44負けるとわかっていても

 護身用の短剣では大剣にかなわない。

 結界魔術をかけた短剣で受け流すも、剣を握る手がしびれてくる。

 剣がある限り結界魔術を一カ所に集中できるので、剣を手放せない。全身であの大剣を受けたらひとたまりもないだろう。


 流れるような大剣の動きに合わせて、ラオホは足蹴りをはさんできた。身長の高さゆえに脚も長く、防御すべき距離を誤りそうになる。


 片や大剣使いの大男。片や結界魔術に秀でた小娘。膂力りょりょくの差で私が負けるのは当然だった。つば迫り合いで押し負けて壁側に押しやられる。

 そういえば玄関ホールにも迎撃用の魔道具を置いていたと思い出し、目を動かして探す。運よく足元にあった。壁に背がついたところですかさず手にとり、スプレー型噴出器のボタンを押して、ラオホの顔面に気体をぶつける。


「ぐあああああぁぁ! 貴様、顔を傷つけないよう手加減してやっただろう!」


 ラオホが顔をおさえてもだえている間に、私は隠蔽いんぺい結界と遮音結界を同時発動して姿を隠し、結界魔術で階段を作って天井に逃げた。

 ラオホは地上で当たり散らしていた。斬撃による衝撃波が使用人を守る結界に届き、ぴしりとヒビが入った。


 天井で息をひそめながら、次の一手に考えを巡らす。

 応援がくると信じて、使用人の保護を選んだ。

 ホリゾン伯爵令息を地上に送った際に、救難信号と突撃信号を出した。突撃先は館内しかないため、察してもらえたはずだ。

 救援が来るまで時間を稼がねばならない。


「隠れても無駄だァ! オレは結界石をも砕く!」


 結界魔術が込められた石を結界石と呼ぶ。結界石を壊せるということは結界魔術そのものを打ち破れる可能性がある。


 ラオホが玄関ホールの中央で宙返りをした。一拍遅れて四方八方に向かって斬撃がとび、地面と天井が大きく削られた。


 天井に隠れていた私の結界にも亀裂が入った。

 使用人たちの方に目を向ければ、金切り声が耳をつんざく。結界が破られており、使用人の一人が怪我をしていた。

 優先順位を間違えるなと自分自身に再度言い聞かせ、結界をといて地上に降り立つ。怪我をした使用人のもとに向かい、膝をついて治癒魔術をかけた。


「ありがとう……」


 お礼を言われても素直に喜べない。彼らを巻き込んだ自分に責があるのだから。

 結界魔術を二重にかけて、使用人たちを背後にかばうようにして立つ。


「天井にいたか。束縛魔術といい、あだ名は『蜘蛛クモヒメ』か?」


 ――時間を稼ぐために奥の手を封じられた状況下、どうするどうするどうする!?


「私は――結界魔術師です!」


 慣れない攻撃をするよりも、耐久戦に持ち込むために自分の得意分野に誘い込む。全員生存はこの道にしかない。


 蜘蛛とは言い得て妙である。

 玄関ホール全体に地面から天井に向かって白い糸がのびた。視界が白く染まるほどの糸の密度でこちらからは相手が見えない。それは相手も同じだろう。糸の一本一本が衝撃耐性にすぐれ、敵の動きを阻む効果もある。欠点は術者も動けないことだろうか。敵の場所は大地の根により補足できるが、自分から攻勢はとれない。

 体験してくれた我が推しのティリアン様曰く、木々を一本一本倒していく感覚らしい。

 魔術の発動域は玄関ホール全体であるため、一部が壊されてもまた発生する。攻撃魔術で私の結界魔術を上回る自信があるならば、焼き野原にする手もとれるがはたして。


「ハッハッハ! 芝刈り日和だなァ!」


 上機嫌な低い声が聞こえてくる一方で、私は薄皮を一枚一枚はがされているような気分だ。

 外に一番近いのは逃げ遅れた使用人たち、次に私、最後にラオホ。位置取りは完璧だ。使用人から救助できる。

 緊張で後ろを振り返られらないので、救助が近くに来ているのかはわからない。

 白い糸が切られていくのをどうしようもできずに見つめる。

 いつ私に刃が届くか、気が気でならない。


 深呼吸を一回。まだ敵の姿は見えない。

 二回目。変わりなし。

 三回目。白い世界にほころびが出てきた。

 四回目。大剣が光った。

 五回目。敵の黒い瞳と目があった。勝利を確信した顔だった。

 六回目。敵が肉薄してきた。


 息が止まった。

 一度目の襲撃は耐えられた。

 二度目もまだ耐えられた。

 三度目、四度目となって私を守る結界に亀裂が入った。入った亀裂を何度も切り付けられ、結界全体が震える。


 足の感覚がなくなってきても、気力で立ち続ける。

 私が倒れたら後ろに被害が及ぶ。耐えて、耐えて、耐えるんだ。


 ラオホが数歩距離をとったので、強烈な一撃がくるのだろうと結界魔術をかけ直す。


「この一撃を受け止めきれたら、貴様を認めてやろう」


 前世から、我が推しケルメス・ティリアンを救うためにがむしゃらに生きてきた。

 高品質な結界石を作り出し、大勢の大人にほめられたときも私の心は動かなかった。

 結界魔術師になった自分はまだまだ未熟で、これからも推しと肩を並べられるよう一年間の修行を選んだ。

 道半ばで死ぬつもりはない。

 誰かに認められるために魔術の道を選んだわけではない。


 この場に推しがいないため本来の実力が出せなかったは言い訳にならない。


 結界を破られそうになったら奥の無敵状態を発動しよう。

 

 ――でも、もしも推しがいてくれたらなら私は、一度も弱気にならなかっただろう。


 まばたきできなくて目が乾いてきた。


「オリーブ!」


 会いたすぎて、ついに幻聴まで聞こえるようになってしまった。

 しかもオリーブだなんて。私の推しは私を『オーカー嬢』と呼んでいたはずだ。

 まあ幻聴なのだから、呼ばれたいように呼んでくれたっていいだろう。


 ラオホが強烈な一撃を繰り出してくる光景がスローモーションに見えた。


 ゆっくりと動く視界の中、頼もしい背中が私の前に降り立った。



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