23シルバーとの街歩き

 訓練はほぼ毎日行われた。


 休日は自宅で休めばいいのに、研究中のあれやこれやが気になってしまい研究室に来てしまう。

 研究室に顔を出すと、なんとシルバーがいるのだ。これは訓練するしかないと思い至り、出会ったら訓練してしまった。

 休みなさいとマホガニー研究室長に追い出される日もあった。そういう日は一度タウンハウスに戻り、馬車を出してもらって、シルバーと城下町を歩いた。

 研究の報酬や恩赦でお金は溜まっている。とはいえ財布の紐はかたいので、食べ歩きをするぐらいにした。子どもが大金持ち歩いているのも不用心だろう。

 何度か出歩くうちに、研究室のマロンさんとカーキさんから買い出しを頼まれるようになった。

 マロンさんからは朝一に並ばないと買えないお菓子を、カーキさんからは珍しい土を。

 前者はまだしも後者は難しい。土の種類には詳しくないので、専門店で売られている土の名前をメモして報告した。


 他にもシルバーとちょっとした問題解決をしていった。

 とばされた帽子を風で取り戻したり、倒れたプランターの土と花をもとに戻したり。

 犬や猫を捕まえてほしいと頼まれたときは、シルバーが機転をきかせて捕獲していた。

 私の場合、結界で四方八方を囲いたくなるが、他の方法もあるのだなあと感心した。

 簡単な魔術は生活に息づいている。大規模な魔術や威力が高いものは失敗したときのリスクを考え、一人前だと認められないとつかえない。それぞれの街や商業組合に審査機関があるので、合格すれば使用を許可される。


「オリーブって友達いんの?」

「うぐっ」


 二人の散歩に慣れて、野外の飲食スペースで休憩したところ、突然のシルバーの発言で致命傷をくらった。

 手にしていた葡萄ぶどうジュースをこぼしそうになるほど動揺した。

 友達といえる人はアルブス国立学校で学校生活三年目を過ごしている。地元に戻った人たちと会う機会はなく、宮廷魔術師となった私が学友に会いたいという理由で学校に行くわけにもいかない。

 同時期に卒業したティリアン様は友達というか守るべき人で、今どこにいるのか私は知らない。お父様や殿下は知っているのだろうけれど、知るのが怖くて耳に入れないようにしている。


「いるにはいるよ。気軽に会いにいけないだけ」

「仕事中はだめでも、休みの日ならいいんじゃねぇの」

「……休み……休み?」


 休暇という言葉がしっくりこなくて、首を傾げてしまう。

 気付けば毎日宮廷魔術師のローブを身にまとい、研究している気がする。推しがいないから戦闘訓練も楽しくないので、研究しているか自室で読書しているかの二択になってしまった。


「オジサンに追い出される理由がわかったぜ」


 ごちそうさま、とシルバーが屋台で買った焼き魚を食べ終えた。魚を串にさし、目の前で焼いてくれるという一連の流れに郷愁を抱いたらしい。川に飛び込みたいとこぼしていた。

 私は街歩き中に葡萄ジュースばかりを飲んでいたので、最近は私が注文する前にシルバーが葡萄ジュースを差し出してくれるようになった。

 おこづかいは少ないだろうに、無理するなあ。


「ついでにもういっこ聞いてもいい?」

「どうぞ」


 片手で胸を抑えたまま、次の質問が痛くないことを願う。


「守る魔術を選んだのはなんでだ?」

「防衛魔術を選んだ理由ねぇ……」


 前世の記憶を宿して生まれたときから、推しを守るのだと息巻いていた。

 シナリオに翻弄ほんろうされ、必ず死んでしまうケルメス・ティリアンの未来はゲームの中にはなかったからだ。


 六歳で座学を始め、七歳で体力作りに励み、八歳で魔導に触れた。困難を切り開く力か、大切なものを守る力か。分岐点に立たされたのが九歳であった。私は迷わず後者を選んだ。


「推しを守る力がほしかった。九歳……ちょうどあなたと同じぐらいに決めたかな」

「推し……? 支援だって回復だって守る力だろ?」

「私にとっては全然違うよ。支援は背中を押す力で、回復は元気を取り戻す力。あらゆる脅威から守ってあげたかった。どれが推しに影響を及ぶかわからないなら、いっそのこと。障害を取り除く力は、攻撃に似ている点もあるのかも」


 まくし立ててしまい、言い終えてから恥ずかしくなってしまった。

 共感はされなくていい。私の原点は推しへの後悔だ。画面越しにいて、涙をのんだ前世の私に与えられた最初で最後の機会。この生で推しを救えなかったら、あきらめよう。私もすぐに後を追う。


 街中に視線を向けると、春から夏に移り変わろうとしている。日差しを受けて輝く新緑。人は川や湖で遊び、冬の鬱憤うっぷんを晴らすかのごとく開放的な夜を過ごす。


 ――開放的な夜?


「オレも力の使い方、考えよ」

「いいと思う。芯があるとぶれないよ」


 話を切り上げて立ち上がる。

 ゲームの夏を思い出し、心の中は穏やかではなかった。

 九歳が隣にいるのに、真っ昼間にティリアン様の上半身裸を思い出すなんて、いつから私は破廉恥な女の子になってしまったのだろう。

 熱いなあとぼやきながら、帰り際に研究室用のお菓子をみつくろう。好きなときに食べられるよう、毎回一個ずつ包装されたお菓子を選んだ。

 お菓子屋さんでホールケーキを見つけて、一体何人分なんだろうと目で追う。お茶会が懐かしい。

 目の奥が痛くなってきて、思考を中断した。

 目下の課題はシルバーの見習い試験だ。試験前の訓練をどのような内容にするか悩む。


 帰路につき、研究棟が見えてきたあたりで、背中を叩かれるような衝撃に襲われてたたらを踏んだ。頭痛、めまい、耳鳴りといった症状も出始めて、顔をしかめる。


「オリーブ? どうした?」

「平気……気にしないで」


 王都に張っていた網のうち、あるエリアがぽっかり消失した。力づくで壊されたのか、魔力の余波が術者である私にまで届いた。


 シルバーに気取られないよう顔を作る。動悸と呼吸苦はごまかせないので、寄りたいところがあるとシルバーにお菓子を押し付けて、医務室に駆け込んだ。

 守護神だと崇拝対象になっている私が弱みを見せるわけにはいかない。医務室の一室を借りて、マホガニー研究室長宛に緊急事態の連絡を送ってから、人避けの結界を張る。


 王国を狙う存在について、忘れてはならない。

 将来攻撃魔術師筆頭になるであろうシルバーにも、心構えをさせておくべきかもしれない。

 試験前の最後の訓練は一騎打ちがいいだろう。

 本気の攻撃魔術を受けられるのだと思うと、胸が高鳴る。いやこの高鳴りは動悸のせいだと言い聞かせ、目を閉じた。




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