33VS領主の娘(前編)

 昼食後、敷地内にある訓練場に集合した。

 王都から派遣された遠征隊とホリゾン騎士団の人数を合わせると五十は超えそうだ。

 最前列に立つのは、遠征隊からはリーダーと副リーダー。騎士団からは団長と副団長なので計四人だ。

 彼らを遠征隊の防衛魔術師列の最後尾から眺める。

 遠征隊リーダーと騎士団長の両名から挨拶があり、今回の共同討伐について説明される。


 山の中には魔力がたまる場所があり、触れた動植物は凶暴化してしまうらしい。

 凶暴化した動物たちが冬眠前に食べ物を求めて山のふもとに降りてくるため、討伐しなければならない。

 山岳地帯ハクドにある火山帯、氷河や滝、間欠泉、大地の裂け目などをいくつかのグループに分かれて担当する。

 初回の出発は三日後で、山に一泊二日する。慣れてきたら徐々に滞在期間をのばし、さらに過酷な地域に向かう予定だ。


 王都で事前説明を受けたときよりも緊張し、手汗がひどい。

 敵対動物から味方を守りつつ、足場の高低差や自然の脅威に注意しながら脱落者を出さないようにするのが自身の役目だ。結界を利用した足場作成が重要となる場面もあるだろう。雪が降れば雪崩も恐ろしい。


 説明の次は交流を目的にした歓迎試合だ。

 騎士団長が領主の娘、クリスタル・ホリゾンを指名し、遠征隊のリーダーであるランプブラック卿は私、オリーブ・オーカーを指名した。


「はいっ!」

「はい」


 クリスさんの弾けるような明るい声からは自信を感じられた。

 私はもとより目立つタイプではないので、普段通りに声を出した。


 場所を移動し、クリスさんと向かい合う。


「勝っても負けても恨みっこなしよ」

「いつだって全力勝負です。泣き言を言うつもりはありません」

「いいわね。そうこなくっちゃ。さすが、あたしが見込んだ女の子!」


 見込んだなんて、昨日会ったばかりなのに。年齢ぐらいしか判断材料がない気がする。

 審判はランプブラック卿がしてくれるようで、「準備はいいか」と聞かれ、頷く。


「――始め!」


 開始の合図とともにクリスさんが突っ込んできた。

 俊敏性と柔軟性をいかした速攻を予想していた私は、彼女よりも先に不可視の結界を発動させている。横に並べて壁を作り、前方からの衝撃を受け止める結界だ。

 相手が防衛魔術師に対してどう対処するか、試すにはちょうどいい。


 さあ、どうくる――?


「はああぁぁぁぁあああ!」


 クリスさんは片手剣を握りしめ、雄たけびを上げながら全速力で走ってきた。

 私は結界があるので動かずに、透明の壁ごしでクリスさんを射抜くように見つめた。

 クリスさんの速度は下がらない。このままだと結界にぶつかる――。


「ふんぎゃぁ!?」


 間抜けな声とともにクリスさんが結界と正面衝突した。鼻を強打したのか、彼女の鼻から血が垂れていた。血を指でふき取ると、クリスさんは狂った笑みを浮かべながら結界を何度も叩いた。

 私の結界はびくともしないが、いかんせんクリスさんの顔が怖い。寝る前に見たら夜中にお手洗いに行けなくなりそうな迫力だ。叩かれた回数も十をこえてから数えるのをやめてしまった。


 鼻骨が折れている可能性があるので、回復魔術師が手当を申し出るものの、クリスさんは断った。


「邪魔しないで頂戴。お楽しみはこれからだわ!」


 結界を叩く手に血がにじんでも力技で突破しようとする彼女に対して、小細工は不要だと判断する。

 シルバーとの訓練同様、一対一ならば呪文はいらない。

 執拗に叩かれている結界から衝撃波を生み出し、クリスさんを弾き飛ばす。

 すぐさま立ち上がってくるクリスさんは不死身みたいだ。

 衝撃波を二度目、三度目と続けると学習されたのか回避された。


「あなたの結界は壊れないのかしら」

障壁シールドとは違いますよ」

「ふうん……そうだわ、氷柱アイシクル


 氷柱が私の頭上に落ちてくる。これも試合開始直後に発動していた結界が防いでくれた。

 クリスさんは続けて二つ目の呪文を唱える。


雪崩アバランシュっ!」


 私自身を中心にして発動されている多重結界は全方位攻撃も防ぐ。クリスさんの魔術で発生した雪にも埋もれず、ただ私は時が来るまで待っている。

 ただ雪崩の魔術により結界の位置はあらわになった。私と彼女をへだてる結界の表面も凍り付いた。

 クリスさんは拳に力を込めて――恐らく肉体強化魔術を発動した――結界の凍った部分に拳をねじ込んだ。凍った部分は砕け散り、凍っていない部分だけが残った。

 思わぬ方法で結界を攻略され、機転のよさに舌を巻く。

 結界を別の魔術で上書きするなんて、即興で思いつくことではない。副団長の地位は伊達ではなかったか。


「どうかしら? あなたの自慢の結界、攻略してあげたわよ?」

「そうですか」

「なによ、そっけないわね」

「手の内をあかしてないので」


 私の結界は生成され続けている。表面が破壊されても、新しい層が生まれて補修する。自律なので、私が止めない限り新しいものに差し替えられる。

 なのでクリスさんが結界を破壊しても、その先には同じ結界が立ちふさがっている。

 同様の方法で攻略していき私に到達するのが早いか、私が彼女を捕獲するのが早いか見ものである。

 地の利はとった。足元は制した。私の魔力を根のように張り巡らせた。

 相手の勘のよさを警戒しつつ、足を狙っているが、やすやすとは捕まってくれず、逃げられる。

 足元ばかり見ていることを悟られないよう、視線誘導も実行する。根を操作しながらクリスさんの足を狙いつつ、誘いこむ必要があれば、こちらからも攻勢をかける。


 局地的な地揺れを起こし、クリスさんの足元の地面を隆起させる。

 クリスさんの華麗な身のこなしにより回避されるのは想定済みだ。


「――閃光フラッシュ


 地面を動かしながら、強烈な閃光により相手の視界を奪う。

 光が収まったとき、クリスさんは四方八方を警戒していた。

 今回、私が声を発したのは意味がある。冷静さを保つクリスさんは気付くだろうか。


 気配遮断、遮音結界、道程作成。

 光の魔術により相手からこちらが見えないように細工をすれば、結界の中に隠れた私を感知するのは難しい。世界から切り離されたかのような感覚。皆から忘れられてしまったような感覚。息の音も殺して、クリスさんに近寄る。

 私の置き型結界は術者である私を通す。壁型結界を迂回うかいせずに直進できる。

 距離を詰め、死角から狙おうとして、クリスさんと目が合った。




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