34VS領主の娘(後編)
死角に
やはり勘が鋭い。野生の勘、恐るべし。結界を殴られたことを含め、私の想像を超えてくる。
目が合ったのは一瞬だったので、こちらの正確な位置はばれていないはずだ。気にしすぎると動揺で結界や魔力がゆらいでしまう。
クリスさんのうなじを狙い、鞘に収められたままの短剣を振るう。
「見つけたわッ」
私の一撃はクリスさんに止められた。体をひねったクリスさんに、短剣の鞘を手で握りしめられて勢いを殺され、鞘ごと私は宙へ放り投げられた。
まあ動揺を勘付かれたとは思っていたので、結界を滑り台のように展開させる。
着地予定地点にはすでにクリスさんが待ち構えていた。
着地した瞬間を狙おうとしているのだろう。むしろ彼女が動かない今が好機だ。
――液状化、開始。
地面が沼に変わり、クリスさんの足が沼の中に沈んでいく。
私は足元に結界を展開して浮いているため、沼の影響を受けない。
暴れるほど沼に足を取られる。沼の中には私の魔力で編んだ、木の根らしきものが
「ううっ……! なによこれ!?」
「底なし沼ですよ。正確に言えば底はありますけど」
建物に影響が及ばないよう結界で取り囲み、中だけを液状化させている。
スコップで穴を掘り、取り出した土に水を混ぜて戻したイメージだ。
柔らかい沼の土に足をとられ、ふんばろうとすると足を滑らせる。自然界にある底なし沼とは違い、木の根が沼に引きずり込むので、通常の底なし沼の対処法では出られない。
「どうしますか? 凍らせますか?」
考えている間に体はどんどん沈んでいく。
さあどうするか。
「……そうねぇ」
クリスさんは手にしていた剣を私に向かって
沼にはまったせいで足でふんばれないはずだから、上半身の動きのみで投げてみせたのか。
結界があるとはいえ、目の前に剣が迫ってきたのは肝が冷えた。二度と経験したくない。
「剣がなくなっちゃった! あたしの負けだわ」
「勝者、オリーブ・オーカー!」
クリスさんの敗北宣言を受け、審判であるランプブラック卿が私の勝利を告げた。
勝負が終了し、沼と根の魔術を解除させると地面は元通りになった。
足場の結界も解除して、私もようやく地面に降りられた。
クリスさんは沼がなくなって動けるようになり、剣を拾いに行ってから私の前に戻ってきた。
「対戦ありがとう。魔術師に負けるとは思ってなかったわ」
「こちらこそありがとうございました。私も結界を殴られるとは思ってませんでした」
試合後に握手をして別れた。
回復魔術師が青い顔でやってきて、クリスさんの鼻血を治療していた。
「おめでとう!」
「お前ならやれると思ってた!」
「結界を殴りやがった! 人間業じゃねぇな!」
王都からともに来た方々のところに戻ると、先輩魔術師たちから称賛の声を浴びた。
最後のぼやきにはおおむね同意する。
審判をしてくれたランプブラック卿は眉一つ動かしていなかったが、「うむ」と言ってくれたので、よくやったと褒めてくれたのだと勝手に思っておこう。
次はランプブラック卿と、ホリゾン騎士団新人の試合だ。
新人は背の高い青年で、洋服の上からでも体ができあがっているように見えた。頭にバンダナを巻いているので髪色はわからない。
他領の騎士の出自なんて調べても仕方ないか。今回はランプブラック卿の剣筋を見学させてもらおう。
試合の審判は騎士団の団長が務めた。
ランプブラック卿は所定の位置に着くと、背中につるしていた鞘から両手剣を引き抜いた。
対して騎士団の新人は片手剣で脇構えをとった。
歓迎試合で真剣を扱って、もしものことがあったらどうするのかと思ったが、自分の試合を棚に上げていたと気付いた。
回復魔術師が控えているとはいえ、念のため二人の体を覆うように膜状の結界を発動させた。
試合開始の合図とともに新人がランプブラック卿に
剣の大きさや重さを考慮すると、片手剣の新人の方が小回りがきいて素早そうに見えた。
実際は経験値が高いランプブラック卿に軍配が上がった。両手剣を振り回しているようなのに新人の攻撃を防ぎ、剣を地面にさして回転し、切り結ぶと新人の片手剣をふっとばした。
あまりにも早い決着に観客はあっけにとられた。
「勝者、ランプブラック卿」
審判がランプブラック卿の勝利を告げた。
これで遠征隊が二つとも白星を飾った。
新人の手は震えていた。ランプブラック卿の
ランプブラック卿の一太刀を私の結界が受け止められるのか想像してみたところ、結界にヒビが入った。二回目で破壊された。
いつかランプブラック卿に訓練を手伝ってもらいたいと、卿の大きな背中を見上げた。
★-----------------★
試合後には歓迎会が開かれた。食堂にたくさんの料理が並べられ、みな思い思いに食事と会話を楽しんでいる。
話す相手がいない私は必然的に壁の花になってしまった。
推しのように目で追いたい相手もおらず、いつものごとく葡萄ジュースを飲んでいる。
周りはお酒を飲んでいるので、ジュースの自分が場違いに思えてくる。終わりも見えないので、先に部屋に戻ろうか。
会場からそっと離れようとして、後ろから腕を引っ張られた。
「見つけたわ! すみっこにいないで、こっちにいらっしゃい!」
「……クリスさん。私はべつに……」
「遠慮しないで!」
クリスさんは私が遠慮して壁の花になっていたと思ったのだろうか。
振り払えずにつれていかれた先にはクリスさんと同じ色の髪をした男の子がいた。
身長は私とクリスさんの間なので、十代前半から半ばぐらいだろうか。垂れ目が印象的で、瞳の色は黄色っぽいような茶色っぽいような。橙色の照明のせいで正確な色はわからない。
「姉さん、そちらの方は?」
「オリーブちゃん!」
「ちゃん!?」
今朝は呼び捨てだったはずなのに、どこに友好度爆上がりポイントがあったのだろう。謎すぎて思わず叫んでしまった。
男の子の視線はクリスさんの得意気な顔と私の困惑顔を行ったり来たりしている。
「オリーブさんでよろしいでしょうか。姉さんが申し訳ございません」
「申し訳ないってなによ。……オリーブちゃん、この子は弟のトーパ。姉弟そろってよろしく~」
「愛称で紹介するのはやめてください」
「えぇ……トーパはトーパじゃない」
「チッ、酒飲みが」
男の子の口から黒い声が漏れ出た。
クリスさんはお酒が入ると絡む人なんだろう。普段から絡む人がさらに絡むとなると、止め役の苦労をひしひしと感じた。
「失礼しました。ぼくはトパーズ・ホリゾンといいます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私はオリーブ・オーカーです。王都から来ました。クリスさんには目をかけてもらってます」
「オーカー侯爵令嬢でしたか。お噂はかねがね。なれなれしく呼んでしまい失礼しました。お許しを」
ホリゾン伯爵子息が頭を深く下げた。
さん付けは気にしないと伝えても、彼の求める言葉ではないような気がする。
謝罪を受け入れたところ、彼は頭を上げてくれた。
「姉さんを名前で呼ぶならば、ぼくも名前で呼んでくださって構いません」
「……若者に任せたのに、あんたたちの会話、かたすぎだわ……」
自己紹介の間、静かにしていたクリスさんが会話に割り込んできたと思ったら、弟さんに引きずられていく。
結局のところ、クリスさんは弟さんを紹介したかったのだろうか。
嵐は過ぎ去ったと胸をなで下ろし、自室に戻った。
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