19歩み寄りと守護神サマ

「わからなければ、私に魔術をあてればいい。感情の矛先がなくて爆発したいときも、私だったら被害がないから。あなたはここで私を的にして練習すればいい」

「いやだ! なぐってもいいっていうヤツをなぐれるかよ! オレは弱虫いじめなんてしねぇ!」

「わたしは弱くないよ」


 気は進まないが、少年に意識させるために妨害魔術を発動させる。


 彼は知らないだろう。最初に出会ったときから私は彼の位置も行動も把握していることを。

 学生時代、王都全体に網を張りめぐらせることに成功した。マーキングした人物の位置を把握し、活動状態か休眠状態かは判断できる。

 老若男女を問わず、国民一人一人の生活を監視しているというと聞こえが悪いかもしれない。

 対象の行動を制限するくらい朝飯前だ。視界の中にいるならば、なおさら。


 少年の足元からつたが伸び、脚に絡みつく。


「な、なんだこれ!? 離せよっ」

「発動してるのは私だから、抵抗するか、術者を叩くしかないね」

「うわ、やめろぉ、そんなとこさわんな! 植物みてぇなのに燃えねぇ! なんでだ!?」


 くすぐっているだけなのに、字面があやしいのはどうしてだろう。


 新しい本を手に取ってみると、魔力を感知して動く植物の話がのっていた。魔力が豊富な人間を好み、誘惑し、罠にはまった人間に絡みついて魔力を吸い上げるらしい。

 恐ろしい植物がこの世にはあるのだなあと、息も絶え絶えな少年を見て痛感した。


 くすぐったさに慣れてきたのか、少年は魔術で蔦を切ったり燃やそうとしたり、あの手この手で奮闘している。

 私の防衛魔術自体を破らないとならないため、今の少年の実力では無理だろう。他人の魔力を意識するのはよい経験になるかもしれない。




 一週間ほど朝から夕まで地下で生活し、研究室長に報告をあげたところ大層喜ばれた。


「少年と話したいからよろしく~」


 そう頼まれて、はりきっている研究室長を地下に案内した。


「……おい、遅かったじゃねぇ……か」


 少年が私以外の人間を見て、目を丸くした。

 研究室長は威厳を感じられないほどぼさぼさのもっさりなので、いかつさはないだろうけれど、初見だと怖いだろうか。


「よう少年。快適な地下生活を送ってるかな~?」


 研究室長がゆるんだ顔で鉄格子の間をのぞきこむと、少年は猫のように毛を逆立てた。

 攻撃魔術がとんでこないだけでましだろう。毛を逆立てているのは、お前には懐かないぞという威嚇に見えてくると可愛らしく感じてくる。


「なんだこのオッサン。へらへらして気持ち悪いぜ。一発殴ったらかっこよくなるんじゃね?」

「残念、ならないんだな~これが。オジサンにはこれぐらいの造形が似合ってるんだよ~」


 とげとげしい少年の声も態度も、荒波をのりこえてきた大人には痛くもかゆくもないのか、研究室長は懐からノートとペンを取り出して、尋問を始めた。


「オジサンのことはマホガニーって呼んでね~。坊やのことはなんて呼べばいいかな~?」

「坊やって呼ぶな! オレはシルバーだ!」

「ふんふん。白い髪に赤い瞳。アルビノ種だね~、将来は大物になりそうだ」


 髪色が姓に用いられ、名乗らなくてもどの貴族か外見で見当がつく。

 平民でも領地特有の色にひっぱられ、似た色に染まるのが一般的だ。

 しかしまれに色素異常の人間が生まれてくる。白い髪に赤い瞳。土地からの祝福を得られず、天から見放されし人間と昔はいわれたらしいが、全属性に適性があるという研究が発表されてからは前向きにとらえられるようになった。


「年齢は九歳だって、オレの後ろに立っている嬢ちゃんから聞いたよ~。ちなみにオジサンはいくつだと思う~?」

「知るか!」

「嬢ちゃんにはどう見える~?」

「お子さんは私よりも年上だと聞きました」

「少なくともシルバーくんの数倍は生きているね~」


 みな家族とまではいかなくても、研究室長は私みたいな子どもも大切にしてくれる。私が宮廷魔術師から指導を受けている間も、休憩時間にはお菓子をくれたり緊張をまぎらすような話をしてくれたりした。


「さてシルバーくん。今の状況、どう理解してるかな~?」


 シルバーはうつむき、視線を落とす。


「……オレの魔法が爆発して、ふっとばした。一緒にいたヤツらも……オレが!」

「嬢ちゃん!」

「はいっ」


 感情的になるあまり、魔術を発動しそうになっているシルバーを結界魔術で抑え込む。

 結界は外から内を守るものという認識が強くなりやすいが、内に閉じ込める目的でも使われる。

 シルバーの魔力が外に漏れないよう、小さな四角い箱におさめて、箱ごと消失させる。


「シルバーくん、勘違いしているようだけれど、誰も怪我はしなかったんだ。この国の守護神サマのおかげでね~」

「ウソだ。目の前が真っ赤になって、真っ白になって、真っ暗になったんだ!」

「田畑はちょこっと焼けてしまったから、村の損失はゼロってわけではないけれど、誰も死んでないし、大きな怪我もしてないし、気負う必要はないよ~。すごいと思うなら、守護神サマを拝んでね~」

「……守護神サマのおかげ?」


 二人の会話から察するに、火炎魔術の制御がきかなくなって田畑を消失させたのだろう。炎に囲まれて真っ赤になり、真っ白になったのは頭で、真っ暗になったのは鎮静魔術を受けたか、気絶したからだと思われる。


「研究室長、守護神は恐れ多いのでやめてください」

「いいじゃない~。嬢ちゃんの功績だろう? 簡易結界の仕組みを考案したのも、遠い村にまで流通させたのも」


 前世の記憶により乾燥で自然発火することをある日思い出した。

 森林火災が発生した場合、火が燃え広がらない結界を作ることにした。火が消えるためのものではなく、火を閉じ込めて、広がらないようにする簡易結界。回復魔術師と相談し、治癒魔術も結界に組み込んでいるので、居合わせた人間をいやしていくという一品だ。

 初期消火という概念がない町や村から魔術研究室あてに感謝状が大量に届いたらしい。

 私はまだ学校入学前だったので、個人名は出されなかった。研究室が後ろ盾になってくれたので、流通もすんなりいった。侯爵家の名を出したら逆に手に取ってくれない人もいただろう。まあ結果が全てだ。救えたならよし。

 前世の記憶はゲーム以外にほとんどないのに、火災の件は深く言及してはいけない気がする――。


「オジサン、オレは村に戻れんの?」

「制御できるようになってからだから……大人になったらかな~」

「大人になれば制御できんの?」

「大人になるまでの出来事がきっと、シルバーくんの力になるんだよ~」

「……わかんねぇ! 修行すればいい?」

「うんうん。そう思ってくれていいよ~。後ろの嬢ちゃんが手取り足取り教えてくれるからね~」


 突然の指名に意識が急浮上する。

 手取り足取りと言われてしまうと、変な響きを感じるのはどうしてだろう。


「愛しの騎士様以外に興味がない嬢ちゃんになら、安心して任せられるよ~」


 愛しの騎士様、つまり推しのことを話に出されると強く言い返せない。

 研究室長は檻の鍵を開け、シルバーにつけられていた魔力制御具をはずしていく。


「さあ、出よう。シルバーくん」

「……っ、うん!」




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