28手紙

『ケルメス・ティリアン様へ


 暑くなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 体調を崩されていないでしょうか。


 私は春に宮廷魔術師になり、毎日研究に明け暮れています。

 私の熱中ぷりが心配になったのか、遊んでこいと研究室から追い出されたぐらいです。


 手紙を書くのは初めてなのですが、ヘンなことを書かないか心配です。

 パーティの招待状は定型文を書き写す腕の運動だったので、手紙とは違いますよね?


 私からの手紙、驚きましたか?


 私は今、あなたが何をされているのか知りません。

 知らないからこそ、あなたがどう過ごしているか、ふとした瞬間に考えてしまいます。


 先日、ショックな出来事がありました。

 誰にも相談できなくて、筆をとっています。

 詳細は省きますが、弟子をとりました。

 その弟子が先日、私の手の届かない場所に行ってしまいました。

 私があとちょっと頑張れていたら……などなど、自分を責めてしまいそうです。


 昨年に生まれた弟と妹の誕生日祝いのために、当分領地に帰ります。

 どうか、お元気で。


 オリーブより』



『親愛なるオーカー嬢へ


 手紙ありがとう。

 諸事情により急いで返事を書いている。字が汚かったらすまない。

 こちらはちょうど、船旅を終えたところだ。

 海の男たちが夏の海に飛び込むせいで、俺も泳ぎがうまくなった。


 自分を責めてしまうのは、貴方がひたむきに取り組んだからだろう。

 お弟子さんに反骨精神があり、あなたに意見できる人だったとしたら、軽快な会話が目に浮かびそうだ。

 きっとお弟子さんも貴方を思っているだろう。

 それでも別れを選択したのは、決意の一つだと思う。

 師匠として、弟子の選択を見守ってはどうだろうか。


 貴方の隣で力になりたいが、できない俺を許してほしい。

 貴方に会える日を楽しみにしている。


 ケルメス・ティリアン』



『ケルメス・ティリアン様へ


 お返事ありがとうございます。

 家宝にさせていただきます。


 弟と妹が無事に一才を迎えました。

 「ねーたま」と呼んでくれるようになってから、毎日話しかけるのが楽しいです。


 相談に乗ってくださり、ありがとうございます。

 あの子はまだ九歳だったので、生意気に育っていそうです。

 子ども扱いするなと怒られたくて、頭をわしゃわしゃしたいです。

 遠くない未来に会えたらいいなあ。


 秋口に修行先が決まりそうです。


 私もあなたに会える日を一日千秋の思いで待っています。

 一回りも二回りも大きくなった私を、褒めてくれたら嬉しいです。


 親愛は恥ずかしいですが、尊敬してやまないあなたへ。


 オリーブより』



『親愛なるオーカー嬢へ


 俺の手紙が貴方の力になれたら何よりだ。

 俺は様々な国や流派の剣を学び、自分の剣にいかしている。

 いまだ教えを乞う身だから、人に教えられる貴方が眩しい。


 珍しい香水をすすめられて、手紙に数滴たらしてみた。

 気に入ってくれたら嬉しい。苦手な香りだったら捨ててくれ。


 再会したら、俺の背中を任せたい。俺の背中は貴方のものだ。


 ケルメス・ティリアン』




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「ティリアン様……」


 ほうと息を吐き、推しからの手紙を閉じる。何度も読み返したせいか、紙がくしゃくしゃになってしまった。香りもとんだ。

 泳ぎのくだりで推しの上半身裸を思い浮かべそうになるので、そこだけは黒い紙を貼り付けて見えないようにした。


 領地に戻る前に、ナイル殿下に推しに手紙を送りたいと伝えたところ、諸手もろてを上げて喜ばれた。


「ぜひケルメスと親交を深めてくれたまえ。よい見本が目の前にいるのだからな」

「交換日記のことですね。あれには胸が痛みました」

「くれぐれも手紙に書く内容は注意してくれ」


 恋愛の教科書として、写本を渡してくれたのは彼の婚約者だ。会話の内容から察するに、殿下の差し金だろう。

 推しケルメス・ティリアン宛の手紙は現在検問対象らしい。迂闊なことを書いたら殿下に伝わってしまいそうだ。

 今後の指示はお父様を通して手紙で伝えてくれるらしい。私宛でないのは婚約者にあらぬ疑いを立てられないようにするためだろうか。


「あともう一つ。きみの婚約は王家預かりとなった。婚約を申し込まれた場合、俺に相談すると言うんだぞ。決してその場で返事をしないように」

「承知しました」


 帰省した私を、お父様とお母様はあたたかく迎えてくれた。私の婚約が王家預かりになったため、帰省中に婚約の話は一度も出なかった。お兄様は他の領地に滞在していて不在だった。

 夏も仲夏ちゅうかにさしかかった頃、弟と妹の一歳の誕生日を領地で祝った。私は二人の護衛兼お母様の手伝いとして社交をこなした。

 仲の良い人だけを集めたパーティだ。私が宮廷魔術師になったことも知られ渡っており、来客から褒めちぎられた。

 ドレスは赤色を選んでいた。赤色を身にまといながら、この世界のどこかで戦う推しの存在を強く思った。





 シルバーの捜索は早々に打ち切られた。やぶをつついて蛇を出すべきではないと上層部に判断されたのだ。異議はない。

 頭では理解できても、心では吹っ切れない日々を推しからの手紙が変えてくれた。立ち上がる力をくれた。


 荷馬車に揺られながら流れゆく風景を眺める。

 建物が徐々に減り、田畑が増え、王都のような賑わいはなくなった。かわりに木々のざわめきや鳥の鳴き声が聞こえ、目を細めた。


 目指すは北。北部山岳地帯ハクドだ。




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