国から手紙がくるのは初めてではなく、侯爵はオリーブが帰宅してから開封しようと考えていた。

 ペーパーナイフで封を開けると、便せんと招待状が入っていた。


『藤色の玉座を得たり』


 便せんには一文だけ、招待状には日付しか書かれていない。アルブス国立学校の卒業パーティの後ではあるが、招待状を贈ってきた相手の立場を思うと、今から備えても早くはないだろう。


 頭痛の種が増え、侯爵の口からため息がもれる。

 鍵付きの引き出しに手紙を戻し、もう一通の手紙も開く。


 先ほどの手紙とは違い、時候の挨拶や近況の話から始まり、最後に娘オリーブの話になる。

 北部山岳地帯ハクドの試練を乗り越えられたら、求婚の許しを得たいらしい。

 送り主はケルメス・ティリアン辺境伯爵子息。


「求婚に命をかけるのか」


 娘の態度をみればただならぬ仲だとわかるのに、婚約の話になるとなぜか娘は断固として首を縦に振らない。付け加えると娘もティリアン辺境伯爵子息のためならば命をかけると言い出しそうで困る。


 帝国の魔の手は近づいている。

 王都で処理すべき仕事を一刻も早く終わらせるためにもオーカー侯爵は手を動かした。

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