18食事はいつだって正義

「――――い、おい、起きろ!」

「……ううん……朝?」

「寝ぼけんじゃねぇ! 起きろ! 起きねぇと水をぶっかけるぞ!」

「ふわぁ……反射壁リフレクター


 やかましい声に意識が浮上する。朝からせかされるような予定はなかったはずだ。再び目を閉じようとしたら目覚めの魔術が飛んできた。

 自動発動させているので、術者の意識がなくても多重結界が守ってくれる。

 そうはいっても敵意を向けられたまま寝られるほどふてぶてしくはないので、重いまぶたを持ち上げて檻の奥をみやる。


「オマエ、頭おかしいんじゃねーの!? 攻撃されてんのに、寝るかフツー!?」

「寝ないだろうね……」

「しかもはね返ってきたし! ありえねぇ」


 腕を伸ばし、ねぼけた頭をさます。

 いきがった少年が震えながら吠えているなあと思ったら、研究室長から託されたことを思い出した。


「あなたの実力じゃ私に傷一つつけられないだろうし、寝てても問題ないよ」

「~~っ、言ったな!」


 今の少年は魔力を集めて固めてぶつけているだけだ。宮廷魔術師のものとは程遠い。威力も精度も指向性も甘くて、これでは誰も守れやしない。

 少年が光の柱を六本生み出し、私の周りを取り囲んだ。じりじりと近寄ってくる光の柱は、時間差で私に頭上に降りかかる。


「やったか!?」


 せっかちすぎる発言にため息が出た。

 私の結界魔術は肌を優しく覆っているので、障壁の中に侵入できても、肉体には届かない。


「やってないよ」


 立ち上がってその場で一周回転し、無事なことを見せつける。


「なんでだ!?」

「はずした」


 生まれたばかりの弟妹はかわいいが、出会ったばかりの少年をかわいいとは思えない。


「そんなわけねぇ! オレの魔法はすげぇんだ! これでバカな奴らをあっと言わせてやる……んだ……」


 少年の言葉が尻すぼみになった。威勢よく立っていたのに、膝から崩れ落ちた。


「……オレが、やった? アイツらを――見返して――」


 辺り一帯を吹き飛ばしたという事前情報しかないので、事件の経緯は知らない。


 混乱している相手に問いかけるのはよろしくないと判断し、手元の本に視線を戻す。

 地面を乱暴に叩く音をよそに、私は物語の中に引き込まれていく。

 今日の本は恋愛小説だ。お母様に男心を知りなさいと押し付けられた。


 すすり泣く声が無機質な地下に響く。

 泣き止んだらお腹がすくだろう。生まれたばかりの弟と妹を参考にして、食堂に向かった。




 二人分の食事を受け取り、地下牢に戻ると、少年は仰向けになって天井を眺めていた。

 食事の匂いにつられたのか、少年の顔がゆっくりとこちらを向く。


「メシだ! メシ! とっととよこせ!」


 鉄格子の間から少年が手を伸ばしてきた。


 食事の受け渡しは転移魔法陣を使うため、鉄格子の下から……なんてことはしない。

 転移魔法陣が描かれたテーブルに手をのせて、一時期的に使用者登録をした。食事がのったトレイを設置し、魔力を通すと檻の中にある魔法陣の上にトレイが移動する。

 檻の中の魔法陣にトレイが乗った状態で、こちら側の魔法陣に魔力を流すと、移動してくるので回収できる。檻の中から勝手に操作できないよう、最初の使用者登録がミソらしい。


 誰も奪いはしないのに、少年は急いで食べていた。

 食器がぶつかる音や、ときどき混じる「うんめぇ!」という声が彼の空腹具合を示していた。


 私もお昼時でお腹が減っていたので、食事に手をつける。本を読みながら食べられるよう、片手で食べられるサンドイッチにしてもらった。


 本もちょうど食事シーンで、主人公の女の子が自室で食事をしている。家族から同席を許されないせいで、いつもひとりぼっちで食べているらしい。その後も主人公が家族から虐げられているシーンが続く。


 進学と就職を期に領地から離れた身としては、あまり共感できなくて読み飛ばしたくなる。


 主人公がとある舞踏会で貴族の子息に見初みそめられ、家族から脱出できるというお話だった。


 最後までいまひとつ共感できず、次の本に手を伸ばそうとすると、伸ばした手に雷撃が落ちた。


「今度こそあたった!」


 少年の攻撃だったらしい。

 結界魔術で私は無傷なので、手の平と甲を少年に確認してもらう。


「……なんでだよ」

「私の専門は防衛魔術だから」

「ボウエイマジュツってなんだ?」

「味方を守護し、敵を阻む魔術のこと」

「敵を攻撃する方がかっこいいって。こう……バーンって!」

「あなたにとって、私は敵?」

「うっ……たぶん……違う」

「攻撃する間は無防備になることもある。あなたが最大限の力を発揮できるよう、私や支援魔術師たちがいるって覚えてて」

「……おう」


 少年の食事が終わったようなので、トレイを回収し、食堂に運んでいく。

 地下に戻ってみると、少年は壁を背にして膝を立てて座っていた。読書中の私に攻撃するほど気概があるのに、牙が抜かれたようにしゅんとしている。私が行って帰ってくる間にどんな心境の変化があったのだろう。


「なあ、オレ……いつ出られんの?」


 地面すれすれを転がっていく声は、息を吹きかけたら消えてしまいそうだ。

 少年はたどたどしく話してくれた。

 あの日からどれぐらいだったのか。みんな元気か。ここから出られるかを尋ねてきた。


「……話せるまで待ってくれたのはアンタが初めてだ」


 防衛魔術を専攻するものの大半はのんびりやさんだ。

 攻撃魔術と違って即座に結果は出ない。

 気長に観察したり育てたりすることを苦に思わない人たちが集まっている。だから戦闘になると、初手の速度が遅いために対人戦では黒星が続く。遠征では常に魔術を展開しているので、持久戦がものをいう。


「いつかといえば、魔力操作を覚えるまでかな。少なくとも感情と魔力が連結しないようにならないと」

「なんだって? 九歳のオレにわかるように言え!」


 わからないことがあると激情する性格らしい。

 空気がぴりぴりして、今にも魔術が放たれそうだ。

 年齢の情報は得られたので、後で研究室長に報告しておこう。


「怒れば火がつく、悲しいと水が流れる、心地よいと風が吹く。感情に引っ張られて魔術が発動しないよう訓練しないと、喧嘩のたびに被害が大きくなる。標的だけに命中し、味方にあたらないようにするのも制御の一つよ」

「……あー…………わっかんねぇ!」


 少年はお手上げだと仰向けになった。




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