20研究室の仲間たち

 魔術制御を最低限身に着けたシルバーは地下牢から解放された。

 九歳の彼に寮暮らしをさせるわけにもいかず、十四歳の私が後見人になるわけにもいかず、最終的にマホガニー研究室長がシルバーの面倒をみることになった。

 マホガニー研究室長は王都に自宅があり、子育てを終えて奥さんとの二人暮らしだ。

 シルバーを連れて帰ったところ、奥さんからは生活に楽しみができたと喜ばれたらしい。

 誰の子か聞かないのかと研究室長が奥さんに確認したところ、「あなたには拾い癖があるからね」と返されたらしい。

 かくいう私も研究室長夫妻には大変お世話になった身なので、ぐうの音も出ない。


 シルバーはだいぶ体調を崩していたため、しばらく休養を要した。


 彼がいない間、私は地下から私物を回収し、檻や魔法陣の状態を確認したり、結界石や防御アイテムの確保をしたり、多忙を極めた。


 マホガニー研究室の準備も整った頃、シルバーは戻ってきた。


「オレはシルバー! 九歳! よろしく! お願い! しますっ!」


 宮廷魔術師たちに囲まれて気後れするかと思いきや、堂々とした自己紹介だった。


「彼は三ヶ月後の見習い魔術師試験に合格しなければならない。みんな、協力よろしくな~」


 研究室長が発した、合格という言葉の重みに息がつまった。

 見習いになれなければ、魔力封印具をつけられて、僻地へきちに送られるのだろう。貴族であれば屋敷で囲うこともできるが、平民にそんな金の余裕はない。口減らしに捨てられるかもしれない。

 テラコッタ王国において、宮廷魔術師登用試験は一年に一度、見習い試験は三ヶ月に一度行われる。他国で同等の資格を取得している場合には試験が免除される場合もある。


 他の同僚が返事をする中、私だけ言葉が喉にはりついた。

 シルバーの透明な眼差しに、こちらも試されている気がした。

 あわ立つ肌を隠していると、シルバーがそっと近寄ってきた。


「なあ、これからアンタのことなんて呼べばいい?」

「オリーブでいいよ」

「オリーブ……うちの村にもあったぜ。料理とかで使った」

「残念だけど私は食べられないよ」

「わかってるって、それぐらい」


 口をとがらせてそっぽを向いたシルバーは年相応の子どもであった。

 握手しようと手を差し出せば、彼は何も考えずに握り返してくれた。

 手を通して、彼にかけていた結界を補強し、今後も定期的に確認が必要だと判断した。

 彼には二種類の結界魔術を発動させている。一つは外からの脅威から身を守るもの。もう一つは内からの魔力が外に漏れすぎないようにするもの。

 内外に憂慮を抱える状態では、試験に合格しないだろう。いつ割れるかわからない風船をそばに置く人はいない。


「おーっと、オレとしたことが、研究室の仲間たちを紹介し忘れていたな。オレはオニキス・マホガニー。ここの研究室長だ。自由に呼んで~」

「うん。オッサン」

「ごほん……。オリーブ嬢ちゃんは覚えてるな。珍しい防衛魔術師だ」

「オリーブ・オーカーと申します」


 貴族らしくカーテシーを披露すると、シルバーはあごがはずれそうなほど口を開けていた。


「次は……マロン。回復魔術師だ」

「マロンといいますの。おいしいものをたっぷり食べましょうね」

「最後にカーキ。シルバーくんと同じ攻撃魔術師だ」

「……どうも」

「以上四名が基本メンバーだ。他にもたまに出入りするやからがいっけど……今いないヤツを紹介しても仕方ないよな~。よく使う施設の案内は嬢ちゃん、よろしく~」

「任されました。シルバー、行くよ」


 顔合わせを終えて、シルバーを研究室から出そうとするものの、なかなか出てくれない。

 彼の赤い瞳は揺れていた。助けを求めるような眼差しだった。


「私からのプレゼント。受け取って」


 シルバーの首に、結界石をつけたネックレスをかける。

 ただの石ころのように見えるが、緊急時に持ち主を守る簡易結界を発動させるすぐれものだ。私の研究の一つである。

 石が黄褐色なのは、オーカー侯爵――正確には娘である私、オリーブ・オーカー――の庇護下にある印だ。


「これがあれば、あなたはいつでもどこでも外に出られる。だからはずさないで」

「……わかった。信じる」


 まずは彼の心の安全を守らなくては。

 ネックレスをかける際に、来賓カードが首にかかっているのをみつけた。カード自体は上着の中に隠し、提示を求められた際に服の中から出せばいい。

 現在地である研究棟の説明や他の研究室があることも軽く説明し、お手洗い、食堂、訓練場は案内すべきと判断し、研究室から出た。


「あなたは宮廷魔術師でも見習いでもなく、来賓です。試験に合格するまで好奇な視線を向けられることがあると思うけれど、負けないで。試験は実技重視だから、多少座学がぽしゃっても大丈夫よ」

「視線は別にいいけどさ。手を出されたら?」

「やり返さないように。あなたの結界石をみたら誰も手を出してこないとは思うけれど、絶対ないとは言えないから」


 話しながら廊下を歩く。研究棟の来賓扱いの彼は、王族が住む王宮には入れない。王城の正門前に立つ門番に来賓カードを見せて登城する。

 王城から研究棟まで進み、研究棟内の施設や訓練場といった一部のエリアを使用可能になる。


「研究棟内は自由に歩けるよ。ただ来賓カードによって入れる範囲が違うから注意して。許可がないところは結界に弾かれる仕組みになって、無理に壊さないように。警報が響き渡って最悪地下に逆戻りよ」

「……やべぇところに来ちまった」

「行きと帰りは室長と一緒だろうし、誰かにそそのかされても変なところには行かないようにして」


 研究棟内にある施設を一つ一つ訪れていく。


「そういえば昼食は持ってきた?」

「うん。オバサンに押しつけられた」


 おばさんとはマホガニー研究室長の奥さんのことだろう。愛妻弁当ならぬ、おばさん弁当。他にもぴったりな言葉があったら教えてあげたい。


「お昼ごはんがないときは食堂で食べてね。地下にいたときの食事もここのだから、味は保証するよ」


 生活に必要な場所をまわり、最後に訓練場に寄ることにする。

 訓練場には先客がおり、見習いローブを着た見習い魔術師が数人いた。用意された的に向かって攻撃魔術を発動させ、的にあてるという訓練だ。


「ケケケ、見習いでもないヤツがいるなあ? 止まれ」


 今日は案内だけなので、引き返そうとしたら見習い魔術師に声をかけられた。




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