35山登りと黒い魔獣

 山登りに向けて必要な品をそろえたり、寒さに体を慣らしたり。関係者と交流をしたりしているうちに討伐一回目の日を迎えた。

 一度で全てを討伐するのではなく、段階的に討伐していくらしい。特に初回は山登りや野営の経験を重視し、早めに領主の館に帰還するとのこと。

 出発当日の朝に班編成を発表された。私はホリゾン騎士団の副団長であるクリスさんと同じ班になり、彼女の元に向かった。


「全員集まったかしら。あたしはホリゾン騎士団副団長、クリスタル。便宜上、あたしたちはクリスタル班と呼ばれるわ。でも言いづらいでしょう? あたしのことはクリスと呼んでちょうだい。この班は遊撃隊となり、山頂を目指す先行隊と山の麓にいる隊を臨機応変に手伝うわ」


 クリスタル班の選考基準は機動力が高く、移動量に耐えられる人物だろうか。山中に待機し、救援信号を送られたら他の隊を助けに行くなんて難しい役回りだろう。

 あるいはクリスさんの性格と行動についていけそうな人物が集められたのかもしれない。

 そうすると私が選ばれたのも納得がいく。結界を殴って壊すような人物は魔術師たちと気が合わなそうだ。


「初日は互いの得意不得意、役目の確認をするわ。山中にある拠点で一泊し、下山する予定よ。道中、害獣と遭遇したら迷わず討伐するわ。初回はあたしたち騎士団で動きを見せるから、王都の面々めんめんはあたしたちの動きについてきてちょうだい」


 クリスさんの説明を受け、私を含めて全員が了承した。

 むちゃぶりも大概にしろと思っても、仕事だから言わない。最年少を免罪符にして、なまけるつもりはない。

 今回の進行ルートを共有し、地図に印をつける。

 地図には拠点の位置もしるされているので、緊急時には最寄りの拠点で体を休められそうだ。拠点には結界石が置かれ、定期的に補充や取り換えをしているらしい。


「結界石に関してはオリーブちゃんの方が詳しいかしら」

「同様のものを見せてくださるならば、強度と範囲を答えられます。数個設置しているようでしたら、重ねがけによる補正も計算可能です」

「すさまじいわ。うちの領地に就職しない?」

「お断りいたします」

「まさかの即答? 残念だわ」


 山登りに必要な荷物は全員で分けて持つ。

 私の分担は少なめにしてくれたのでありがたかった。重すぎるものを持って、行軍が遅れては元も子もない。

 山の近くまでは馬と馬車で行くようだ。体力の温存を勧められ、馬車に乗り込んだ。



 馬車に揺られているうちに、薄く青みがかっていた山々の山肌の色まで判別できるようになった。

 しばらくして厩舎きゅうしゃが見えてきた。ここの厩舎にいる馬たちが、領主の館に帰る際の足になってくれる予定だ。

 馬車から荷物を下ろし、騎士団の方々から注意事項の説明を受けてから、クリスさんを先頭にして山登りを開始する。ペース配分は彼女に任せてよいだろう。最後尾は山に慣れた騎士団員なので、もしも誰かが遅れてしまっても、一人で取り残されはしない。それにはぐれた場合は信号弾を打ち上げるよう指示されている。


 山に到着してから大地の根をのばしたところ、標高が低いところは簡単に制圧できた。先行隊の位置も問題なく把握できた。

 雲に隠れた山頂付近には何かがいるらしい。ぼんやりした存在を根で捕まえようとしても、動いているのか逃げられる。霧のせいで目視もできず、攻略は難しそうだ。


「クリスさん、あの霧は魔力ですか?」

「その通り。あたしたちは魔力だまりって呼んでいて、魔力だまりの中心は霧のせいで見えなくなるわ。大物がいるならば霧の中だと踏んでるわ」


 適宜休憩を挟みつつ、拠点を渡り歩く。拠点の結界石以外にも食料や備品を自分の目で確かめた。まだ歩き始めなので使用した分は少ないとはいえ、備蓄分があるのは助かる。

 今回は行った道を引き返す予定なので、途中で手に入れて領地に持って帰る予定のものがあれば拠点に置いて行き、帰り道に回収する方法もとれる。テントも足りない分は他の拠点から借りられる。今回のように進軍ルートが決まっている場合にとれる手だ。

 ゲームにもあった、アイテムボックスの劣化版だ。

 数年前に結界で圧縮して軽量化できるのではと実験してみたが、結界から出しても元の大きさに戻らなかった。転移魔術による物品の移動を研究した方が建設的だとあきらめた。


 昼食の時間まで一度も野生動物に遭遇しなかった。

 異変が起きたのは、山に住む草食動物たちが一斉に下山したときだった。鳥たちは大急ぎで空に消えていった。

 森林の奥からずしんずしんと足音らしき地響きが近付いてくる。ときどき混ざる突発的な音は木が倒れた音だろうか。

 戦闘準備のために全員に対して守護結界を展開する。味方に見えるよう、結界には色をつけている。

 敵の進行速度を抑えるために、薄い障壁を通路上に設置して邪魔する。

 結界が壊されているうちに、クリスタル班の戦闘準備は整った。

 騎士たちは迎撃態勢につき、攻撃魔術師たちは遠距離魔術の発射指示を今か今かと待っている。


 木々の奥から巨大な黒い魔獣が現れた。黒いのは毛が黒いからではなく、渦巻く霧のせいだ。二足歩行か四足歩行かもわからず、移動速度もわからない。身長は周囲の木々よりも低いとはいえ、人間の数倍はあった。

 魔獣の動きは遅く、おびき寄せるためにクリスさんが攻撃魔術師たちに指示を出した。

 炎の矢が降り注ぎ、稲光は全身を麻痺させ、突き出た岩は足元を邪魔する。

 魔術を受けても、黒い獣の動きは止まらなかった。風の渦では黒い霧を晴らせず、正体が見えないままこちらに向かって突進してきた。


「……山のどこにあんなデカブツがいたんだよ」

「いたなら仕方ないわ。倒してやかたに飾りましょう!」


 班員のぼやきに、クリスさんは前向きに返した。


 魔獣が防衛ラインをこえてきたので、前衛がかく乱のために走り出した。

 後衛はドーム状の結界の中で一塊になり、前衛が回避行動をとった瞬間に攻撃魔術を発動した。敵の攻撃を阻み、味方の攻撃は通すという結界だからこそとれる戦法だ。

 魔獣の攻撃は腕を振るうかのようだ。振りは大きく、動きも大きく、威力も地面をえぐるほど大きい。

 生身で受けたら――。浮かんだ想像を即座に打ち消した。

 ゲームでいえばこれはクエストかもしれない。成功したら名声を得て、北部関係者との友好度が上がりそうだ。失敗したときの被害は、今考えるべきではないだろう。

 メインの攻撃方法が『腕で振るう』ならば、腕の動きを制限させるべきだろうか。足の動きを止める方が重要だろうか。

 騎士団が黒い霧に向かって剣を一閃しても、切られたところから修復されるため、本体の姿はわからない。頭部をピンポイントで狙うのは難しい。

 考えているうちにひらめいた。霧が魔力ならば、魔力だけを圧縮して閉じ込めてしまえばいいのだ。

 私は姿を消して、前衛に立つクリスさんの背後から小声で話しかける。


「クリスさん」

「……っ、びっくりさせないで!」


 声に反応したのか、魔獣がこちらを向いた。

 彼女の回避行動が遅れたので、結界を強化して敵の攻撃から身を守った。


「あの霧を閉じ込めてみてもいいですか?」

「やれるならやってごらんなさい!」


 投げやりかもしれないが、許可は得られたので準備にとりかかる。

 広がる霧を晴らすのは難しい。ただ霧の原因が魔力だとわかっているならば、結界で魔獣を大きく囲み、大気に放出されている魔力のみを集めて凝縮させる。

 外側から小さくするうちに、黒い霧をとらえた。

 魔力の異変に気付いたのか魔獣が暴れ、飛び跳ねて地面を揺らす。

 その揺れのおかげで私は魔獣の足を捕捉できた。束縛魔術で太い足をつかみ、縛り上げる。

 黒い霧が小さくなり、敵が二足型の熊型魔獣だと判明する。


 クリスさんが氷の魔術を足場にして跳躍し、魔獣の首は狩られた。




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