46誰があなたを守るのか

 目覚めて視界に飛び込んできたのは推しのご尊顔であった。

 帝王紫色の髪に赤色の瞳という彼にだけ許された色合いを眺めているうちに、自分が寝起きであると思い出した。


「ふわぁ!?」


 寝顔を見られていたのが恥ずかしくて急いで上半身を起こす。寝ぐせも気になって頭のてっぺんを手で押さえつけた。


「飛び起きるな。寝ていろ」

「……視線が気になって眠れませんよ」


 我が推しのティリアン様はベッドサイドに置かれた椅子に座り、私を見つめていた。

 こそばゆくて視線を泳がせていたら、ティリアン様の腕が目に入る。自分の右手がなんだかあたたかいなあと思ったら、私が彼の左腕をつかんでいたらしい。


「う、ううう、腕、ごめんなさいぃ」

「ん? 気にするな。手は動かせるか?」


 推しの指示通りに右手を開こうとしたら、いつもよりも時間がかかった。とはいえ推しの左腕を無事に解放できて胸をなでおろす。


「起きたばかりで申し訳ないが、なにがあったか覚えてるか?」

「……館を襲撃されて、玄関ホールで苦戦して……あなたに助けられました。ありがとうございます」

「今後一人で突っ走るな。俺の命がいくつあっても足りなくなる。救難信号と突撃信号の併用は禁止だ」


 宮廷魔術師になった際、王国内で救難信号と突撃信号の併用は『ここに救難者がいるが自分は先に行く。後続者が助けなさい』である。

 主に急を要する際にとられる戦法だ。先を走る者が距離を稼げるよう、後から来た者が救難者をケアする。


 話題をかえたくてラオホについて聞こうとして、推しの深刻な表情に言葉を飲み込んだ。


「貴方は俺が守る。俺がいないときは、無理をしないでくれ」

「……はい」

「ランプブラック卿に目覚めたと報告してくる。水はここに。用があれば呼び鈴を鳴らしてくれ」

「ティリアン様はしばらく滞在予定ですか?」

「ああ。もともと冬の修行を北部山岳地帯ここでする予定だった。貴方を含めた遠征隊と交代してな」


 交代ということは、私は王都に戻るのだろう。北部の冬は厳しいと聞く。私が居残りを希望しても親やホリゾン伯爵が許さないだろう。

 もう一度名前を呼んでほしいと言える雰囲気ではなく、部屋から出ていくティリアン様の背中を見つめた。

 一人になってから、この地を守れたのだと実感した。運ばれた部屋が医務室だと気づいてからは眠気に襲われてしまう。


 横になって、うとうとしていると誰かが医務室に入ってきた。


「オリーブ様、お加減いかがですか?」


 声をかけてきたのはクリスさんの弟さんだった。名前は……思い出せない。ゲームで退場が早かったせいか、私の記憶に残ってくれない。


「大丈夫です。ただの魔力切れだと思います」

「ゆっくり休んでくださいと言いたいところですが、雪が降りました。道が閉ざされる前に王都におかえりください」

「……ティリアン様は残るのに?」

「毎年修行目的で雪山にこもられる方がいます。騎士団と戦い、勝利するほどの実力があれば許可しています」


 会話が終了し、沈黙がおりる。先日の襲撃に関して、お互いに思うところがあったせいだろう。

 命の保証はできない――強くなりたいと願ったのは自分自身で、修行を選んだのも自分自身だ。

 先に口火を切ったのはホリゾン伯爵子息であった。


「助けてくださって感謝しています。ただ、納得はしていません。あれしか方法はなかったんですか? あなたが中に戻られて、ぼく……!」


 領地をもつ貴族の家に生まれたのだから、誰かに守られたりかばわれたりするのは初めてではないだろう。彼は助けられるたびに毎回腹を立てていたのだろうか。無力な己に。

 私は落ち着いて言葉を選ぶ。

 

「私は宮廷魔術師で、結界魔術師です。大規模になれば国家同士の争いにも駆り出されます。対してあなたは領主の息子です。優先すべきは領民たちです。守るべきものが違いますから、意見が食い違うのも当然です」

「あなたは守らなくてもいいって言うんですか!?」

「守護神は皆を守る存在なのです。その質問は野暮ですよ」


 真面目に考えるならば、貴族として守ってくれるのはお父様とお母様だろう。武力で守ってくれるのはと考えて、だんまりを決め込む。


「……わかりました。出発日はランプブラック卿の判断になるでしょう。お見送りはしますので、それまで体を休めてください。医師からは館内ならば自由に行動可だそうです」

「ご配慮くださりありがとうございます」


 弟さんが退室し、私はまた一人になる。

 もうひと眠りしてから、部屋に戻った。

 荷物の整理をして、王都に帰還する準備ができたとランプブラック卿に報告した。

 ランプブラック卿は私を目にして肩をすくめた。


「お父上に報告せねばな」


 どのように報告されるのか、冷や汗ものである。

 すでに準備は終わったらしく、出発は明日だと告げられた。


 一夜が明けて、ホリゾン伯爵一家や使用人たちが見送りに来てくれた。

 クリスさんにお礼と謝罪をされ、両手を握られて上下に振られる。

 クリスさんからの大きな感謝を「あはは」と受け流しているうちに、弟さんも近寄ってきた。クリスさんも彼に気づき、手をはなして数歩下がった。


「オリーブ様、このたびは誠にありがとうございました。そして昨日は言いすぎました。失礼しました」

「いいえ、自分の意見をまっすぐに言えるのはあなたの長所なのでしょう。お互いの立場が違っただけですよ」

「王都に戻ってからもお元気で」


 弟さんが話している間、クリスさんが弟さんを肘でつついていた。


「言っちゃえ言っちゃえ」

「言いませんよ、姉さん」


 ホリゾン姉弟が言うか言わないかでわちゃわちゃしていた。

 ほほえましい光景に苦笑しながら、私は馬車に乗り込んだ。

 行きは荷馬車で、帰りは病み上がりのため馬車の中で。窓から雪を眺めていると、魔術師のローブに耐寒性もあるが、それでも肌寒い気がして結界で冷気を遮断した。

 北部の街並みを目に焼き付けて、北部から離れた。




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 オリーブたちの馬車が見えなくなった頃、館の前でホリゾン姉弟が話し込んでいた。


「ねぇトーパ。オリーブちゃんに気の利いた一言を告げる最後のタイミングだったわよ」

「気づきませんでした? 彼女は最後までぼくを名前で呼びませんでした。『あなた』か『弟さん』とだけ。ぼくは姉さんのおまけだったんですよ」


 トパーズは自嘲じちょうし、足元に視線を落として肩を震わせた。


「伯爵家に恩を売るチャンスなのに、何もせずに帰ったわね。侯爵家の出身だからかしら。それとも彼女の人となりかしら」

「……素敵な方だと思います。国を守ろうとする姿勢が守護神と評されるのも納得です。ぼくもできたら彼女の力になりたいです。父上と母上は健在ですし、何年かかろうと王都に行きます」

「トーパ……応援するわ」

「まずはその変な愛称をやめるところから始めてください」

「いやよ。トーパはトーパだもの」

「彼女がぼくの本名を忘れている可能性があるので、せめて彼女の前ではやめてください」


 雪が降る間、北部は孤立し、他の領地からの援助を受けられなくなる。そのためどこよりも早く冬ごもりの準備を完了させる。

 

 厳しい冬がやってきた。

 




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◆侵入者を撃退しました


◆北部山岳地帯ハクド シナリオ進行度:■■■


◆称号を入手しました

  ホリゾンブルーのヘアクリップ:(入手条件:北部の姉弟と絆を育んだ。)


◆氷と育ちし者ルートが開放されました


◆姉クリスタルの情報が一部開示されました

  名前   :クリスタル・ホリゾン

  髪色   :ホリゾンブルー

  瞳    :ヒヤシンス

  所持スキル:肉体強化、氷属性耐性、一撃必殺、等


◆弟トパーズの情報が一部開示されました

  名前   :トパーズ・ホリゾン

  髪色   :ホリゾンブルー

  瞳    :黄玉トパーズ

  所持スキル:精神異常耐性、氷属性耐性、頭脳明晰、等

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