41館を荒らす者
けたたましい警報でとび起きた。
この警報は侵入者を予期して設置したばかりで、悪意ある者が一定ラインをこえてくると館内に響くようになっている。
寝間着から仕事着に着替え、宮廷魔術師のローブをはおる。
自室から出ると、ホリゾン騎士団員が避難誘導をおこなっていた。最優先事項はホリゾン伯爵一家の避難。ついで使用人の避難。騎士団と王都から来た遠征隊は臨機応変な対応を求められた。
結界内に侵入された以上、同じ場所に結界を張り直しても意味がない。新しい結界は避難が完了してからになる。
「避難が遅れているところはありませんか? お手伝いできることは――」
廊下で人々とすれ違うたびに避難が遅れている者がいないか確認をとる。
事前準備のおかげか「順調」だと返された。
数人で通るには狭い通路のため、飾られた調度品にぶつからないよう結界で保護しておいた。
避難を見届けているうちに列を乱す者が現れたので、声をかけようと近づいたら腕をつかまれた。
「魔術師様、助けてください! 坊ちゃまの姿が見当たりません! 警報直後部屋に伺いましたが、いないのです!」
ホリゾン伯爵子息の姿が見えず、若い侍従が慌てふためてすがりついてきた。
先に避難している可能性はあるとはいえ、まだ館内にいるとしたら全ての部屋を回っている余裕はない。
でも私には手がある。
「私に任せてください」
目を閉じて、館を覆う『大地の根』に意識を向ける。避難中の人々は館内を動いている。動いている反応のすぐそばで静止しているのは私を含め避難誘導をしている者だ。不思議なことに地下にも静止している反応があった。
「……地下に誰かがいます」
「坊ちゃまは地下書庫で寝てしまうときがあるので、昨夜もそうだったのかもしれません!」
「わかりました。確認しに行きましょう」
すれ違った騎士団員に伝言を残し、侍従とともに地下におりる。
地下室は扉だけではどの部屋か判断できない。侍従が立ち止まった部屋が地下書庫なのだろう。
「ここです」
「ご案内ありがとうございます。私もすぐに向かいますから先に避難してください」
「いいえ、わたくしの不手際ですから――」
避難を
声をかけられたときは切羽詰まっていたのに、今になって感情を悟らせない侍従の表情が恐ろしい。職業としては完璧な立ち振る舞いなのだろうが、腹の中が見えなくて不安だ。
現に扉の前に来たのに中を確認しようとしない。私が地下書庫に入るのを当たり前と思っているのだろうか。若い侍従とはいえ、私よりも年上で背丈もある。もしも背負うとなった場合、侍従の方が適任ではないだろうか。
避難しないならばあなたが中に入ってくださいとも言えず、古めいた扉を慎重に開ける。
扉付近に人の姿はなかった。中に入って扉をとじると、背後から鍵をかけられるような音が聞こえる。
「やられた……!」
嫌な予感は的中し、侍従に鍵をかけられてしまった。内側から鍵をあけられない造りのようで、
地下に向かうという伝言は依頼したので、その可能性にかけるしかない。招かれざる客に鍵を開けられた場合、どうなるか考えたくはない。
頭を切り替えて、地下書庫内に誰かいないか確認する。
反応は正しかったようで、本棚と本棚の間にクリスさんの弟さんが横たわっていた。意識を失っているようで動かない。口元のさるぐつわをはずし、手足をしばる縄もほどく。
「…………うん? ここは……?」
彼の肩を叩いているうちに意識が戻ったようで、手短に状況を説明した。
「読書中に後頭部が痛くなって……。襲われたのかもしれません。助けてくださりありがとうございます。そしてごめんなさい。ぼくのせいであなたまで……」
「謝らないでください。ここの扉って外側から鍵をかけられたら、内側からじゃ開けられない……であってますか?」
「あっています。元々は懲罰部屋だったので、頭が冷えるまで出してもらえなかったんです。……主に姉さんが」
扉を見つめながら脱出方法を考える。攻撃魔術はそれほど得意ではないし、木製の扉ならまだしも金属製なのでぶつかっても開けられないだろう。全身の痛みで
あらゆる方法を考えてから、しばらく使わなかったせいで忘れかけていた自身の能力を思い出した。
「手はあります。ただ扉を壊すので、あとで一緒に謝ってくれますか?」
「そんなことなら何度でもお付き合いします」
言質をとり、深呼吸をしてから扉の前に立つ。
特別な呪文も動作もいらない。ただ己の心の中で発動を宣言するのみ。
――《無敵状態》。
施錠された扉に向かって手をのばす。手が扉に触れた瞬間に、《無敵状態》の効果により
真後ろで息を呑む音が聞こえた。
消音結界をとっさに発動させたとはいえ、扉が壁にぶつかった衝撃音を無視できない。書庫に閉じ込めた侍従がすぐそばにいなかったのはせめてもの救いか。
「こちらへ」
弟さんが道案内を買って出てくれた。
地下の道は住んでいる者が一番詳しいだろう。
私は静かに頷いた。
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