25無詠唱対決(前編)

 一対一で術名は不要と教えたところ、シルバーは即座にものにした。


 風の刃を生み出した後に、上空から浴槽をひっくり返したような水が落ちた。流れるような連続無詠唱。風の刃が私のもとに到達する頃に、水流に襲われる。

 私の結界はびくともしないが、水のせいで視界が悪くなる。

 視界が悪いまま、火の球が何個も衝突してきた。

 一点を集中的にせめて、結界をほころびさせるつもりなのだろうか。一番外側の円柱型結界は、強固さゆえに柔軟さがたりない。強烈な一撃を受けたら、弱まってしまうかもしれない。

 地面から太い根が伸びて、私を地中に引きずり込もうとする。結界全体をみしみしと圧迫させている。

 一体いつ、このような魔術を練習したのだろう。殺傷力が跳ね上がりすぎではなかろうか。


「これもダメか!?」


 シルバーは四大属性の全てを披露した。

 人に魔術を向けるのは弱い者いじめで嫌だと言ったくせに、短い間にだいぶ成長したものだ。

 私の結界への信頼を嬉しく思う。敵として対峙たいじするならば、ぜひ攻略してほしい。


 暗雲がたちこめて、稲光いなびかりが走る。

 地面が盛り上がり、私を取り囲む。

 風圧が結界をつぶそうとしている。

 火炎が結界の表面温度を上げようとしている。


 雷雨が降り始めた。


 地面がぬかるむ。

 結界を支えていた地面がゆるみ、私は多重結界で足場を作って浮く。

 足が地面から離れただけで、動いてはいない。

 これだから環境に左右される直立型の結界は好まない。膜状の結界の方が一体感もあって好きだ。


 地面に水が浸透していく。

 雷や植物系の威力が増すかもしれない。

 足元で泥水が渦をまいていた。永続魔術に変化しており、続きそうだ。

 足元をおろそかにすると立つこともままならなくなるので、着眼点は素晴らしい。


「テメェ、飛べるのかよ!」

「飛んではないよ。浮いてるだけ」


 私と彼をつなぐ足場は崩れてしまったため、接近戦はしづらいだろう。

 私は一歩も動く気がないので、高みの見物だ。まだこちらから攻める気はない。

 雨脚が激しくなり、冬雨とううに変わる。冷たい雨が降りはじめ、徐々に凍りはじめ、ぬれていた地面までもが凍りつき、私はいつしか堅氷に閉ざされた。


「氷づけされた気分はどうだ?」


 と言いたげのシルバーの得意顔がうるさい。彼の声は氷にさえぎられて届かないし、表情もはっきりとはわからなくても、網で感じている生命反応は喜びで飛び跳ねている。

 結界を覆うように氷に閉じ込められた。

 凍らせた場合、普段壊れにくいものが、容易に壊れることもある。

 次に来るのは破壊だと想定して、私の力の一つをお見せしよう。


 私の結界は弾くことができる。

 応用して、衝撃波を飛ばすイメージを思い描き、自分を中心にして衝撃波を生じさせる。

 数回繰り返し、氷に亀裂が入った。さらに強い衝撃波を加えると氷が割れた。

 邪魔な氷は四角い結界の中に入れて圧縮し、つぶしておいた。氷の名残で足元がきらきらしていた。


 骨のある応戦に、思わず鼻歌がもれそうになる。


「これも防ぐとか、守護神サマはえげつねぇな」

「負けないのが防衛魔術よ!」


 防衛魔術の真骨頂を披露できて気分がいい。


「もう一つ、見せてあげましょう!」


 訓練場に施されている結界を発動すると、荒れた場が戦闘開始時に戻った。

 氷はなくなり、地面は元通りになり、雨も止んだ。

 すっかり元通りになった訓練場に、ほっと一息つく。

 個室訓練場の機能にもあった、状態維持の結界だ。備品を壊しても元に戻るのは結界のおかげで、もとの状態に戻すことができる。


「どう? シルバー。ふりだしに戻ったよ」

「……オレ、こんなやべぇヤツと一緒にいたのか……」

「天才? 偉才? 奇才? まだまだ、この程度では守れない」


 ぬかるんだ地面が元に戻ったので、浮遊状態を解除し、地面に足をつける。


「ねぇ、どう攻める? シルバー」


 考え込んでいるシルバーを好ましく思う。子ども同士でも師弟愛が成立するならば、この感情はそれだろう。

 私には追いかけたい背中も、立ちはだかる壁もない。私が第一人者で、先頭を歩き続かなくてはならない。

 私の背中に追いつこうと、あの手この手で対策してくる人には好感がもてる。しがみついてくる人がいなければ、私はいつか国の脅威に認定され、討伐されるかもしれない。

 そうならないのはきっと、後続がいてくれるから。防衛魔術の重要さに気づいてくれた魔術師たちがいるから。

 あとはそう、推しの存在。


 日差しが強くなってきた。

 光が強くなればなるほど影も濃くなる。


 シルバーは熟考ののち、魔術で槍を生み出していた。見た目で属性を判断してはならない。彼が軽々しく持っているからといって、重さを判断してはならない。

 最後の一撃にするのか、シルバーは溜めの状態に入った。

 槍が七色に輝き、眺めていた私も目を見張る。

 彼が叫びながら槍を投擲とうてきした。九歳の体に見合わぬ大きな槍は命中の魔術もかけられているのか、私を貫かんと一直線に飛んでくる。

 攻撃を補助する支援魔術も同時に発動させるとは、少年の成長は著しい。

 この子ならば、一緒に推しを守ってくれるのでは、という幻想を抱かせてくれるくらいには。


 目頭を熱くさせながら空を仰いだ。




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