22シルバーの可能性

 見習い魔術師と衝突した翌日から、シルバーの訓練を開始した。屋外で衆目の下は難易度が高いと考えて、屋内にある個室訓練場を利用申請した。

 個室一つ一つに結界が施され、部屋の外に魔術が漏れ出ない仕組みになっている。昔は扉が開いた瞬間に通行人が怪我をする事件が多発したが、改良を重ね、扉が開いていても平気なようになった。私の手によって。


「さて、初めての訓練を行います。よろしくお願いします」

「よろしく! お願い! しますッ」

「……大声ださなくても聞こえるよ……耳が……」


 研究室で自己紹介したときと変わらぬシルバーのやる気に私が引いた。


 訓練前に個室に張られた結界について、危険察知機能について、生命反応について等、使用する際の注意を教える。

 一人で訓練する場合、魔力切れで倒れてしまうことがある。把握が遅れて放置されないよう、使用者の生命反応が測定されている。生命に危険が迫っていると判断された場合、警備員や管理者が確認にやってくるのだ。

 たまに疲れて居眠りしてしまう人もいるので、動作の有無ではなく、生命反応を基準にした。

 防音効果もあるので、いくら暴れても問題なし。

 ただ防音効果があると、よからぬ輩の巣窟そうくつになる可能性があるため、行動を逐一記録されている。見られたり記録されたりしたくない行動は控えてほしい。魔術の失敗を分析するために、自分の映像を確認することは可能だ。

 部屋全体に自己修理機能もあるので、備品は壊れても修復されるので恐れずにどんどん使ってほしい。


「個室訓練場について説明したけれど、質問ある?」

「やってみないとわかんねぇな」

「それもそうだね。座学はマホガニー夫妻に習い始めたんだっけ。魔力感知はできた?」

「まだ。あとちょっと」


 過大評価せず、できないことはできないと言ってくれると大変助かる。

 わからないことに対して激情していた檻の中での日々が、遠い昔のように感じる。

 体内に保有している魔力、体外をとりまく自然魔力、そして第三者や物品に込められた魔力。

 魔力にも属性があり、生まれ育った場所に影響を受けるという。


「私の魔力は土。同じ研究室の人たちも全員土だよ」

「へぇ……オレはどれだろう」


 シルバーの小さな手をとって、私の魔力を流してみる。土の魔力は反発されなかったが、他の属性もあるのかすんなりとはいかない。

 この世界でアルビノは全属性に適性があるといわれているので、得意属性を調べるのは難しいかもしれない。

 属性といえば、ケルメス・ティリアン推しの得意属性はどれだったか。全属性をあやつり、パーティーの弱点を容赦なく突いてくる印象があったが――。


「シルバーの属性は私じゃ測れないみたい。ごめんね」

「別に……オッサンもオバサンもわかんないって言ったんだぜ?」

「攻撃魔術は得意属性から学ぶといいんだよ。体がなじんでいるから制御しやすいんだよね。試しに四大属性をひととおりやってみようか」


 四大属性は地水火風のことで、、水、火、風の四つの属性を示す。他にも光や闇があるが、あまりみかけないので説明は後回しにする。私の光と闇の魔術は独特らしいので、シルバーに知られたくないというのが本音だ。

 四大属性から派生して生まれた属性もいくつかある。学ぶのは見習い試験に合格してからでよいだろう。


「土、水、火、風。手の中におさまるような小さなものでいいから、想像してみて」


 土の塊が生み出され、手の平が水でいっぱいになり、火で水が蒸発し、風が手を乾かした。

 威力も速度も申し分ない。どの属性もそつなくこなすゆえに制御は大変そうだ。


「やりやすいとか、やりにくい属性はあった?」

「ない」


 天才気取りではなく、今まで意識していなかったものを意識して使うようになったばかりだからだ。どこかで感じるズレを彼はこれから経験していくのだろう。


 個室の備品である桶を取り出し、この桶をいっぱいにしてほしいと伝えたところ、シルバーは難なくやってみせた。

 土でいっぱいにし、水で濡れた土になり、火で乾かされ、風圧で圧縮された。

 大雑把な指示であったのに、自分で考えてやってみせた。農村出身ということもあり、普段から四大属性と触れ合い、親和性が高いのかもしれない。


「こんなもんでいい?」

「十分だよ。満点」

「へへ」


 打てば響く訓練が楽しくて、スケールを大きくしてもシルバーはついてきた。

 魔力切れの気配もなく、シルバーはもっとやりたいと駄々をこね始めたが、後から遅れてくる可能性もあるので初日の訓練を終了した。


 研究室に戻り、西日が強くなる前にシルバーとマホガニー研究室長は帰っていった。

 私は二人が帰ってから、今日の訓練成果を記録にまとめた。


「オリーブちゃん、精が出るわね~」


 横から誰かにのぞき込まれて、後ろにのけぞりそうになった。

 シルバーとマホガニー研究室長は帰宅した。カーキさんは人との距離が遠い人なので、消去法でマロンさんしかいない。


「マロンさん、お疲れさまです」

「わたしが十四歳だった頃なんて、毎日食べることと作ることで頭がいっぱいだったのに、えらいわね」


 それは今もではと思いつつ、口には出さないでおく。

 マロンさんは最近体型が気になってきたらしく、体重や体型に関する話はご法度だ。

 学生時代を思い返すと、学友たちも太ったとか痩せたとか悩んでいたような気がする。

 私はティリアン様の邪魔になったり心配をかけたりする体型でなければ構わない。


「マロンさんから甘い匂いがするような……」

「クッキーを焼いたの。夕食前に少しだけどうかしら? 早く帰らないと親御さんを不安にさせてしまうかしら?」

「いえ、大丈夫です。親は領地にいるので。私は昔から門限が気にならない性分みたいで、気がすんだら帰ってます」

「あら、そう……?」


 誘拐される可能性があるため、基本的に一人では出歩かないようしつけられる。

 私が門限に対してゆるいのは、前世の自分が夜遅くまで働いていたからだろう。帰宅したときは真っ暗で、あかりをつけるのが家での最初の仕事であった。

 防衛魔術のおかげで、誘拐や暗殺の可能性はかぎりなく低いと思っている。


「やっぱり今日は一緒に帰りましょう?」

「あっはい、わかりました……」


 マロンさんの機嫌を損ねると、おいしいお茶菓子がなくなってしまう。

 彼女のほほえみに流されて、休憩時間をはさんでから記録の続きをし、夕陽で橙色に染まった空の下を二人で歩いた。

 オーカー侯爵家の馬車が迎えにきていたので、マロンさんに別れのあいさつをして、馬車に乗り込んだ。


「……ティリアン様は元気かな」


 夕陽が目にしみた。




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