38それぞれの役目

 帰還から二日後に名指しで召集がかかった。

 昼食後に玄関ホールで待っていると、ランプブラック卿に出くわした。


「おはようございます。昨日ぶりですね」

「うむ。おまえの力を借りたい。乗れ」


 挨拶もそこそこにして、館の前にとまっていた馬車に乗り込んだ。

 馬車はカラフルな街並みを通り過ぎ、建物の数が少なくなってきたと感じたあたりで森に吸い込まれた。

 北部山岳地帯の秋は短い。ちょうど秋まっただ中で、木々の葉が赤や黄色に彩られている。

 ちなみに王都はまだまだ暑いだろうか。一日の気温差に悩まされていないだろうか。


「着いたぞ」


 移り変わる風景を眺めているうちに馬車が止まった。

 森の中に高い塔がそびえ立っていた。堅牢な外壁は叩いてもびくともなさそうだ。人や物の侵入を防ぐ、塀や門は周囲にない。結界かと目を細めると、魔力遮断と隠蔽いんぺいの結界が施されていた。

 つなぎ場には馬が数頭いるため、私たち以外にも来客がいるのかもしれない。


 ランプブラック卿が玄関先の呼び鈴を鳴らすも、誰もやってこなかった。玄関の扉を叩いてみても反応なし。

 ドアノブをまわしてみると開いてしまい、ランプブラック卿は恐れずに中に入っていった。


 御者は森から出て街で休憩してくるそうなので、私は一人になってしまう。

 呼ばれて来たから不法侵入ではないと己に言い聞かせ、ランプブラック卿の後に続いた。


「――貴様みてぇなガキにわかるかよ!」


 中に入ると野太い怒声が飛んできて、自分ではないとわかっているのに身がすくんでしまった。

 玄関ホールに人はおらず、声が聞こえてきた方に向かうと、なにやら会議中のようだ。


「わかるように話すのがあなた方の仕事ではありませんか。ぼくが求めているのはこの金額の根拠となる説明です。将来性と言われても、ついやす時間と人員を教えてくれなければ、この金額が適正かどうか判断できかねます」

「だ~か~ら! これぐらいあれば十分だって何度言わせるんだ!」


 会議室には男の子と数人の男性がいた。男の子は男性たちに取り囲まれ、はたから見れば弱いものいじめをされているような光景だった。


「彼は……弟さん?」


 冬を想像させるようなホリゾンブルーの髪は先日見たばかりだ。クリスさんは髪を一つに束ねているので、髪が短いのは弟さんだろう。名前は――忘れてしまった。


「前回もそう言った後に上乗せしたではありませんか。却下しましたが」


 ハラハラしながら見守っているうちに、私の横に大きな影が差した。


「ふむ。報告通り長引いているようだな」


 ランプブラック卿はあごをなでて考えるような仕草をし、突入していった。


「ああ? なんだオッサン。ガキとのイイ話だから邪魔すんな!」

「結界魔術師を連れてきた」

「お、お、おおおおおおおぉ!」

「うわ、わぁ、ぁあ! ……げほっ」

「けぇぇぇっかああぁぁぁい、まぁぁあじゅぅぅつぅしぃぃ!? おっほん、結界魔術師だって!?」


 雄たけびが無機質な会議室に響き渡る。

 かくいう私は怖じ気づいてしまい、入口から中をうかがっている。雄たけびの理由が歓迎なのか敵意なのかわからず、借りてきた猫のようになっている。

 ランプブラック卿が手で合図してくれたので、びくびくしながら入室した。


「こんにちは……結界魔術師です」

「本物だ! しかも宮廷魔術師だ! 気になるやつら呼んでこい!」

「会議室じゃせめぇなあ! 一番広いのはどこだァ!」


 塔の上から下までを揺らすような騒動に、自分が有名人になったような気分になる。

 ランプブラック卿がにらみをきかせているので、変に接触してくる人がいなくて助かった。

 王城に通っていたときは、握手してほしいとか、結界があるなら殴らせてくれとか、踏んでほしいとか、頭のおかしい人がいた。相手が貴族の場合、お父様に報告して穏便に対処してもらった日々がなつかしい。


「ささ、結界魔術師様はこちらにお座りください」

「ご丁寧にありがとうございます……」


 用意された椅子に座ると、クリスさんの弟さんが近寄ってきたので彼を見上げる。


「オリーブ様。こちらにはどのような件で?」

「話が進まんと救援要請があり、応じた。おれは護衛だ」

「……そういうことみたいです」


 私のかわりにランプブラック卿が答えてくれた。

 詳しい理由は聞いていなかったので、さきほどまで繰り広げられていた口論が原因なのだろうとうすうす感づく。


「面目ありません。ぼくの力が及ばず……。オリーブ様のお力を貸していただけないでしょうか」


 弟さんが話してくれたのは、魔力だまりおよび黒い霧対策に関してだった。魔力吸収の魔導具の制作を塔の研究員に緊急依頼しているが、費用のめどがついていないらしい。すでに試作品の制作は始まっているのに、費用の根拠となるものがないので困っているらしい。

 強きの姿勢で挑み、困っているようには見えなかったが、領主の代理人としての責務があるのだろう。口は出さないでおく。


 ほどなくして塔の研究員たちが集まってきた。会議室からあふれてしまったので場所を講堂に移し、まるで教師になった気分で先日の戦闘で得た知見を説明する。

 自身よりも一回りも二回りも年上の方々と魔術について語らうのは初めてではないので、それほど緊張はしなかった。

 投げかけられる質問に答えていき、最後は期待に応えて結界魔術を披露した。


 費用の件で頭を固くしていた研究員たちは、あれが必要これはどうかといくつかのグループを作って話し始めた。材料も人件費もばかにならないだろう。私の説明である程度の予測が立てられたようなら嬉しい。


 帰る頃には陽がだいぶ傾いていた。陽が沈む前には帰ろうと馬車を急がせる。

 帰りは弟さんも同じ馬車に乗った。世間話をしようとしても話題が思い浮かばず、自然と今回の討伐の話になっていた。

 クリスさんに会話の一部始終を聞かれたら、仕事人間だと呆れられそうだ。


 領主の館に到着し、馬車から降りようとしたら弟さんがエスコートしてくれた。


「あ……」


 彼の手をとって地面に足をつけたとき、ホリゾン領地に張り巡らせた大地の根から『悪意ある者が領地に侵入した』と報告があった。


「オリーブ様、どうされました?」

「……なんでもありません。エスコート、ありがとうございます」

「どういたしまして。明日の朝はぼくが呼びに行きますので、よろしくお願いします」

「わかりました」


 弟さんへの返答は濁し、馬車の横に立っているランプブラック卿に目を向けた。

 忍び寄る危険は魔獣だけではない――。




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