17攻撃魔術と結界魔術の力くらべ

「嬢ちゃん、肝が据わってんなあ~。さすが守護神サマ」

「その呼び方はやめてください」

「すまんねぇ。詳しい説明は中ですっから、オジサンにも強い結界をいっちょ頼むよ~」

「承知しました」


 気を取り直して結界魔術を自身と研究室長に重ねがけする。

 障壁を何枚も重ねるタイプの結界は一枚破壊されても、破壊されたところから修復される。他の障壁が耐えている間に新しい障壁が生まれていく仕組みだ。


 扉をさっと開けて、すばやく中に入り、ゆっくり扉を閉める。

 見た目通り重いのか、研究室長が開閉に苦労していたので手伝った。軽口を言う余裕はなかった。


 やまない攻撃魔術から身を守りつつ、目をこらしてみると、部屋の奥――檻の中にやせ細った少年がいた。彼の赤い瞳は爛々らんらんと輝き、空腹ゆえに獲物を待ち構えるような気迫で攻撃魔術を連発している。


 瞳の色のせいか、生にすがりつく姿のせいか。ケルメス・ティリアン推しを思い出し、唇をかみしめた。


「あの子は最近保護した子どもでな。魔術を爆発し、辺り一帯を吹っ飛ばしたらしい。その領地の魔術師では手に負えないと判断され、数日前にここに運ばれてきたってわけさ」


 研究室長の説明で、少年が保護された経緯を知る。

 設置された檻は逃亡防止かつ魔力吸収目的だろうか。このありさまなので、少年のもつ魔力を完全に抑えきれず、一介の魔術師では近寄れないだろう。防衛魔術専門の私が適任といえる。

 犯罪者ではないが、地下牢に閉じ込められた以上、危険人物として扱われているのだろう。

 どんなに役に立つものであっても、用法容量を間違えれば予期せぬ事態を引き起こすこともある。


 少年が意味のない言葉を叫びながら檻に体当たりしていた。

 出してくれという意思表示なのだろうか。鬱憤うっぷんを発散しているのだろうか。

 理解するのには会話をしなくてはならない。


「……彼は話せますか?」

「いいや、我を忘れちまったようだ。名前も聞き出せなくて困ってんだよ~」

「私の最初の修行は彼を落ち着かせることですか?」

「ご名答。話が早くて助かるな~。やり方は問わないし、時間もいくらかかっていいからさ。なんだったらアフタヌーンティーも用意するよ」


 苦しむ人の前で優雅にお茶をするほどのずぶとさは持ち合わせていないので、非難めいた視線を送ってしまう。


「何かわかったら教えてくれ~。予備の鍵はこれな~」


 研究室長は私に鍵を渡すと、すさまじい早さで部屋から出て行った。


 檻にいる少年と二人きり。

 魔力を使い切ったら嫌でもおとなしくなるだろう。

 研究室長の様子から察するに、この部屋に長時間滞在できる人はいなかったのかもしれない。


 魔力があっても技術が伴わなければ結界魔術を壊せない。

 時間はかかりそうなので、くつろぐ準備をするために一度タウンハウスに戻り、読みかけの本を数冊持ってきた。


 地下室にクッションと魔法瓶とカップを置き、本を読む体勢になる。

 私の姿がおかしかったのか、少年はうなりながら魔術を連発してきた。

 痛くもかゆくもないなあと深呼吸をして、少年の疲労を待った。




 少年が生み出した風により、本のページがめくられてしまうので、本にも結界を張っておく。本には膜状の結界を張ったので、私の結界と衝突しないし、ページもめくられるようになっている。

 なんて便利な結界魔術。発展の遅さが悔やまれる。

 遮音結界も同時に発動させれば、少年の魔術発動音も気にならなくなる。

 雷鳴は割れるような音がして、近くで聞くと耳が痛くなる。衝撃で何度か部屋全体が震えたが、この程度で崩壊するならば地下に人を置かない。


「~~~~!」


 少年が牢屋の中でうなっている。

 いだ心で少年を見つめ返すと、少年が動揺したのか、魔術の出力を上げた。

 結界という安全地帯の中から、がむしゃらに魔術を発動する少年を観察する。

 少年は私に効果がなくて逆上しているのだろうか。無力さを味わって、さらに自分ならやれると力を奮っているのだろうか。


 上下関係を示すべきだと私の心がいっている。力に酔う軟弱者は完膚なきまで叩き潰せと。


 ――あ、どこまで読んだんだったけ。


 読んでいるのは、ナイル殿下とその婚約者の交換日記の写本である。

 婚約者の名と同じ薔薇ローズを贈ったり、毎週かかさずにお茶会をしたり、甘酸っぱい青春がくり広げられていて胸が痛む。


「殿下たちも隅に置けないな……」


 早い人は十五歳で結婚する。貴族ならば領地を守るために、平民ならば支え合って生活するために。家同士の契約をして、家族になる。


 テラコッタ王国にはナイル殿下以外にも王子がいる。

 王位継承権争いに発展しそうな隙を与えないように、ナイル殿下は婚約者との仲を見せつけている。

 この交換日記もその一つなのだろう。中身はただの恋文だ。今はいいが、数年後に恥ずかしくならないだろうか。若さの至りというやつか。


 交換日記を最後まで読み終えて、ぱたんと閉じる。

 やけに静かだなあと思ったら、少年の攻撃はやんでいた。疲れたようで眠っている。魔力回復力が高いのか、意識を取り戻していないのに風が彼を包んでいる。


「……将来ひっぱりだこかもよ」


 力のある者を周囲が放ってくれるとは限らない。

 少なくとも、この少年が自分自身を望んだ未来を選べるよう応援したい。




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