39推しから手紙がくるまで、忘れていた誕生日

 クリスさんの弟さんから夕食のお誘いがあり、了承した。食堂で待ち合わせになり、玄関ホールで別れた。

 ランプブラック卿は馬車から離れず、私の背後に立っていた。


「ランプブラック卿、報告があります」


 向けられた視線に気付いていたのか、ランプブラック卿は鷹揚おうように構えた。


「悪い報告か。侯爵が娘は良い報告をしてくれないと嘆いていたぞ。最初に家族に報告してくれ……とな」

「言われてみれば……?」


 王都のタウンハウスで生活していると、執事やメイドに報告したら終わった気分になる。領地にいる家族への報告は忘れがちだ。


「ランプブラック卿は、お父様と仲がいいんですね」

「学生時代からの腐れ縁でな」

「お父様の武勇伝があれば聞きたいです。秘密主義なのか教えてくれなくて」

「親子そろって似た者同士だな。侯爵には内緒だぞ。遠征が終わったらな」


 髪と瞳の色合い以外を似ていると言われたのは初めてかもしれない。


 人目をさけるため外に出た。北の地は日没が早く、夜になるまでの時間を少しでものばすために西窓にしまどの建物が多い。

 顔の片側にあたる西日を気にしつつ、領地に悪意ある者が侵入したとランプブラック卿に報告した。

 情報の信ぴょう性を尋ねられ、王都と同様に『大地の根』を設置したと返答すると納得された。

 私の『大地の根』は一部の者にしか情報開示されていないので伝わるかどうか不安だったが、説明をはぶけてほっとした。

 『大地の根』とは地面に蜘蛛の糸のように張り巡らせた感知型結界だ。守護の効果はなく、王都にいる人間の位置と行動を監視する効果がある。

 思い返せば、シルバーが誘拐される直前にも王都に設置した『大地の根』が一部破壊された。破壊された地域に潜伏されていた可能性があったと気付き、爪をかむ思いだ。


「領主殿にはおれから報告しよう。魔獣対策と襲撃対策で人員を分けねばならん」


 ランプブラック卿は逡巡し、私と目が合うと再び口を開く。


「――ああ。おれはオーカー侯爵よりおまえの護衛を頼まれている」

「え、初耳なんですが!」

「子を思う父の思いだな」

「秘密主義ぃ……」


 遠征班のリーダーが、宮廷魔術師一年目の護衛になるなんて許されるのだろうか。

 ランプブラック卿が美談にしようとする傍ら、私は先輩方から後ろ指をさされないかひやひやしている。


「当分は塔に通いつめるだろう。極力融通はきかせる。不満や不安があれば言ってくれ」

「よろしくお願いします……」


 上官の前なのに遠い目になりかけて、頭を下げて顔を隠した。




 翌日からも研究所に通った。馬車にはクリスさんの弟さんも同乗し、ランプブラック卿は馬で並走してくれた。

 塔の研究員たちが体力と気力を削り、彼らの命の結晶ともいえる魔力吸収魔導具は数日で完成した。一週間もかからなかった。

 魔獣討伐組は試作品で成果を出してきた。

 研究員は数日の休暇で復活し、改良品の制作にとりかかってる。私がいる間にイメージを固めておきたいらしい。寝食を忘れて没頭している、彼らの食事の準備を手伝うと感謝された。

 貴族子女としてどうなのかとランプブラック卿に眉をひそめられた際は、野営と同じだと押し切った。


 日々が目まぐるしく過ぎていくある日、私あての手紙三通と小包を受け取った。

 封蝋ふうろうの家紋より、一通は実家からだ。

 素朴な手紙は推しであるケルメス・ティリアン様が使用していたものと同じなので、彼からだったら嬉しい。

 残りの一通は嫌な予感がする。封蝋が紫色という時点で誰だかわかってしまい、開けずに火にくべてしまいたい。


 順当に実家からの手紙を先に開封する。お父様とお母様からで計二通の手紙が入っていた。

 要約すると『誕生日おめでとう』『ティリアン辺境伯爵子息より手紙が届いたので、この手紙と一緒に送る』であった。

 弟と妹の成長記録もつづられていて、すこやかな成長に笑みがこぼれた。


「誕生日……もうそんな日だったっけ」


 恐らく数日前には手紙が届いており、私の誕生日に渡してほしいと使用人へ指示があったのだろう。

 いきはからいに感謝だ。今年は誕生日パーティーを開かないので、この手紙がなければ誕生日を忘れていただろう。


 次に素朴な手紙を開封する。想像通り推しからの手紙であった。心臓が騒がしい。


『親愛なるオーカー嬢へ


 十五歳の誕生日おめでとう。

 修行中の身であり、祝いの席に参加できず申し訳ない。

 貴方と踊れる男がうらやましい。

 どうか来年は貴方と踊る栄誉をいただけないだろうか。


 ケルメス・ティリアン


 PS 別便で心ばかりの品を送りました。ご笑納ください。』


 小包は彼からの贈り物らしい。

 リボンをといて箱をあけるとポプリが入っていた。鼻を近付けるとバニラの甘い香りがした。中身をあらためられる可能性があるため、紫色のラベンダーはさけたのだろう。

 手紙や物書きをする用のテーブルに置いて、しばらく香りを楽しんだ。


 幸福感に包まれながら、最後の手紙に手を伸ばす。

 紫色の封蝋を使えるのはウィスタリア帝国の皇室のみ。私は一応貴族子女なので、皇室関係のパーティーのお誘いだろうか。それならば実家からの手紙に一文あってもいいはずだ。

 おそるおそる開封し、寿命が縮まりそうな気分で三つ折りの便せんを開く。


 手紙には『きみの予言が現実になりました。嬉しい?』と書かれていた。


「……予言?」


 署名がなくともわかる。これはアズライト・フォン・ウィスタリア――推しを破滅に導く使者からの手紙だ。

 皇子との少ない思い出を振り返っているうちに、出会った初日に『皇帝』と呼んでしまったことを思い出す。

 ゲームの知識からすれば、まだ皇帝になるのは早かったはず。なので皇太子になった報告だろうか。


 帝国とのつながりを邪推されても困るので、手紙を燃やして証拠隠滅した。


 ――さようなら。不幸の手紙さん。




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