45あなたがいれば百人力

「オリーブ!」


 会いたすぎて、ついに幻聴まで聞こえるようになってしまった。

 しかもオリーブだなんて。我が推しは私を『オーカー嬢』と呼んでいたはずだ。

 まあ幻聴なのだから、呼ばれたいように呼んでくれたっていいだろう。


 ラオホの強烈な一撃を繰り出す光景がスローモーションに見えた。


 ゆっくりと動く視界の中、大きな背中が私の前に降り立った。


 赤みがかった紫色の髪に、素朴な色合いのマントをなびかせて。

 最後に見た時よりもまた身長が高くなっていて、後ろ姿とはいえ私が見間違えるはずがない。


「ティリアン様……?」


 見とれている場合ではなかった。

 《無敵状態》のために残していた気力を振り絞り、突然現れた我が推しケルメス・ティリアンに結界魔術を施した。

 

 ラオホは乱入者に驚く素振りを見せず、私の前に立つティリアン様に向かって奥義を放つ。

 魔術も併用したのか、両者がぶつかった際に閃光が放たれた。

 視界が奪われても次の攻撃を予測し、私はティリアン様の結界魔術を即座に重ね掛けする。

 やがて視界が戻ってきたとき、戦闘はつば迫り合いに発展していた。ラオホは大剣。ティリアン様は最後に会ったときと変わらなければ片手剣であったはずだ。


 少しずつ後ずさりして、玄関前に座り込んでいた使用人たちの無事を確認する。縄をほどき、歩ける者は自力で、脚を悪くしていた侍女には肩を貸し、外に出る。


 外には黒い装束を身に着けた者たちが数人転がっていた。見たところ、地下で遭遇した敵と同じ服装だったので、安全が確保されたのだと安堵あんどする。

 あたりを見回したところ、黒髪の上司の姿を見つけ、目がうるんだ。


「オーカー侯爵令嬢。突入信号に肝が冷えたぞ」

「ランプブラック卿、お説教はあとで何度でも受けますから、ティリアン様が……!」

「うむ、捕虜は解放した。助太刀に向かう」

「ありがとうございますっ」


 感謝で頭を下げようとしたら、そのまま前に倒れそうになってしまい、ランプブラック卿が支えてくれた。


「おまえは休め。よく頑張ったな」

「はいっ……はい……! でもまだです。ティリアン様を助けにいかな……いと……」


 ランプブラック卿の腕を振り払おうとしたら、強烈なめまいに襲われた。

 まだ館の中にはラオホという手練れが残っている。

 ランプブラック卿が助太刀するならば、ティリアン様の勝利は確実だろう。

 とはいえ自分の目で見るまでは落ち着かない。

 動けと念じても体は動かず、意識が遠のいていく。


 無意識下で結界を発動し、自分が倒れるための場所を作っておく。受け身よりも結界の方が楽だと体が覚えてしまったせいだ。


 そういえば、推しに名前呼びをされたのは初めてでは……?


 倒れてから意識が途切れるまで興奮していた。




★-----------------★




 暗闇の中で、四角い光が私を手招きしていた。

 前世で遊んだゲームの夢だとすぐにわかり、私は四角い光の前に立った。


 私の言動は光の中で繰り広げられる寸劇に影響を及ぼさない。

 いくら泣き叫んでも、やめてと願っても、光の中で進む寸劇は止まらない。まるで屋内から窓の外を眺めるみたいに。

 いや窓ならば飛び越えられるかもしれない。


 私はこの中に入れなかった。寸劇の登場人物にはなれなかった。


 前回の夢ではシルバーがウィスタリア帝国軍に所属していた。彼がテラコッタ王国軍にした所業は思い出したくない。


 今回の舞台は雪が降っていた。ちらりと映った山には雪が積もっている。高い山が連なっている風景は北部山岳地帯ハクドを思い起こさせた。


 雪が降る中、大きな屋敷が登場する。その屋敷は私が現在下宿しているホリゾン領主の館にそっくりだった。


 山の光景、館に気づいてしまい、嫌な予感がしてきた。


 寸劇にホリゾン伯爵、伯爵夫人、伯爵令嬢、伯爵令息が登場した。四人は笑顔がたえない家庭であった。子どもたちにはそれぞれ目標があり、ひたすらに己の道を突き進んでいた。――とある悲劇が襲うまで。


 伯爵令嬢が遠征に行っている間に、領主の館が何者かに襲われた。

 伯爵と伯爵夫人は無事に逃げおおせたが、伯爵令息は地下に閉じ込められていて、救助が遅れた。

 襲撃者が暴れまわった後、領主の館は血に染まっていた。

 廊下を染めたのは逃げ遅れた使用人のもの。人々を出迎える玄関ホールには伯爵令息の亡骸が置かれていた。


 遠征から戻ってきた伯爵令嬢が気づき、弟の亡骸を抱き上げた。


『イヤアアアアァアアアアァァァl』




 場面転換をはさみ、ホリゾン領地が保有している山岳地帯ハクドに切り替わる。

 あの地には魔力だまりがあり、高い魔力が大地や空気に含まれている。

 黒い装束を身にまとった集団が山に入り、魔力だまりを吸収していく。

 指示をとるのはラオホと名乗ったスキンヘッドの大男だ。


 侵入者を追い払う役目をもつホリゾン騎士団は、館を襲撃されてから騎士団としての機能を失っていた。

 防御力を失い、街に無法者が流入してきた。秩序が失われ、民の生活は脅かされ、最終的に領主の首をすげ替える事態となった。

 

 クリスタル・ホリゾンは泣き続けていた。涙か枯れた頃には瞳から光が失われていた。気力を失い、剣をもてなくなり、療養のため母ヒヤシンス・ホリゾンの実家に身をよせた。

  

 彼女らしくない魂が抜けた姿に思わず目を伏せそうになったけれども、見届けなければいけないという使命感が芽生えた。

 ゲーム通りに進み、ホリゾン領地を守れなった場合、こうなっていたのだ。


 あらためてこの結末を回避できた達成感がわいてきた。

 魔力だまりの活用方法については、領地の方々に研究を進めてもらおう。

 あ、目が覚めたらまずはケルメス・ティリアン様にお礼を言いに行かないと。


 寸劇の幕はおりた。前世のゲーム上映は終わった。


 もしも都合のいい夢をみられるならば、推しに名前を呼ばれたい。

 小さい頃から『オーカー嬢』と呼ばれ続け、名前に切り替えてもらうきっかいを失っていた。

 とはいえ私が彼を名前で呼びたいのかと聞かれたら、恐れ多いと答えてしまうだろう。


 違う夢を見ることは叶わなかった。



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