42脱出

 襲撃者たちが館にたどり着いた頃、領主の館はもぬけの殻になっていた。

 掃除用のバケツの中に水が入っていたり、調理場に作りかけの料理があったり、人がいた痕跡はあるのに肝心の人の姿はない。

 争った形跡はないので、何者かによって襲撃された後という可能性は低いだろう。内通者がいたのか、あるいは襲撃を察知した切れ者がいたのか。


 最も身長の高い男が集団の中からおどり出て、水の入ったバケツを蹴った。

 まだ掃除前だったのか、こぼれた水はきれいであった。


「チッ……ぼさっとすんな、人がいねぇか探せ!」

「アイアイサー!」


 やがて館の使用人数名が玄関ホールに連れてこられた。

 襲撃者たちが発見したのは屋敷の外で働いていた者や、もともと諜報員として潜り込んでいた者たちであった。

 うまやで居眠りしていた厩務員きゅうむいん、倉庫で備品整理をしていたメイド、脚を悪くした侍女、伯爵子息の従者などなど。手首を縄でしばられ、床に座らされ、不安のあまり瞳が揺れていた。


「……領主様はご無事でしょうか」

「奥方様もご一緒だったはずだ。心強い騎士もいる。問題ないさ」

「はい……」


 逃げ遅れた使用人たちが領主とその家族の無事を祈る中、まだ若い従者が口火を切る。


「実はまだ、逃げ遅れたやつがいる! しかも領主の息子だ! 助けに向かった子どもと一緒に地下に閉じ込めてやった! いい仕事をしただろう? 早くおれを解放してくれ!」

「…………ああっ」


 従者の発言に、メイドが口を押えたまま意識を失いかけた。近くにいた他の使用人がメイドの肩を支えたものの、すきをみて脱走するのは困難になってしまった。


「なんだテメェは」


 問いかけたのは襲撃者たちの中で身長と威厳がある男であった。到着早々バケツにいらだちをぶつけた奴だ。筋骨隆々とした肉体は衣服におさまらず、秋も終わったというのに上半身はタンクトップ一枚。スキンヘッドの頭には傷があり、瞳の色は黒だ。


「数年前、あなた様のご命令を受けてから、この地にずっと潜伏していました!」

「ふうん……? ゴミまで覚えてられんなァ」

「どうしやすか、ボス」

「始末しろ。裏切られたらたまらん」

「アイアイサー!」


 顔を青くした従者は二人の男に両脇からかかえられ、外に連行された。ほどなくして曇り空に断末魔が響き渡った。

 玄関ホールに集められた使用人たちの緊張感が高まる。そして地下にいるらしい、領主の息子の無事をひたすら祈り続けた。


「さァ、オメェらの大好きな宝探しの時間だ! 生死は問わねぇ! 見つけたヤツには褒美をたんまりわけてやろう!」


 ボスに発破をかけられ、配下が散りぢりになる。

 玄関ホールに自身と使用人しか残っていないことを確認し、ボスと呼ばれた男は背負っていた両手剣を抜いて、刃を使用人たちの目と鼻の先まで近づける。


「貴様らも、命が惜しいよな?」




★-----------------★




 地下には目印や案内もなく、似たような通路と扉が続いていた。

 ホリゾン伯爵子息の案内がなければ、迷っていただろう。後ろを振り返る余裕はなく、ひたすら彼の背中を追いかける。閉鎖的な空間には二人分の足音が響いている。もしも足音が増えたら、という恐怖に襲われつつも走るしかなかった。


「脱出口はいくつかあります。近いところから攻めましょう!」


 最初にたどり着いた出口はふさがれていた。

 理由を考えている時間はない。すぐさま次の出口に向かって走り出した。


 五つ目を超えたあたりから数えるのをやめた。

 全速力で走り続けていたせいか徐々に疲れを感じてくる。立ち止まる選択肢がないとはいえ、やまない恐怖によって心臓が押しつぶされてしまいそうだ。


「……やられましたね。ぼくが地下から脱出すると考えて……あらかじめ出口を封じたのでしょう。用意周到なヤツめ」


 体力の限界がみえてきたのか、今度の出口も使えないと判断した弟さんが出口の前で立ち止まった。

 鍵がかかっているぐらいならば私の《無敵状態》で突破できる。

 ただ毒針や爆弾といったトラップには太刀打ちできない。私一人ならまだしも、伯爵子息である彼の命までは保障できない。

 秘密の通路の存在をふと思い出して、弟さんに確認してみる。


「たしか秘密の通路があったはずです。そこなら使用人も知らないのではありませんか?」

「あの通路を使うには地上に出なければなりません。……このまま出口が見つからないならば、地下でやり過ごすのはどうでしょうか」

「地下にとどまるのは無理だと思います。侵入者が荒らしまわっているので、見つかるのは時間の問題ですよ」


 大地の根の効果により、屋敷の中には中立表示と敵表示が混在している。前者は領主の館にえんある者で、後者が襲撃者だ。味方でなく中立なのは私が宮廷魔術師であり、使用人たちは領主に忠誠を誓っているからだろう。


 地上に火を放たれた場合、地下の方が生存率が高いだろう。とはいえまだその気配はない。敵表示も屋内にある。

 出口を強行突破して外に出るか。あるいは正面衝突を覚悟して来た道を戻って秘密の通路を使うか。

 大きな局面で決断できるほど、私はまだ場数を踏んでいない。

 領主の息子だって考えあぐねているだろうと思って彼の顔を見たら、穏やかな表情だった。


「地下に敵が流れ込んでいるならば、逆に屋内は手薄かもしれません。地上に戻りましょう。ここまで来てくださったのに、申し訳ございませんが」


 緊急時に穏やかな顔をする人は何かしらの覚悟を決めたのだと、私は勝手に思っている。その覚悟が死につながらなければいいが、自分とほとんど変わらない子どもがするとなると後味が悪い。あけすけにいえば気味が悪い。

 彼を守りつつ、討伐班が帰ってくるまで戦えるだろうか。


「……命令ですか?」

「いいえ、ぼくとあなたは雇用関係ではありませんので」

「宮廷魔導師になる方法はご存じですか?」

「見習い魔導師として研鑽けんさんを積むか、魔術学校で優れた成績を修めるかが一般的だったと思います」

「くわしいですね。ちなみに私はどちらでもないんですよ」


 私たちは出口の前から動いていない。

 この出口に設置されているのはクロスボウだ。おそらく近寄ると発射されるようになっている。私たちの頭部を狙える高さなので、伯爵子息用に計算されたのだろう。


 クロスボウを結界魔術で囲み、壊す。

 その直後に足元で何かが割れた音が聞こえたので、目の前までを結界で囲い、また壊す。

 クロスボウが重りになっていて、なくなると次の罠が発動する仕掛けになっていたのだろう。


 通れるかどうかはまだ判断がつかない。結界で囲んで壊す作業をひたすら繰り返す。


 出口が閉まっていても《無敵状態》で突破できる。

 考えなければならないのは、出口の先が安全かどうかだ。

 周囲に敵表示はないので、待ち伏せされている可能性は低いだろう。障害物でふさがれていても突破できる。

 ただし水の中であった場合はそうもいかない。結界魔術で簡易的な堤防を作るのは可能だが、呼吸は難しい。鼻と口を結界で覆うとしても、水が全く入らないという確証はない。

 さすがに大がかりな仕掛けになるので、考えすぎだろうと頭を振る。


 でも早く彼には逃げてほしい。安全なところにいてほしい。

 死を覚悟した顔は、誰のものだって見たくはない。


「……さきほどから何をされているんですか」

「外に出る準備ですかね。囲んで壊す、簡単でしょう?」


 私と彼にかけていた結界魔術をかけなおし、私自身はさらに《無敵状態》になる。


 《無敵状態》のまま出口の扉に向かって突進し、固く閉ざされていた扉を私は吹き飛ばした。




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