26無詠唱対決(後編)

 空を仰いだ私に向かって、七色に染まった槍が迫ってくる。

 威力も属性も測定不能。

 対象を貫くまで止まらない魔術であれば、結界を重ねるのにも限度はある。

 最も内側に膜状の結界があるので、私の肌に触れることはありえないとして、一番外側に設置している結界は破壊されてしまうかもしれない。


 めくらまし用の光源を設置し、周囲の視界を奪う。これからする行動の余興なので、攻撃性は一切ない。

 槍を結界に正面衝突させるのはおもしろくないと言ったら、呆れられるだろうか。

 私の足元から影が伸びる。影はうねり、先端が分岐し、何本もの腕になる。腕の先には人間のような手があり、槍を受け止めようと手を開いた。

 数えきれないほどの手が槍にすがりつき、進まないよう抑えつける。捕縛系と同様、足止めに役立つ魔術だ。

 光が強いほど影が際立つ。光と闇の魔術は使い方次第で化けるので、無限大の可能性を秘めている。


 槍が影の手に包まれる。行かないでと引っ張られるうちに減速した槍は、対象を貫く前に制止し、闇に飲み込まれた。


 宮廷魔術師としての底力を見せつけられて、肩の荷が下りる。

 先ほどの魔術でシルバーがどれほど疲弊しているかわからない以上、しまいだ。決着もつけてしまおう。


 頭上にある光源、第二の太陽に目がやられているかと思えば、シルバーは闇の魔術で日差しを軽減させている。

 相変わらず素晴らしい対応力。戦闘中でなければ、手を叩いて称賛しただろう。


 シルバーの前に、私の幻影が立つ。幻影は腕を広げて、シルバーの小さな体を抱きしめた。


「……頑張ったね。おやすみ」


 睡眠魔術をかけると、シルバーは立ったまま眠気にさそわれて、ゆっくりとまぶたをとじる。


 幻影以外の魔術を解除し、私はシルバーを幻影から受け取っておんぶした。

 今日のシルバーの魔術に関しては、マホガニー研究室長に報告しておこう。必要であれば、シルバーの情報も早々に秘匿させてもらおう。

 シルバーをおんぶしながら研究室に向かった。


 訓練終了直後は高揚感に包まれていたが、時間の経過とともに冷静さを取り戻し、やりすぎたと頭を抱えた。

 やらないで後悔するよりは、やって後悔したいタイプであるとはいえ、防衛魔術の同僚たちが押しかけてきて困った。

 マロンさんがお菓子を配って「またいらしてね」と撃退してくれなければ、私は壁に詰め寄られて根掘り葉掘り聞かれていただろう。

 もともと防衛魔術というと、建物や特定地域を覆うような広範囲なものが主流だった。

 対人戦では支援魔術の障壁シールド魔術が使用されていた。回数制限があり、討伐依頼や大規模攻撃を防ぐ場合には、何人もの支援魔術師が登用されていた。

 その人員に防衛魔術師が加わり、支援魔術師たちは己の仕事に集中できるようになった。

 人が増えればとれる戦法も増えるし、いいことづくめだろう。


 シルバーが目覚めた頃には西の空が夕陽で染まっていた。

 陽がのびてきたので、帰りの時間を忘れそうになってしまう。急いで私は帰宅の準備をした。


「今日はありがとな。勉強になった」


 帰り際にシルバーに声をかけられた。

 声をかけてきたのは彼の方なのに、私が視線を合わせると、そっぽを向くところがまたかわいい。


「やりすぎだって怒ってもいいんだよ」

「アンタの本気、熱かった。次はオレが勝ってやる!」

「……シルバー。あなたは私の初めての弟子だよ」

「守護神サマがついてるなんて、鼻が高いぜ」

「のびすぎて折れないように。いつでも性根を叩きなおしてあげるよ」


 シルバーの笑顔がまぶしくて、実戦も悪くなかったと思う。

 今夜は早めに休んで、明日には研究を再開しよう。毎日休む暇なく、研究に取り組んだ。




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