43奪還
領主の館にいた者たちは裏山に避難していた。裏山には結界石で囲まれた安全地帯があり、襲撃者たちから身を隠すのにもってこいの場所であった。
オリーブが提供した結界石には敵味方を判別する機能があり、味方は自由に移動できるが、悪意ある者に対しては壁となる。
震えている使用人たちにはホリゾン伯爵と伯爵夫人が声をかけて励ました。
ホリゾン騎士団長と副団長が遠征から戻っていないため、避難誘導と敵の迎撃を任された者たちはランプブラックの指示を
「ランプブラック卿、避難が完了しました」
「報告ご苦労。逃げ遅れ者はいないだろうか」
「……ランプブラック卿!」
報告を受けていたランプブラックのもとに、ホリゾン騎士団員が息を荒くしてやってきた。
伯爵子息であるトパーズが地下におり、救助にはクリスタル副団長を負かした少女が向かったとのこと。
「侯爵令嬢が伯爵令息を助けにいったのか……まったく。親の気持ちを考えておらんな」
ランプブラックは自身の顎をなでながら、領主の館を見下ろした。
どうするべきか逡巡している間に、館の裏手から救難信号ともう一つの信号が上がった。
「これから部隊を二つにわける! ここを死守するか! おれとともに館に戻るか! それぞれの判断にゆだねよう。もう一度言おう。おれは館を奪い返しにいくぞ」
彼の声に呼応して、雄たけびを上げそうになっていた者たちは「静かに」と注意された。
ほどなくしてホリゾン伯爵令息は救助された。
彼は気を失う前に一つだけ告げた。
「オリーブさんが……まだ……」
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地上で挟み撃ちされないよう、オリーブは地下におりてきた敵を一人ずつ結界に閉じ込めていた。
大地の根の効果により、敵の位置は把握済みだ。玄関ホールから動かない、大きな赤い点を警戒しつつ、下っ端たちを素早く処理していく。
命を奪うつもりはないが、邪魔されるのは困る。捕縛するのはホリゾン騎士団の役目であり、自身の仕事ではない。逃げ遅れた人の保護が最優先だ。
地下を探索しているうちに、下着姿の若い男性を発見した。縄で縛られており、一人では行動できない状態であった。もしかしたら本物の侍従で、偽物がすりかわっている間、ずっと地下に閉じ込められていたのかもしれない。
「うう……うっ」
男性の肩を叩いてみると反応があった。
まずは縄をといて楽な姿勢にした。次に色をつけた結界で
彼の口元に器を近づけてみると、少しずつ飲んでくれた。結界は術者が離れても持続するため、しばらくはこの水で命をつなぎとめられるだろう。
「すみませんが、私ではあなたを抱えられません。置いていくことをお許しください」
聞こえているかはわからないが、彼の指先が少し動いた。
地下室の入り口に結界を張り、悪意ある者が侵入できないようにした。早めに救助されるのを祈るしかない。
地上と地下をつなぐ階段には見張りがいた。
騒がれる前に遮音結界に閉じ込めて、地上から発見できないよう結界ごと地下に落とした。
「……やっぱり動かない」
中立反応と一番大きな赤い点はいまだに玄関ホールから動かない。
敵を倒そうと思うなと自分に言い聞かせ、壁をつたいながらゆっくり玄関ホールに向かう。
「地下への入り口はくまなく探したか? 誰も戻ってこねぇようだが」
「はいいぃぃ、ぼくが知っているものはすべて教えました。ですから剣をおろしてくださいぃぃ」
「貴様が知らぬ通路があるか、伯爵令息が想像以上に奮闘しているか。剣も魔術も姉には及ばないと聞いていたがなァ」
二人分の声が聞こえてきて、私は柱の陰に隠れた。
柱の陰からおそるおそる顔を出すと、大男が大剣で使用人たちを
観察しているうちに大男がこちらに振り返ったので、さっと柱の陰に戻る。
口から出てきそうな心臓を必死に押しとどめた。使用人を助けると決めた際にこの展開はわかっていたはずだ。
距離はあれど目視できるので、使用人たちを守ろうとして結界魔術を発動したところ、ほぼ同じタイミングで私がいる方向に魔術が放たれた。
「誰だ、出てこい」
衝撃魔術により柱は半壊した。
隠れる場所を失い、男の低い声に従って玄関ホールに向かって歩く。
ゆっくり歩いたのは時間を稼ぐためであった。
近寄ると男のただならぬ気配が伝わってくる。鍛え上げられた肢体に丸刈りにされた頭。右手で握っているのは身長ほどもある大剣だ。
顔のパーツがすべてわかる距離になって、私は男の頭の傷に目がいった。
男は品定めするような細い目をしていた。肌に染みやホクロはなく、若い印象を受けるのに頭や四肢に刻まれた傷が過去の激戦を物語っていた。
男が右腕を振るった瞬間、私は自身と使用人に向けて結界魔術を発動した。
続けて男に向かって束縛魔術を発動し、足に根を絡みつかせて行動の遅延を狙う。
「
男は大剣を振るい、私の束縛魔術を断ち切った。
「そんな……!」
「断ち切れたなァ。オレは結界石をも壊せる男だ」
「……結界石?」
脳裏に黄褐色の結界石が思い浮かぶ。シルバーに渡していたものだ。彼に渡していた結界石は誘拐犯に壊されて、彼は今、前世のゲームの情報通りならば帝国にいるはずだ。
私は身に着けている結界石を一つだけ手の平に乗せた。
「壊した結界石は、これと同じものでしたか?」
「ああ、そんな色だったなァ」
男にくつくつと喉の奥で笑われて、私の中ではふつふつと怒りが
「そうか。貴様が高名な結界魔術師か……神様が仕事してくれたなァ」
男に大剣の切っ先を向けられた。
「ご同行願おうか」
「お断りします」
「オレの攻撃に耐えられるか? オヒメサマ」
「姫だなんて大層な身分ではありません。私の名前はオリーブです」
「オレはラオホだ。主君ともどもよろしく」
――負けるとわかっている戦いでも、引けない!
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