北部の姉弟

29北部へようこそ

 目的地の名は北部山岳地帯ハクド。


 宮廷騎士団および魔術師、ガイド、医師や獣医師らを集めた遠征隊は大所帯になっていた。


 長い遠征になると予想され、料理人や経理担当者なども王都から連れてきた。場所が変われば食べ物もふところ事情も変わる。現地人を追加で雇うとはいえ、王都から連れてきたのは見分を広める目的もあるのだろう。

 道中いくつもの街を通過するため、荷物運搬の仕事も請け負いながら目的地に向かった。


 私は荷馬車に乗り、荷物の窃盗・落下防止の結界を張る役目を任された。

 大人たちの交渉を遠目で見守り、彼らの力にはなれないなあと肩を落としていたら、あなたはいるだけでいいと荷馬車が定位置になってしまった。

 御者と仲良くなり、休憩時間には馬を触らせてもらえた。これを機に乗馬訓練をしてもいいかもしれない。


 旅路とともに夏が通り過ぎていく。

 日差しが弱くなり、日中の寒暖差が大きくなり、木々も色づき始めていて秋の訪れを感じた。

 ガイドの方が、北部ではそろそろオーロラが見えると教えてくれた。ちなみに真夏には沈まない太陽を観察できるらしい。


 寝床が毎日変わる生活に疲れてきた頃、北部山岳地帯ハクドに到着した。

 遠くにあったはずの高い山が迫ってきていた――というのは見せかけで、山に続く道は長く、歩いて行ける距離ではないとガイドに注意された。


 これからしばらくの間滞在する、領主のやかたに到着した。

 馬車の出入りがしやすいよう道は整備されていた。自身の荷物を持ち、荷馬車から降りて顔を上げると、館の大きさに圧倒された。


 御者や獣医師に馬を任せ、館の使用人に荷物の搬入を依頼し、館に足を踏み入れると、玄関ホールには領主らしき男性と彼の奥様らしき女性、二人の色合いを受け継いだ少女が待っていた。


「王都からご足労いただき、誠にありがとうございます。私はホリゾン伯爵領の領主、リカン・ホリゾンでございます」

「お心遣い痛み入る。おれはランプブラックだ。この遠征隊のリーダーを務める。よろしく頼む」


 ホリゾン伯爵様の挨拶を受けて前に出たのは、宮廷騎士団部隊長であるランプブラック卿だ。どの部隊の隊長かは忘れてしまった。出発前の顔合わせでは「ああ」とか「うむ」で終わったので、人となりもよく知らない。


「ランプブラック卿、よろしくお願い申し上げます。皆さまお疲れでしょうから、お部屋にご案内しましょう。男性は私に、女性は妻のヒヤシンスについてきてください。案内が遅れた者は娘のクリスタルに案内させますので、ご心配なく」

「妻のヒヤシンスと申します」

「あたしはクリスタル! こう見えて、ホリゾン騎士団の副団長よ」


 伯爵夫人はカーテシー、伯爵令嬢は騎士の礼をとった。


 ホリゾン伯爵はホリゾンブルーの髪に緑がかった茶色の瞳、夫人はウルトラマリンブルーの髪に暗くて薄い青色の瞳。令嬢は父親の髪と母親の瞳を受け継いでいた。

 ガイドから聞いていた、ホリゾンの地には白っぽい水色ホリゾンブルーの髪が多いというのは本当のようだ。


 私たちが荷解きをしている間、遠征隊の幹部が召集され、領主から説明を受けるらしい。その説明が終わるまでは自室で待機との命令がランプブラック卿よりあった。


 伯爵夫人についていこうとして、後ろから肩を叩かれたので振り返る。


「あなた、若いわね。使用人? あるいは侍女かしら?」


 話しかけてきたのは伯爵令嬢であった。名前は色に結び付けられなくて忘れてしまった。


「宮廷魔術師の末席を汚させて頂いています」

「まあっ、さぞかし優秀なのでしょうね。あたしの訓練に付き合ってくれないかしら?」

「クリスタル! 彼女はオーカー侯爵令嬢です! 失礼がないようにと言ったでしょう!」

「父上……強い者と手合わせしたいのは騎士の本能だわ」


 どうやら領主様は私をご存じらしい。貴族の格でいえば私の方が上であるため、本来ならばだまし討ちのように後ろから肩を叩くのも失礼にあたるだろう。

 今の私は一介の宮廷魔術師であるので、これから協力しあう以上、波風立てたくはない。


「オーカー侯爵が娘、オリーブ・オーカーと申します。領主様のお耳に届いてるなんて、お恥ずかしいです。若輩者ではありますが、こたびの遠征、最善を尽くします」

「まあまあっ。あたし、この子が気に入ったわ! 父上、明日の歓迎試合のお相手、この子にしてくださらない?」


 まだ誰も玄関ホールから動いていないため、下っ端の私が注目の的になっている。

 歓迎試合自体初耳であるため、遠征リーダーであるランプブラック卿の顔色をうかがったところ、眉間にしわを寄せ、首を横に振った。

 そのため辞退の旨を伝えようとしたところ、先に領主様が口を開く。


「ランプブラック卿、申し訳ございません。歓迎試合の話はいったん預からせてください。娘に言い聞かせますので」

「うむ。構わん。遠征隊の者たちは早く休め」


 ランプブラック卿が了承し、彼の鶴の一声で遠征隊員は散り散りになっていく。

 伯爵令嬢は唇を尖(とが)らせて、私に鋭い視線を向けている。

 背中に穴が開くのではと戦々恐々としながら、私は夫人の後に続き、案内された個室で一息つくのだった。



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