30領主の娘に目をつけられてしまった
個室は幹部、相部屋は下っ端に振り分けられると先輩魔術師たちに聞いていたのに、私は個室だった。侯爵令嬢への配慮だろうか。あるいは個室にするべきと上から判断されたのかもしれない。
寝相の悪さで相部屋は無理だと判断されていたらどうしよう。
ゲームにおいて平民と貴族の垣根は低かったので、貴族に逆らったといって斬首はされなかった。対象年齢が上がらないよう、残酷なシーンは省略されただけで、自分の知らないところで起きている可能性はあるが。
最低限の荷解きをすませ、宮廷魔術師のローブをハンガーにかけ、ベッドに横になる。
ふわふわしてあたたかそうなベッドだ。体を優しく受け止めてくれて、まぶたが重くなってくる……。
扉をノックする音で目が覚めた。ベッドから起き上がり、魔術師のローブを着て、扉を開ける。
「こんにちは」
相手の顔を見て、すぐさま扉を閉じようとしたら、扉の隙間に腕をねじ込まれた。
「閉めるなんてひどいわ。父上につれてくるよう頼まれたの。おとなしくついてきなさい」
ホリゾン伯爵令嬢――名前はやはり思い出せない――は私を呼びに来たようだ。
腕をはさめば扉をしめられないでしょう? という顔があくどくて恐ろしい。
「わかりました。……あの」
「なにかしら?」
「あなたが先導してくれないと、場所がわからないので行けません」
意訳は『早く行け』である。
「横に並んで歩けばいいわ」
「えっ……」
出会ったばかりの人と、どんな顔をして歩けばいいのだろう。
ああ、隣を歩くのが推しだったらよかったのに。次の手紙はいつ書こうかなあ。
「だまっちゃって……あたしと歩くの嫌?」
「領主様のご息女に案内していただけるなんて身に余る光栄です」
「難しい言葉を言えばいいって思ってるのかしら? あなたも領主の娘でしょう?」
図星で二の句をつげない。
険悪な雰囲気になってしまい、ホリゾン伯爵令嬢が歩き出してくれたので、彼女の後を追いかけた。
仮眠をとる前に網を張ったので、館の内部は把握済みだ。目的地はランプブラック卿がいる部屋だろう。
案内された大きな扉の前に、二人の騎士が控えている。
その二人にホリゾン伯爵令嬢が手で合図をすると、両開きの扉が開かれた。
部屋の中にいたホリゾン伯爵とランプブラック卿の視線がこちらに集まる。
遠征の副リーダーといった他の幹部たちはおらず、視線の数が少なくて安心した。
「父上、令嬢をつれてきたわ」
「ありがとうございます、クリスタル。オーカー侯爵令嬢……一つお願いがございまして、お伝えしてよろしいでしょうか」
「はい。なんなりと」
「歓迎試合について娘と話しましたが、全く引いてくれず……。もともと新人戦、団長戦を考えていまして、こちらの新人とあなた様の組み合わせでランプブラック卿に話を通していました。それを娘のわがままで覆すのは……はぁ」
「強い人と戦いたい気持ちはわがままかしら。あたしは副団長よ、権利はあるはずだわ」
「希望は予定を組む前に進言しなさい……」
出会ったばかりなのに、父と娘の関係を把握した。娘に振り回されて、頭痛や胃痛に悩まされていないか心配だ。
私としては相手が誰であろうと全身全霊をかけて挑むのみ。
発言の許可を求めてランプブラック卿に視線を向けると、彼はうなずいてくれた。
「私は相手が誰でも構いません。防衛魔術師としてお相手します」
「その防衛魔術師ってなにかしら? うちにはいないわ」
「ご存じでなければ、見て頂いた方が早いかもしれません」
「じゃあ決まりだわ! あたしと戦いなさい」
娘が胸を張って宣言すると、父親の深いため息が聞こえてきた。
直情径行らしい彼女は、戦闘も正々堂々なのだろうか。副団長の役職を全うするほどの実力、見てみたい気持ちはある。
「かしこまりました。受けて立ちます」
「そうこないと! あたしはクリスタル! クリスって呼びなさい。敬称はいらないわ」
「クリス……さん。私はオリーブです。好きなように呼んでください」
「さんづけしなくてよくってよ」
「礼儀ですから」
クリスさんは男性並みの身長に、すらりとした体形である。マロンさんがうらやましがりそうだ。
騎士団として鍛えているからか、体幹もよく姿勢もよい。ホリゾンブルー色の長い髪を一つに束ね、振り返ったときに揺れる毛先を目で追いかけてしまいそうになる。
年齢を聞かれ、十四歳(もうすぐ十五歳)と答えたところ驚かれた。
「弟と釣り合うわ……」
弟さんについて言及したら、帰る機会を見失ってしまいそうなので、聞き流す。
歓迎試合は明日の昼から行い、夕方から歓迎会を開くとのこと。歓迎試合の際に明日以降のスケジュールも発表されるらしい。
たとえ相手が副団長であろうと、負ける戦いはしない。明日の朝のうちに訓練場の確認もしておくべきだろう。
領主の館に到着したばかりなので、夕食の時間は長めにとられた。食堂で食べてもいいし、部屋に持ち帰ってもいいとのこと。
部屋で食べる気満々でいたら、クリスさんに食堂へ連れ出され、向かい合うように席に座らされた。
テーブルにはすでにチキンやトマトがトッピングされたピザ、スモークサーモン、ラム肉、ゆでたジャガイモなどが並んでいた。
研究にのめり込むあまりに食事がおろそかになってしまう私にはかなり多すぎて、現実逃避したくなり、目をそらした。
クリスさんはその体のどこに入っているのだろうかと不思議になるくらいたくさん食べていた。
クリスさんを見ていると、さらに食欲がなくなってくる。それでも食べなければと食べ物と見つめ合っているうちに、部屋に持ち帰ってもいいことを思い出し、食べきれなかった分は包んで持ち帰った。
そうして一日目が終わった。
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